第12話 褒美はなにがよかろうか



「よくぞ戻ったぞガルドローブ。早速結果を……む、そこにおるのは誰じゃ」



 ガルドローブさんは、王子より少し距離のある場所まで歩き、その場に膝をつく。俺もそれに習い、膝をつく。


 年齢は、二十……いや十代後半か? 老け顔ではなく、どちらかといえば童顔だ。声は高いっぽいが、敢えて低くしている。少しでも威厳を出そうとしているのが、わかる。


 多分、成人したばかりなのだろう。王子として頑張っている感じはあるが、バカっぽさは隠しきれていない。



「はっ、こちらは我ら兵団の恩人、"不老の魔術師"殿でございます!」


「……"不老"?」



 ガルドローブさんが、俺の紹介をしてくれる。俺の呼び名を聞いて、王子は疑問を浮かべているようだ。


 ふむ、バカっぽい王子とはいえ、一応礼として、俺からも挨拶をしておかなければな。



「お初にお目にかかります、王子。わたくし、世間では"不老の魔術師"と呼ばれております、レイと申します。以後、お見知り置きを」


「ふーん」



 ……頭を下げているので王子がどんな顔をしているのかわからない。が、多分すげーどうでもよさそうな顔をしているんだろうな。


 本当に、こんな奴が礼をくれるのだろうか。



「で? その不老のなんたらが、なんだというのだ? なぜここにいる?」


「はっ! 私含め、部下も魔術師殿に命を救われた身。是非ともその礼をしたく思い、王子の下へと案内させていただきました」


「ふーん」



 ……ちゃんと聞いているんだろうか、この王子。



「待て、命を救われた? どういうことだ?」



 お、ちゃんと聞いてはいるようだ。



「我々、王子の命によりレッドドラゴンを討伐に向かいました。しかし、隊はレッドドラゴンに壊滅させられ、部下の半数を失いました。命からがら逃げ出した我々も、命尽きようというとき、魔術師殿の薬により、命を救われたのです」



 たんたんと、ガルドローブさんは話している。その声色に、悲しみや怒りは感じられない。


 ……だが、部下のためにあんなにまで悔しがった人だ。今は感情を殺しているのだろうと、すぐにわかった。


 理性的なガルドローブさんは、ただ報告をするのみだ。本当ならば、王子がレッドドラゴン討伐に向ける人数を減らしたから、部下が死んだのだと追及することもできるだろうに。


 さて、これを聞いた王子の反応は……



「……壊滅、だと? それにおめおめ、逃げ帰ってきたというのか!?」


「!」



 ……それは、命からがら逃げ帰った部下を労うものでも、失った兵士を悲しむ言葉でもない。


 そこにあるのは、怒りだ。



「ふざけているのか! 討伐隊が、壊滅、半数を失ったと!? それだけならまだしも、部下の仇も打たずに逃げ帰ってきたと!? なんたる腰抜けだ!」



 ……俺には、王子がなにを言っているのか、理解ができなかった。この樽王子は、なにを言っているんだ?



「まったく嘆かわしい! お前は余が選んだ、優秀な兵士だと思っていたのに! まったく……」


「……失礼ながら王子。レッドドラゴンの討伐には、一般的に百の兵が必要だと、周知でありましょうか?」


「れ、レイ殿?」


「あぁ!? もちろん知っておるわ! だから余は、無駄な人数を集めるよりも、選りすぐりの兵士を組織したのだ! 五十いれば充分であろうが!」



 しまった、つい口をついて出てしまった。この王子の物言いが、あまりにも……だから。


 王子は、レッドドラゴン討伐に必要な兵士の数を知っていた。知っていて、たった五十人しか出さなかったのだ。


 王子の言い分も、なるほど聞いてみればわかるところもある。ただ漠然と、百の兵士を集めるより、より優秀な人材を募り、それで兵団を組織する。一人が二人分の働きをすれば、目的は果たせるのだ。


 ……だが、この王子はわかっているのだろうか。レッドドラゴンの恐ろしさを。数を集めればいいわけではないのは、その通りだ。だが、その数さえも揃っていなければ、勝てるものも勝てなくなる。



「その言い方は、あんまりでしょう」


「なにを!?」


「彼らは、命をかけて戦ったんだ。それも、あなたの無茶な采配で、ただでさえ危険な道をさらに危険を伴い通ることになってしまった。本来なら死ななくて済んだ人たちを、死なせたんですよ」



