第14話 話し合いをしようじゃないか
「……で、なにしてたの」
「おそうじとか、いろいろ! です!」
アピラを店の奥へと連れ出し、理由を聞く。とある一室……というか、調合室。ここで、日々薬を調合するのだ。
さて、帰ってきたらなぜか、アピラ監修の下、掃除や薬棚の整理が行われていた。なぜか、アピラさんなんて慕われながら。
ちなみに、アピラの隣にはなぜか"伝達"『スキル』持ちの女の子がいた。アピラは椅子に座っているのに対し、彼女は床に正座している。鎧は脱いでおり、ラフなTシャツと短パン姿だ。
なかなかに立派なものをお持ちのようで、目のやり場に困る。
「魔術師様、アピラさんは悪くないんです。これは我々が言い出したことなのです」
「……と、いうと?」
「魔術師様はもちろん、我らにとってはアピラさんも恩人。少しでも、お二人に報いたいと、お手伝いを申し出たわけです」
お手伝い。それはまあ、いい心がけではあるが……
「でも、それは店番してくれるって点でプラマイゼロというか……」
「ぷら……? いえ、しかしその程度では、とても恩義など返しきれませぬ!」
正座したまま、身を乗り出す彼女の山が、プルンと揺れる。うん、そんな純粋な瞳で、そんな動きをしないでほしい。彼女、あんま異性の目とか気にしないタイプなのだろうか。
しかし、真面目というかなんというか……兵士ということだし、真面目な人間が多いのだろうか。そりゃ、真面目なのがいけないとは、言わないけれども。
「でも、アピラはあんな偉そうにしてちゃダメだろ」
「恩人の指示の下、手伝いたいと申したのです! 恩人に掃除などさせられません!」
……すごい、十は年下の相手に、人はこんなにも下になれるものなんだな。恩人だから、ということではあろうが。
しかし、それをしたことでアピラが将来、人を使うのが当たり前みたいになったら困るしな。一応従業員として雇っている以上、人間としてちゃんと育てたい。
「魔術師様も、遠慮なく、申し付けてください! 恩義に報いるため、なんでも致します!」
「……」
なんか、兵士というより女騎士さんみたいな感じだ。シチュエーションは全然違うけど、くっ殺せ……とか似合いそうだ。
いや、兵士も騎士みたいなもんか? 剣持ってるし……どっちでもいいか。
「いや、そんななんでもするなんて、言うもんじゃないよ」
「……もし命を拾っても、顔に一生消えない傷が残るところでした。それを、跡形もなく消してくれた魔術師様には、感謝しているのです」
「まあ、女の子の顔に傷が残ったら大変だし……」
「……元々、兵士として生きると決めた時点で、女として生きることは捨てています。しかし、実際に顔に傷が残ったらと思ったら……そうならなくて、ほっとしている自分もいるのです。不思議な感じですが。……ですから、魔術師様の望みにはなんでも答えます。私でなくても、皆同じ考えです」
……あ、これダメなやつだよ。重いやつだよ。死ねって言ったら、マジに死んじゃうくらいに重いやつだよ。
感謝されること自体は、悪い気はしない。だが、程度というものもある。
「いや、こっちも仕事ですから。そんな、恩義とか感じなくても」
「いえ、仕事というのは関係ありません、我々はまだなんの返礼も出来ておらず……」
「あーああー、そのことで話があるんだけど」
このままだと、延々と恩義について語られそうだ。ここは、多少無理やりにでも、話題を変えさせてもらおう。いや、無理やりというほど、繋がりのない話でもない。
話がある……その言葉を皮切りに、場の空気が変わったのがわかった。俺の真剣な空気を、感じ取ってくれたのだろうか。
「お話、ですか?」
「そう。実は、今から俺とガルドローブさんとでレッドドラゴン討伐に行くことになって」
「……は?」
うん、まあ、そんな反応になるよな。さっきまできりっとしていた顔が、今や目を丸くしている。いきなり、早速レッドドラゴンを討伐に出掛ける、とか言われたらそうもなる。
ただ、ついてこいとかは言わないので安心してほしい。
俺は、城であったことを話した。王子と会ったこと、思った以上に王子がバカだったこと、ガルドローブさんや生き残った兵士しまいには死んだ兵士に嫌な態度を取ったこと、勢いに任せて咄嗟に口をついて出てしまったこと、王子がとんでもなくバカだったこと。
「そんな……我々の、ために……」
「俺が勝手に怒っただけだから。それと、王子のことめちゃくちゃ言ったのは内緒でね」
他の兵士には、ガルドローブさんが同じく話をしていることだろう。本当なら、この女の子も同様に。アピラだけ連れてくるつもりだったが、アピラが妙に懐いてて離れなかったから、連れてくるしかなかったんだよな。
それから、俺はアピラに向き直る。彼女は、黙って話を聞いていた。
「そういうわけだからアピラ。もう少しお留守番、できるか?」
「できる!」
「よし」
話を聞いてはいても、きっとアピラにはレッドドラゴンの脅威はわからない。それでいい。妙な心配をかけられるよりは、笑って見送ってくれた方がいい。
「ただし、もう兵士のみなさんをこき使っちゃダメだぞ」
「あい!」
よし、いい返事だ。ちゃんと理解できたのかはともかく、賢い子だから大丈夫だろう。他のみなさんにも、アピラを甘やかさないように言っておかなければ。
その間も、兵士の女の子は心配そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ、もう少しアピラを頼みます」
「……本当に、二人だけで行かれるのですか? 私たち、まだ戦えます!」
「人数を増やしても、また怪我をするだけだよ。それに、知ってるでしょガルドローブさんの『スキル』。いざとったら、それで逃げます。死ぬことはないですよ」
「……」
ついていきたい、と言われるのは予想の範疇だ。だが、俺は二人でレッドドラゴン討伐に行くと言った……それを抜きにしても、考えがある。これ以上の追及は、ガルドローブさんの『スキル』を盾に使わせてもらう。
『スキル』"転送"により移動できるのは、ガルドローブさん含め三人。もちろん、数を分ければ多人数の移動も可能だろうが……目を離した隙に、誰かが死ぬかもしれない。
それに、集中力を使うという話だ。途中で『スキル』を使えなくなったとしたら、どうなるか。
その点、二人だけなら、すぐに逃げることも可能だ。これは、決して死にに行く戦いではない。
「……わかり、ました。アピラさんのお世話は、任せてください」
「任せました」
これにて、話し合いは終了。ガルドローブさんの方も、やはり反対意見はあったようだが、最終的にみんな折れてくれたようだ。
というわけで、早速出発することにする。荷物として、回復薬と火傷薬を数個入れておく。後、他にも必要になりそうな薬を少々。これと、これと……お、あれも。
レッドドラゴンとは、口から火を吐く生き物だ。なので、
「では、いってきます」
「いってぁっしゃい!」
「ちゃんと、無事に帰ってきてくださいね!」
アピラと、複数の兵士に見送られながら、俺はガルドローブさんの手を取る。"転送"か……それを持つ者はこれまでにも会ったことはあるが、自分が"転送"してもらった経験は、あまりないな。一番最近だと、もう十年は前かもな。
一瞬、ガルドローブさんと目が合う。互いにうなずき、覚悟が出来ていることを確認。……最後にみんなに力強くうなずいた直後、景色が変わる。
目の先に広がったのは、荒野だ。緑などなく、荒れ果てた平地と言うべき場所。なんか、西部劇で出てきそうな荒野だ。建物なんかは見当たらないが。
そして、少し離れた所に……いた。岩影に、寝転がっているレッドドラゴンが。岩の影で、眠っているのかあれは。
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