第16話 白髪の彼女はお礼がしたい



「ここ、こんにちは!」


「いらっしゃいませ」



 ……それは、ある日のことだった。今日も今日とて、それなりに店は賑わっていた。そんなある日の、昼下がり。


 店の扉を開ける人物が一人。お客さんだ。その女性は、一人だった。まあ別に、一人が珍しいわけではない。俺が彼女に目を引かれたのは、別の理由からだ。


 彼女は、肩まで伸びた美しい白髪を、ストレートに下ろしていた。顔立ちは少し幼いが、全体的にどこか大人っぽいい雰囲気を感じさせる女性だ。


 ふむ、どこかで見た顔な気がする……どこだったっけな。お店に来てくれたお客の一人? こんな美人さんなら、早々忘れるはずもないのだが……



「……あぁ、ガルドローブさんのとこの?」


「は。はい! り、リーズレッタと申します!」



 思い出した。その女性は、ガルドローブさんの部下である兵士の一人だ。アピラが懐いていたから、よく覚えている。確か、"伝達"の『スキル』を持っているのだ。結局、その効果を味わうことはなかったが。


 すぐに気がつかなかった理由としては、前に見た時は、鎧姿だったから。それとは違い、今日は非番なのか、私服だ。……うん、なんか新鮮だな。


 明るいカーディガンを羽織り、短いスカートを履いている。とても、兵士には見えない。


 それに、髪型も違う。以前会った時は、ポニーテールにしていたのに。なんとまあ、髪型と服装で変わるもんだなあ。



「その節は、お疲れ様」


「い、いえ、感謝するのは、こちらです。驚きました……まさか、レッド……」


「あー、その話はここでは」



 兵士の女の子、改めリーズレッタさんは、この前のことを話そうとするが……俺は、それを制した。ここには、他のお客さんもいるのだから。


 ……彼女ら兵士のみなさんを介抱したあの後。俺とガルドローブさんは、王子の命を受けレッドドラゴン討伐に向かった。まあ、俺から言い出したことではあるんだが……その結果は、成功。


 レッドドラゴンは、氷像となり討伐は完了した。


 その後俺たちは、城に戻り、バカ王子に報告をした。当初信じなかったあのバカも、『スキル』"転送"により直接レッドドラゴンの姿を見に行き、顔を真っ青にして俯いていた。まさか、討伐に成功するとは思っていなかったのだ。



『こんな、ことがっ……!』



 その後は、痛快だった。ガルドローブさん他兵士のみなさんの前で、悔しそうな表情をしながらもバカは頭を下げ、数々の暴言を謝罪した。玉座に座りながらではあるが、そこは王子としての譲れないプライドやらあったのだろう。


 俺としては、床に土下座でもさせたかったが。ガルドローブさんや、他のみなさんも満足だと言っていたので、それでよしとした。



「もも、申し訳ありません! 配慮が足りませんでした!」


「あはは」



 レッドドラゴンの話をしそうになったことに、ハッとなりペコペコと、頭を下げるリーズレッタさん。


 氷漬けになったレッドドラゴンがどうなったのかは、俺は知らない。後始末は国に任せたからだ。氷が溶ける前に粉々にしてしまったかもしれないし、どこかに保管しているのかもしれない。


 氷はしばらくは溶けないと言っておいたから、保管してからその後の用途は今も考えているのかもしれない。


 で、もちろん俺がレッドドラゴン討伐したことは黙ってもらっている。レッドドラゴン討伐を表沙汰にすれば勲章ものだし、とどめをさしたのが俺の調合した薬となればきっと薬屋の評判も上がる……とは言われたのだが、



『それは、遠慮します』



 拒否した。


 だって、レッドドラゴンを討伐したのは、俺の調合した薬なのだ。売り物として出していないものを、しかもレッドドラゴンを凍らせるほどのものを求められても、売れない。


 それに、そんな危険なものを作る俺の、他の薬は安全なのか、と思われかねないしな。



「ところで、今日はなんの……もしかして、以前俺がどこか怪我を見逃してましたか? 痛み出したとか」


「ちち、違います。今日はその……改めて、お礼をと、思いまして」



 お客さん……というよりは、お礼を言いに来ただけ、ということだろうか。そんなものは必要ないのに。


 レッドドラゴン討伐の件で、褒章をという話になった。だが、俺はレッドドラゴン討伐を公にするつもりもなければ、褒章を貰うつもりもなかった。それに、謝罪だけが望みだと言ったのは、俺だしな。


 あの場で、褒美はいらないと言った以上、もうなにも受け取るつもりもない。



「改めて、ありがとうございました。私、いえ私たちは、みな救われました」


「そんな、大袈裟だよ」


「いいえ、魔術師様は、素晴らしい方で……」


「すいませーん、少し聞きたいんですけど」


「あ、はーい! ちょっとごめんね」



 やはり、真面目というか……責任感が、強いんだな。そんなに、気にする必要もないのに。


 他のお客さんの対応をしている間、アピラがリーズレッタさんと話をしていた。こうして見ていると、まるで姉妹のようだ。


 というか、見た目は以前のリーズレッタさんと違うのに、よくアピラはすぐにわかったな。



「えーっと、この薬はですね……」



 ……そうして、お客さんの足取りも、落ち着きを見せてきた頃。



「お待たせしました」


「あ、いえっ」



 アピラの相手をしてくれていたリーズレッタさんは、俺に振り向くと照れた様子で、うつむいていた。この人、こんな女の子っぽい感じだったっけ。いや女の子ではあるんだけどさ。


