第15話 vsレッドドラゴン
「……でかいな」
岩影に寝転がっている、レッドドラゴン。名の通り、赤い皮膚を持つドラゴンだ。影にて、目を閉じてリラックスしているようだ、おそらく眠っているのだろう。だが一応、こちらも岩影に隠れておこう。
こうして遠くから見ている分には、おとなしそうに眠っている。とても、獰猛な生き物には見えないが……それは、甘い見通しだ。寝ていれば誰でもおとなしいもの、むしろ寝ている間に、対処できれば一番だが。
レッドドラゴンは、基本的に人前に姿を現さない。それに、こんな国の近くに居付くことも、まずない。だからこそ、こうやって国の近くに居付かれると、困ってしまうのだ。
「! あれは……!」
寝ているレッドドラゴン、その姿を観察していたガルドローブさんだが、なにかを見つけたのか身を乗り出そうとする……が、ぐっと堪える。
いったい、なにを発見したのか。それを確認するために、俺もガルドローブさんの視線の先を追う。そこにあったのは……
「……人?」
遠くて、はっきりとは見えない。しかし、そこにあったのは……倒れている、人の姿だ。それも、一人や二人ではない。十は、ゆうに超えている。
そして、俺は察する。ガルドローブさんの反応、倒れている人たちが着ている鎧、二十に迫る数……あそこに倒れているのは、死んでしまったという、兵士たちだ。
ここから見ただけでは、本当に死んでいるのか確認できない。が、確認したからこそガルドローブさんは、泣く泣く帰還したのだ。
「ガルドローブさん、抑えてください」
「……わかって、ます……!」
レッドドラゴンに挑み、返り討ちにあってしまった人たち。その思いたるや、さぞや無念だったことだろう。
死んでしまった人たちの、仇を討つ。あのバカ王子の命令は置いておいても、その気持ちがガルドローブさんの中にあるのは確かだろう。
「……して、あのレッドドラゴンをどう倒しますか。レイ殿」
「そうですねぇ」
「……そういえば、レイ殿は、武器を持っていないのですね?」
レッドドラゴンの討伐。それは、とても難しいことだ。奴らの皮膚は鉄のように硬く、背中に生えている翼を使われれば空に飛ばれる。尻尾を振っただけで突風が巻き起こり、極めつけは口から吹く炎だ。
とても、人にどうにか出来る存在ではない。俺も、出来る限りレッドドラゴンには関わらないように生きてきたものだ。
さて、そのレッドドラゴンを討伐するためには。とにかく人の数が必要。しかし、それはここにはない。武器は、ガルドローブさんが持っている剣一本。となると……
「グルルル……」
その時、唸り声が聞こえた。眠っていたレッドドラゴンが、目を覚ましたのだ。離れているが人のにおいを嗅ぎ取ったのか、単によく寝たからか……軽くあくびをして、キョロキョロと辺りを見渡している。
そして……次の瞬間、目を疑いたくなる光景が広がった。
「なっ……!」
近くに転がっている、兵士の死体……それを、レッドドラゴンは食べ始めたのだ。顔を近づけ、大きな口を開け……兵士の体を、丸呑みにしていく。
レッドドラゴンは、人を食べる……それも、レッドドラゴンが恐れられる要因の一つだ。
「! 貴様ぁ!」
「あ、ガルドローブさん!」
その光景を見た瞬間、ガルドローブさんが飛び出す。なんとか見つからないところへ隠れていたが、部下が食べられる光景を見せられて、我慢ができるはずもなかった。
その背中を、追いかけるように俺も岩影から飛び出す。ガルドローブさん一人で立ち向かって、無事で済むはずがない。
すでにガルドローブさんは剣を抜いていた。そして、レッドドラゴンも自分に迫ってくる人間の存在に、気づいたようだ。
「グォオオオ……!」
「!」
レッドドラゴンの口内に、赤く光るエネルギーが溜まっていく。あれは、レッドドラゴンの炎、ファイヤブレスだ。人の身にもろに浴びれば、死体すら残らず焼却される。
俺は、荷物の中に手を突っ込む。そして、手に感じる感触のみで、目当ての薬を探り当てる。
「ブォオオオ!!」
「せい!」
放たれる炎は、視界を赤く染め上げていく。そう、レッドドラゴンはその気になれば、近づくこともさせずに戦いを終わらせることができる。いや、戦いとすら認識はしていないだろう。
その炎に向けて、俺は手に取った薬をぶん投げる。薬の入った瓶は、先に走っているガルドローブさんを抜き去り、回転を加え放物線を描き、炎に呑み込まれる。
その瞬間、パキン……と耳の奥まで届くような音が一瞬、響く。その直後、炎はそれ以上動くことはなく、固まっていく。パキパキ……と、小刻みに音を響かせて。
「……こお、った?」
その光景に、ガルドローブさんは漠然と声を漏らす。なぜなら、目の前でありえない光景を見たのだから。
灼熱の炎は、すでに氷漬けになっていた。青く輝き、まるで彫刻のように、時間が止められたかのように、そこにあった。
「これは、いったい……」
「冷却薬です。とっておきの、ね」
ガルドローブさんに追いつき、今投げたのと同じ薬を取り出す。それは、水色の液体が入った小瓶だ。
冷却薬……夏場など、暑さを訴える人に涼しさを届けるために、調合した薬だ。ただし見ての通り、灼熱の炎をも瞬時に凍らせるこれは、失敗品と言えよう。
ただ、人体には使えないが……たとえば
「まさか、そのような薬があるとは」
「回復薬と火傷薬以外にも、それなりにはね」
正直、あの炎に直撃すれば無事では済まないが……たとえば炎に囲まれたときなど、必要になるかもしれない。
