第17話 ずっと味方だから


「……ふぅ」



 荷物の入った段ボールを運び終え、俺は一息つく。俺の中身はおっさんもいいところだが、成長のしないこの体は元気だなあ。若いままだもん。


 床に座り、ひと心地つく。



「……早いもんだなぁ」



 ……この国に来て、商売を始めて、アピラと出会って……早くも、三年の時間が経った。その間、商売はうまくいっており、贅沢とは言えないがそれなりに充実した毎日を送っていた。


 当時七歳だったアピラは、もう十歳だ。女性として、体つきも成長してきたし……なにより、中身が大きく成長した。活発で元気の有り余っていた姿は成りを潜め、少し大人びた姿を見せるようになった。


 それは女の子から、女性へとなりつつある、ということだろう。心身ともに、だ。なんか、近所で世話をしていた、妹のような子が成長していく兄心って、こんな感じなんだろうか。



「……」



 この店にたまに訪れるノータルトさん曰く、教会でもアピラは元気にやっているとのこと。ただ元気なだけでなく、率先してみんなの手伝いをしたり、小さい子の面倒を見たり、それに少しおしとやかになったという。


 あのアピラがおしとやか、と聞いて、俺は困惑したものだ。だってアピラは、俺の前では多少大人びた姿を見せるようにはなったが、別に以前とそう変わりを見せたわけではないと感じていたからだ。


 試しに、アピラにおしとやかになったのか、なぜか本人に直接聞いたことがあった。



『私だって、少しはれでぃーってやつになってるんだから!』



 とは、アピラ本人の言葉だ。本物のレディーは、自分のことをレディーとは言わないと思う。


 ガルドローブさんや兵士のみなさんは、非番の日によく訪れる。兵士だから擦り傷が絶えず、買い溜めていた薬はすぐに使い切ってしまうのだと、笑いながら話していた。


 例の件以来、その後はレッドドラゴン討伐などという、無茶をやらされることもなくなったようだ。あのバカ王子も、少しは反省したらしい。


 兵士のみなさんの中でも、特にリーズレッタさんは、本当によく訪れる。非番の日だけではなく、仕事の合間を見てくることもあるのだ。ガルドローブさんにバレて、怒られたりしないといいけど。


 あと、彼女とは、俺が買い出しに行く時とも、よく会った。行く先々に、なぜか出没するのだ。



『れ、レイ様、これはぐ、偶然ですね!』



 顔を赤くしながら、そんなことを言うのだ。ちなみに、初めのうちは俺のことを『魔術師様』と呼んでいたが、いつしか『レイ様』と呼ぶようになった。まあ、俺から頼んだのだが。


 魔術師魔術師と呼ばれるのは、歯がゆい。ついでに様付けもやめてほしかったのだが、こればかりは譲れないと言われた。ガルドローブさんのように、せめて殿呼びならまだ……いや、普通に呼び捨てにしてくれていいんだがな。


 そうそう、ガルドローブさんと言えば。レッドドラゴンの件の後、二人の女性が訪ねてきた。一人は、ガルドローブさんの奥さん。一人は、ガルドローブさんの娘さん。今の俺と同じくらいの年齢だった。


 二人からは、これまた深く深くお礼を言われてしまった。それに、ガルドローブさんがどんな風に俺のことを紹介していたのかは知らないが、やたらと熱いまなざしを向けてきた。


 ガルドローブさん自身も、俺には相当気を許し……しまいには、娘を婿にもらってくれ、なんて言い出す始末だ。しかも、そのタイミングで店を訪れたリーズレッタさんがなぜか激怒しだすし、もう大変だった。



「レイさーん、こっち終わったよー」


「ん、おう。ありがとうな」



 ま、その時の修羅場は置いといてだ。思い出に浸る俺の意識を戻すのは、誰であろうアピラの声だ。


 部屋の外から顔を覗かせる彼女は、どうやら最近髪を伸ばしているらしい。最近おしとやかになっているらしい点といい、もしかして女の子らしくなりたいと思っているのだろうか。まずは形から、ということか?


 そういえば、最近リーズレッタさんとよく話しているしな。女性の先輩として、いろいろ聞いているのかもしれない。



「でもさ、本当にこの国を出ちゃうの?」


「あぁ」



 部屋の中に入ってくるアピラは、当然のように隣に座る。彼女の言葉に、俺は短くうなずいた。


 そう、今俺は、移動の準備をしている。移動とはいっても、今すぐに経つわけでもないし、行き先も決めていない。まあ、いつも行き先など決めず、歩いた先にある国や村に滞在するのだが。


 すぐには経たない……だが、もう三年だ。一つの場所に留まるのは、長くても五年…そう決めている。まだ、移動する準備をするにも早いと思うかもしれない。


 たが、こういうのは早め早めにコツコツと始めておくのだ。



「……」



 これまでと同じだ。いずれ移動する場所……あまり、人付き合いは深くならないようにする。仲良くなっても、仲良くする以上の関係にはならない。


 ……リーズレッタさんの気持ちにだって、気づいてはいる。だが、俺はそれに応えるつもりはない。"不老"の『スキル』を持つこの体では、一緒になっても相手を幸せにすることはできないからだ。



「それにしても、アピラには内緒で準備しようと思ってたんだがな」


「それは無理だよ、レイさん、隠し事下手だもん」



 まじゅつ師さん! と元気に呼んでいたアピラも、いまやレイさんと俺のことを名前で呼ぶ。そんな彼女は、どうにも妙に鋭い。


 いつだったか俺がこうして荷整理をしていたところに、不意に現れた。驚いたものだ。あれは、もう閉店した後だったか……なんか胸騒ぎがする、と戻ってきた彼女に、準備中の姿を見事に見つかってしまったわけだ。


 以来、こうして準備を手伝ってもらっている。とはいえ、少し悪い気もする。だって……



「しかし、アピラには悪いことしてるな。わざわざ手伝わせてしまって」


「いいよ。というか私に内緒でっていうのが水臭いよ。私だって、一緒に行くんだから手伝わないと」



 だって、アピラはここに置いていくことになるのだ。それなのに、アピラに荷整理の準備させている。


 そう、アピラは従業員だが、一緒に連れていくわけにはいかない。これまでだって、そうだったし……



「……ん?」



 ……あれ、今、アピラなんて言った? 聞き違いか? 気のせいか?


