第13話 レッドドラゴン討伐にむけて



「うぉおおお、やってしまったぁ……!」



 ……城から出た俺は、頭を抱えていた。王の間で、王子に啖呵を切ったこと。あれを思い出して、まさにやってしまったと感じていたところである。


 言ってしまった内容は、俺の思っていたことだ、その内容に後悔はない。だが、言ってしまったことを後悔しないかと言えば、それはまた別の話だ。



「レイ殿、まさかあのように王子に言い返されるとは……」


「すみません、ガルドローブさんまで巻き込んじゃって」


「いえ、私、感激いたしました!」



 隣にいるガルドローブさんは、なぜか目を輝かせている。王子による数々の暴言、しかもガルドローブさん本人が連れてきた俺からの暴言だ。それを責められても、おかしくないと思っていたのに。


 どうしてこの人は、こうもテンションが高いのだ。王の間を出てから、ウキウキ気分が隠しきれていなかったぞ。廊下を歩いている間も、飛び跳ねそうだったぞ。



「こほん、失敬。いやしかし、まさか王子に面と向かってあのように、きっぱりとお言葉を述べられるとは。怖いもの知らずといいますか……しかし、私は感服いたしました!」



 感激、感服、と語彙力が低下している気がする。その言葉に嘘はないのだろうが。


 どうやら、俺の行動、というか言動が、よほどガルドローブさんに響いたらしい。あんな王子とはいえ、一国の王子だ。俺のように正面切って、意見を言う奴なんかいなかったのだろう。機嫌を損ねたらなにをされるかわからないし。


 というか、俺の言動に感服しているって……ガルドローブさんも、実はあの王子にいろいろ言いたいこと溜まってたんだろうな。


 自分が言えないことを、言ってくれた。だから嬉しく感じているわけか。



「部下を悪く言われた時は、さすがにあのバカ王子をぶん殴ってやろうかと思いました! あっはっは!」


「……俺が言うのもなんですが、あんまりそういうこと言わない方がいいのでは?」


「ははは、それもそうですな」



 今、城から離れて店に戻っている道中とはいえ、どこで誰が聞いているのかわからない。だというのに、この人は……豪快というか、単に考えなしなだけなのか。


 なんで、あの王子に仕えているんだろう。……いや、あの王子だからじゃない。王国の兵士長ともなれば、王の位にいる者に従うのが道理だ。



「しかし、あんなことを言ってしまって大丈夫だったのですか? 私と二人だけで、レッドドラゴンを討伐になどと」



 ……やっぱり、ガルドローブさんもそこが気になっているよなぁ。まあ、無茶な物言いだってのは、わかっている。


 とはいえ、俺だって、ただ勢い任せに言ったわけでもない。



「レッドドラゴンとは何度か、たたかっ……会ったこともあるので。討伐といっても、要はあの場所からいなくなってもらえばいいんです」


「なるほど。倒すのではなく、追い出すということですな?」



 そういうことだ。あんな化け物と、正面切って戦うなんて御免被る。問題は、人数が俺とガルドローブさんしかいないこと。いや、俺から言い出したことではあるんだけどさ。


 ちなみに今更だが、ガルドローブさんは足を骨折していたが、回復薬で治っている。部下たち全てを治し、薬も余裕があったので、治してもらったわけだ。


 ……なんか、時折ガルドローブさんの表情が暗いな。感情の変化が激しい。



「ところで、ガルドローブさんの『スキル』は……」



 先ほどの、王子の言葉が気になる。ガルドローブさんが、レッドドラゴンを討伐するのが不可能ではないという話。


 それが本当なら、俺としても助かるわけだが……そんな『スキル』を持っているなら、なぜ一度目の討伐時に使わなかったのか、という疑問が残る。


 それを聞くと、ガルドローブさんは軽くため息を漏らした。なにか変なことでも聞いただろうか?



「ガルドローブさん?」


「あ、申し訳ない。ただ……王子は、過大評価、いや勘違いしておられるのです。私の『スキル』"転送"を」



 首を振りながら、ガルドローブさんは言う。自らの『スキル』の名前を。


 ふむ、"転送"か……聞くだけでも、どういう効果かはわかる。自分か、もしくは対象を特定の場所に移動させるというものだろう。瞬間移動に近いかもしれない。


 しかし、それがどうして、レッドドラゴンを討伐できるという話になるのだろうか。



「私の『スキル』で"転送"できるのは、自分自身。そしてこの両手に繋いだ人数二人だけなのです」


「二人だけ、ですか?」


「えぇ。私と直接、手を繋いでいないといけないようで」



 つまりは、手を繋いだ人間をAとして、Aがガルドローブさんとは逆の手で別の人物Bと手を繋いだとしよう。


 すると、ガルドローブさんと直接手を繋いでいるAはガルドローブさんと共に"転送"できる。しかし、Aが手を繋いだB……つまり、ガルドローブさんと間接的に手を繋いだBは、"転送"されないということか。



「けど、それをどう勘違いするんです?」


「……王子は、レッドドラゴンを"転送"させ、遠くへと追い出せと。しかし、私が"転送"できるのは、"転送"させる者の大きさにより変わってきます。レッドドラゴンほどの大きさともなれば、そう遠くへは"転送"させられません」


「ふむ」



 "転送"には、対象の大きさにより距離の制限が出ると。やっぱり、『スキル』は便利なようでどこかしら欠陥のようなものが見えるなあ。


 というか、レッドドラゴンほどの大きさでも、"転送"自体はさせられるんだな。



「それに、自分が一度行った場所にしか"転送"させることはできません。且つ、集中力も必要となります。レッドドラゴンを"転送"させるにしても、どこに飛ばせばいいのか、集中力が乱れてとんでもない所に飛ばしてしまわないか……心配なのです」



 なるほど、だからさっき、ガルドローブさんは暗い表情になったわけか。レッドドラゴンを追い出したとして、逃げていったレッドドラゴンが別の場所で脅威となるかもしれない。


 もし小さな村を襲おうものなら、死者はたくさん出る。それが嫌なのだろう、この人は。


 そして、その心配事を当然、王子に話しただろうが……あの王子なら、我が国に被害が出ないなら他がどうなろうと構わん、とか言い出しそうだ。



「レイ殿の『スキル』は、"不老"でしたか」


「えぇ」



 "不老"の『スキル』は、戦闘において役には立たない。歳を取らないだけで不死でもないこの体は、レッドドラゴンの尻尾に叩かれただけで下手したら死ぬ


 やれやれ、これは思った以上に骨が折れそうだ。



「ま、とりあえずアピラたちに知らせないと。準備はもちろん、なにも言わずに討伐に出掛けて、万が一があったら事ですからね」


「そ、そうですな」



 ……正直な話、レッドドラゴンとはあんまり関わり合いになりたくない。それには、事情があるのだが……まあ、勢いに任せたとはいえ、一度口に出したことを引っ込めるわけにもいかないだろう。


 そんなことを考えながら、店に戻る。お客の足は、落ち着いているか。店の外にまで行列が伸びている、なんてことはなかった。


 結局、"伝達"の『スキル』を持った子は、連絡してこなかったな。まあ、連絡がないのは元気の証拠というし。店を空けていたのも、一時間も経っていないしな。


 さて、ちゃんと店番は出来ているか。そう思いながら、店の扉を開けた。



「はい、このお薬はそっちの棚!」


「へい!」


「むっ、ここ埃が残ってるよ!」


「すみません! やり直します!」


「アピラさん、こちらの製品整理終わりました!」


「うん、よろしい」



 …………なんか、起こっていた。

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