この冷却薬を使えば、レッドドラゴンの炎は防げる。だが、あまり数はないし、今のやり取りを見てレッドドラゴンは警戒している。そりゃ、吐いた炎を凍らせられるなんて初めての経験だろうしな。
知能もあるのが、レッドドラゴンの厄介なところだ。
「では、それを奴の体内に投げ込めば……」
「内側から、凍っていくかもな。試したことは、ないけど」
以前、人々の依頼で、村々を襲っていた獣を、この冷却薬で凍らせ、被害を抑えたことがあった。だが、それは一般的な大きさの獣だ。
レッドドラゴンほどの大きさの生物に、通用するかどうか。普通なら、体内から全身が凍っていくが、その体内に灼熱の炎を持つレッドドラゴンを、果たして倒せるだろうか。
「そういうことならば、私が囮になります! レイ殿は、隙を見てレッドドラゴンの口の中に、それを投げ入れてください!」
「あ、ちょっと!?」
薬の効果がちゃんと発揮されるかもわからない。だが、ガルドローブさんは真っ先に囮を名乗り出て、走っていってしまう。レッドドラゴンは、動く標的に狙いを定める。
なんて危ないことを。とはいえ、レッドドラゴンの炎の危険性は見たばかりだ。奴の口元に注意していれば、避けるのは難しくない。
「頼みましたよ」
遠ざかるガルドローブさんの背中に、届かぬ言葉を投げかける。レッドドラゴンがガルドローブさんの動きに注意が引かれている隙に、俺はガルドローブさんが走ったのと同じ方向に、遅れて走り出す。
もちろん、レッドドラゴンの死角となる位置をキープ。
「グォオオオ!」
レッドドラゴンが走るだけで、地響きがなる。ガルドローブさんを追う目は血走り、餌を欲しているのだとわかる。だが、そう好き勝手にはさせない。
レッドドラゴンの短い手では、先を走るガルドローブさんを捕まえることは出来ない。そのため、自然と首を伸ばし、口で捕まえようとする。そして、ガルドローブさんを食べようと大きく口を開いたところを、狙う。
しかし、ガルドローブさんは鎧を着ているのに、よくあんなに速く走れるものだ。やっぱり、日々鍛えているおかげだろうか。
「ほら、こっちだ!」
「グゥウウウ……!」
追いかけっこが、続く。やがて、痺れを切らしたのかレッドドラゴンの口内に、赤いエネルギーが溜められていく。
丸焦げにして、動きを止めてしまおうというのだろうか。果たして、わかっているのだろうか……その灼熱の炎は、俺たちにとって跡形も残らないほどの威力を持っているのだと。
追いまわす得物を、焼却してしまう威力を持っていることを。
……だが、今隙が、出来た!
「せい!」
レッドドラゴンが炎を放つために口を大きく開ける……その直前、俺は走る速度を加速させ、レッドドラゴンと並走する。口が開いたその瞬間に、冷却薬を、口に向かって投げ入れる。
……狙いは違わず、冷却薬は、レッドドラゴンの口の中へと入った。そして、熱により小瓶が割れる。あの小瓶は、冷却には強いが、熱さには弱い材質なのだ。
これで、レッドドラゴンは……
「……ゴォロロロ……!」
「うそだろ……!」
しかし、レッドドラゴンの体に異変はない。薬の効き目がなかったか、それとも体内に到達する前に効果がかき消えたか?
いずれにせよ、炎が吐き出されるのは、止められない。このままでは、ガルドローブさんへと炎が放たれて……
「さ、せるかぁあああああ!!」
俺は、並走するレッドドラゴンの、お尻付近から生えている尻尾へと飛びつくように、手を伸ばす。尻尾は、とてつもなく太い……大木程の大きさでもあるんじゃないかと、いうほど。
それを、掴み……力任せに、持ち上げる。
「グォオオオ!」
レッドドラゴンの口から、炎が放たれる。その狙いの先は、逃げているガルドローブさんの背中……ではなく、空だ。青い空に、灼熱の火柱が燃え上がる。
なぜなら、レッドドラゴンの体が持ち上がり、顔の向く先が天になっているからだ。
「し、尻尾を掴んで……持ち上げ、た!?」
ガルドローブさんの驚く声も、耳に入らない。とにかく、力のままにレッドドラゴンの尻尾を、振り……ぶん投げる。
まさか、自身が投げられるなんて経験も、ましてそんなことをされるなんて考えさえもしていなかっただろう。レッドドラゴンは、唖然としたままぶん投げられ、岩にぶつかる。
「ガォ……!」
岩は破壊されるが、レッドドラゴンの皮膚に傷はない。やはり、あれくらいではビクともしないらしい。
しかし、どうしたものか……冷却薬が効かないとなると、あとは……麻痺薬、粘着薬諸々。なにか、通用するものはあるだろうか。しかも、次からはレッドドラゴンも怒るだろうから隙は生まれにくい。
とりあえずガルドローブさんと身を寄せ、視線はレッドドラゴンに警戒する。起き上がるあのドラゴンが、次になにをするのか、見逃さないように。
「……ん?」
そう、注意を凝らしていた時だ……レッドドラゴンの体に、変化が表れた。赤い皮膚が、だんだんと氷に覆われていくではないか。
まるで彫像でも作るかのように……ゆっくりと……しかし確実に。なにが起こっているのか、レッドドラゴン自体もわかっていない。ただ、吠えるのみだ。
そして……数十秒と経たないうちに……
「……こお、った……」
巨大なドラゴンは、氷像へと変貌した。まるで、最初からそこにあったかのように、当たり前のように。
レッドドラゴンは、もはや動くことなく、氷の中に閉じ込められてしまった。
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