 俺は、アピラを、見る。



「え、今、なんて? 一緒に行く?」


「え、そうだけど……ん? そうだよね?」



 …………あれ?


 確かに、俺はこの国を去ることをアピラに、言っていなかった。だが、それはアピラをこの国に置いていくつもりだったからだ。出ていく数日前にでも、話せばいいかと思っていた。


 バレてしまった以上、国を離れると告げるのが、去る直前になるかならないかの違い程度だったわけで……すでに去ると告げた以上、アピラも納得して手伝ってくれていると思っていた。



「……え?」


「え?」



 ……俺がこの国を去ることに納得して、手伝ってくれていた。それは、正しい。だが、そこには大きな勘違いが存在している。


 俺は、アピラを置いていくつもりだ。だが、アピラは……自分も、ついてくるつもりなのだ。一緒に。



「いや、アピラ? お前はこの国に残るんだ」


「……なんで?」



 アピラの肩を持ち、言い聞かせるように告げる。それを聞いたアピラは、一瞬目を見開き、それから瞳が揺れた。唇を噛み締め、今にも泣きそうな顔をして。


 ……アピラのそんな顔を見るのは、ずいぶん久しぶりだ。



「俺は、元々旅人だ。アピラにも話したよな? 俺は一つの場所にいることはない、だからいずれここを離れるって」


「……そのときは、私も、一緒に連れてってくれるんじゃ、ないの?」



 そんなことは、言っていない。だが、連れていくと言っていないだけで、連れていかないとも、また言っていないのだ。



「勘違いさせちゃったな。けど、俺はアピラを連れていくつもりはない。これまでだって、俺は一人で旅をしてきたんだ」


「……私、このお店の、従業員、だよ?」


「これまでも、俺の店で働いてくれた人はいた。けど、みんな連れては行かなかった。みんなには、その場所での生活がある。アピラだってそうだろ?」



 その場所での生活……か。それは、理由としては半分だ。その国で、村で、従業員として働いてくれた人は、自分たちの生活がある。それを捨ててまで、俺についてくることはない。


 もう半分の理由は……"不老"の俺が、誰かと行動を共にしたく、ないからた。



「そもそも、ここで働いてたのだって、アピラの社会勉強のためだ。ここには、教会いえだってある、友達だっている。だから、アピラを連れていくことは……」


「……だ」


「え?」


「……いや、だ」



 じっと、俺を見つめていたアピラの目からは、……涙が、流れていた。



「いやだ、いやだいやだ! 私も、一緒に行く!」


「いや、でもな? アピラには、アピラの生活が……」


「私の生活は、私が決めるよ! ジェスマおじちゃんだって、教会のみんなだって、わかってくれる!」



 いやだいやだと、駄々をこねる子供のようだ。


 アピラのそんな姿、いったいいつ以来だろうか。



「ノータルトさんは、いやノータルトさん以外の大人もだ。アピラを、本当の子供みたいに接してる。そんな彼らが、アピラを危険な旅に出すとは思えない」


「そんなの、だめって言われても説得する! それに、ジェスマおじちゃん言ってたよ……アピラのしたいことを、しなさいって」


「……」



 どうして、こんなに……今までは、ついてきたいと言う人がいなかったわけではない。だが、ダメだと言えば、キミにも生活があるだろうと言えば、諦めてくれた。


 自分の生活を捨ててまで、俺と危険な旅に同行しようなんて人はいなかった。


 逆に、俺を引き留めようとした人も多かった。だが、俺の意志が変わらないのを感じ取ると、諦めていた。



「……俺は、アピラとは違う。アピラはいずれ、俺よりも大きくなる。俺は、このまま変わらない。俺は、化け物なんだよ。だから、一緒にはいられない」



 あまり、こういう突き放し方はしたくなかった。俺と、お前とは違うんだと。自分で自分を化け物だと、認めるようなことはしたくない。


 だが、最後まで諦めなかった人も、この言葉を言えば、諦めてくれた。いや、折れてくれた。それはきっと、心のどこかで歳の取らない俺を、化け物だと思っていたからだろう。


 アピラにも、そう思われているに違いない。だが、それを聞きたくはない。聞きたくはないが……これで、諦めてくれるなら……



「そんなの、知らない! レイさんは化け物なんかじゃない!」



 ……それは、予想もしていなかった、言葉だった。



「……きっと、近いうちに、俺のことを嫌いになる」


「ならない!」


「なるよ。みんな、そうだった」


「ならないよ! 私は、ずっとレイさんの味方だから!」


「!」



 諦めろと言っても、折れない。どうしてキミは、そんなに意固地で、頑固で、俺を困らせるようなことばかり言うんだ。



「……レイさん、泣いてる?」


「泣いてないっ」



 俺は、顔を背ける。泣いてない、俺は。泣いてない。


 アピラのこの目は、知ってる。絶対に、諦めない目だ。


 アピラが諦めないなら…………俺が諦めるしか、ないじゃないか。

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