 やっぱり、鎧を着ている、脱いでいるで、公私混同を分けているのだろうか。立派な人だ。



「それでお姉ちゃん、まじゅつ師さんにお礼しに来たんだよね!」


「あ、アピラちゃんっ」



 なにを言おうか、もじもじしていたリーズレッタさんだが、その背中をアピラが叩く。ただし、背が足りないのでぴょんぴょんと飛び跳ねている状態だ。ちょっと微笑ましい。


 しかし、お礼と言われてもな……いらないとは言うが、結局それだと納得してくれそうにないし。とはいえ、別になにが欲しいわけでもない。お礼の言葉なら、充分いただいたし。


 うーん……



「じゃあ、今晩なにかご馳走してもらう、っていうのはどうだろう」


「えっ?」



 考えた結果、晩ご飯をご馳走してもらうことを思いついた。あんまり難しく考えすぎても、結局ジリジリと引きずってしまいそうだし。ならばいっそのこと、食事をご馳走してもらうことで精算してもらおう。


 その提案に、リーズレッタさんは少し悩んでいたが、軽くうなずくようにして、納得した。自分の望んだお礼とは違うが、俺から提案されたものを、拒否することはできないってとこだろう。



「わかりました。でも、本当にそんなことでいいんですか?」


「あぁ。むしろ、リーズレッタさんのオススメを頼むよ」



 そんなわけで、閉店後、リーズレッタさんのお礼として食事に行くことに。案内されたのは、あまり高そうにはない一軒のお店。高そうにない、というのは見た目の話で、別にリーズレッタさんが高いのを奢りたくないわけではないだろう。


 なんというか、趣がある……長年やってるお店って感じだ。彼女のオススメなのだろう。



「いらっしゃい。お、リーズちゃんじゃないか」


「こんばんは。おじさん」


「今日は非番かい。なんだ、彼氏連れてデートか」


「かっ、ち、違いますっ」



 店主とは知り合いなのだろう、気さくに話している。常連なのか、他のお客さんとも知り合いのようだ。


 人の数はまばらなため、適当に席に座る。四人テーブルで、俺の隣にアピラ、正面にリーズレッタさんだ。



「このお店のオススメは、これです!」



 言って、リーズレッタさんがメニューを開き、ある料理を指差す。この世界に写真というものはないため、絵が描いてある。それは、ラーメンのようなものだった。


 リーズレッタさんのオススメということで、それを三人分注文することに。アピラは量は半分の、小さいのにしてもらう。


 料理が出来上がるまでの間、別のお客さんから話しかけられたリーズレッタさんは、少しからかわれたりしていた。その男は彼氏かとか、そんな小さな子供がいたのかとか。


 リーズレッタさんは、顔を赤くしながらも否定していく。その都度笑いが起きるあたり、どうやら彼女は人々に愛されているらしい。いいことだ。



「へい、お待ち!」



 しばらくして、出されたどんぶりに入っていたのは、絵に描いてあったのと同じ、スープとその中に入れられた麺だ。さらに、肉や卵、ネギも入っている。うん、これラーメンだわ。


 この香りは、醤油ラーメンに近いな。濃い色なのに、レンゲで掬えば透き通るようなスープ……それを飲むと、口の中に広がる温かい味。うん、醤油スープだ……おいしい。


 次に、箸で麺を取り、一気にすする。細い麺は柔らかく、つるつると喉の奥を通っていく。スープの味が染み込み、これは箸が止まらない。


 ふと隣を見れば、アピラが夢中で麺をすすっていた。そんなに急いで食べなくても、料理は逃げないというのに。その光景がおかしくて、つい笑ってしまう。



「おいしいよ、とても」


「本当ですか? よかった」



 俺の言葉に、アピラさんはほっと胸を撫で下ろす。彼女の食べ方は実に上品で、レンゲでスープを掬い、その上に麺を絡ませ、口に運ぶ。うーん、どこぞの貴族みたいだ。


 しかし、うまいな。俺も、一人でいろいろ料理を試作する。その際、元の世界の知識を活かし、ラーメンなんかを作ったこともあったが……


 本場には、到底及ばないな。本場がどこかは知らないが。



「んん、うまい。うまい」


「喜んでもらえたなら、よかったです」



 俺の食べっぷりを見て、リーズレッタさんは柔らかく微笑んだ。以前の、凛とした顔とはまたえらい違いだ。こっちの方が、なんかリーズレッタさんらしい感じがする。


 その笑顔に、思わず見惚れてしまったが……それをごまかすように、どんぶりを持ち上げ、スープを飲む。うん、うまい……いい店を、教えてもらった。


 ちなみに隣では、アピラも俺の真似をしてどんぶりを持ち上げ、スープを飲んでいた。どんぶりを落としてしまわないか心配だったが、小さいどんぶりだったため、落とさずに済んだ。


 その日は、約束通り晩ご飯をご馳走になり……少し話をしてから、解散した。眠ってしまったアピラを、おんぶして、帰宅した。

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