 あぁ……今回は、ガルドローブさんたちを助けた礼を貰うだけのつもりで、来たはずだったのに。こうして、しなくてもいい口出しをしてしまうなんて。


 しかし……長く生きてるのに、こういう奴には、一言二言言いたくなるんだよなぁ。落ち着かないなぁ、俺も。



「き、貴様! 余の采配に、ケチをつけるつもりか! 余に、意見をするつもりか! いったい何様のつもりだ!」


「ただの、薬屋でございますが」


「薬屋!? ……あぁ、そういえば父上が、新しく薬屋を始めた魔術師の店に、教会の子供を働かせる許可を出したとか言っていたな。その魔術師が貴様か!」



 ……あぁ、アピラを従業員として働いてもいいと許可証をくれたのは、このバカ王子じゃなくその父親、つまり国王だったのか。


 よかった、このバカじゃなくて。ま、そんな物分かりのいい人物だったら、こんなことにはなっていないか。



「薬屋風情がでしゃばるでないわ!」


「し、しかし王子! 彼がいなければ、我らは命がありませんでした。我らにとってはまさに恩人なのです!」


「恩人ならば、余に反抗しても良いというのか!?」


「いえ……ただ、彼をここに連れてきたのは私です! なにとぞ、私の顔に免じてお許しを! 罰ならば私に」



 お、おいおいちょっと待った。これじゃあ、ガルドローブさんに被害が行く流れじゃないか。俺は、そんなつもりはなかったというのに。


 今からでも謝るか……いや、しかしな……



「罰だと? ふん、ならば今度は貴様一人で、レッドドラゴンの討伐に向かってもらおうか!」


「! それは……」


「無茶だ!」



 気づけば俺は、またも声を張り上げていた。だが、仕方がないだろう。レッドドラゴンに一人で立ち向かえなど、死ねと言うのも同じだ。


 まして、ガルドローブさんは部下と一緒で、勝てなかったんだ。



「王子、あなたは、ガルドローブさんに死ねと言うのですか?」


「黙れ薬屋! 余はこのレポス王国の王子、サルボア・レア・レポスであるぞ! 余の決定は絶対じゃ! そもそも、罰を与えろと言ったのはガルドローブ本人ではないか!」


「そんなの、罰じゃなくて死刑宣告だ!」



 くそっ、俺嫌いなんだよ……権力を振りかざし、自分が偉いと思いこんでいるバカが。無能な権力者ほど、厄介なものはない。


 レッドドラゴンの討伐……王子のイカれ具合を抜きにしても、それは必要なことだろう。レッドドラゴンに近くをうろうろされては、国同士の交流もままならないし、旅人だって来れない。


 だが、だからといってガルドローブさん一人に任せるのは、間違っている。



「王子なら、百人の兵くらい簡単に集められるはず。なんで、そうしない」


「やるべきことがレッドドラゴンの討伐だけではないからな。他に兵を回しておるだけのこと」



 ……他に兵を回しているから、人手が足りないのか。レッドドラゴン以上に優先すべき事柄なんて、そうそうないだろうに。


 それとも、実はこの王子に、それだけの人数を動かす力は、なかったりして。王子であって、国王ではないのだし。



「余だって、別に出来ぬことをやらせるほど愚かではないぞ。のぅガルドローブ」


「……」



 王子の、意味深な発言。それを受けたガルドローブさんは、黙り込んでしまう。なんだ? まるで、ガルドローブさんなら一人でもレッドドラゴンを倒せる根拠でもあるようだ。


 まさか、それだけ強力な『スキル』を持っているのか? だとしたら、なぜそれを使わなかった?



「ふん。余に無礼を働いたそやつに、褒美などない。生きて帰った? なぜその命尽きるまで戦わん。死んだ兵士も、鍛え方が足りなかっただけじゃ。まったく、命を救われたなどと騒ぎ立ておって」


「……」



 だとしても……この言い方は、ないよな。生きて帰ってきた兵士、それに死んだ兵士にまで、そんなことを言う権利は、王子にだってないはずだ。


 もう、こいつをレッドドラゴンの前に放り出してやりたい気分だ。だが、こんなのでも王子……万が一があったら、国が混乱に陥るかもしれない。



「……なら、ご提案があります、王子」


「提案ん?」



 この王子に、一泡吹かせてやりたい。そう、思った。



「ガルドローブさん、それと俺で、レッドドラゴンの討伐に向かいます」


「!」


「レイ殿!?」


「ほぉ……面白いことを言うな貴様」



 それは、自分でも不思議な言葉だった。レッドドラゴン相手に、たった二人で挑むなど。正気の沙汰ではない。


 だが……



「しかし、提案と言うからには、代わりに望みでもあるのか。言うだけ言ってみるがいい」


「謝罪を」


「んん?」



 こいつに好き勝手言わせたままでは、誰も浮かばれない。死んでしまった人はもちろん、生きて帰ってきた人も……


 助かった人たちの、言葉を……ありがとうと、生きていて良かったと、涙を流しながらも笑顔を見せていた彼らを、侮辱することは、許さない。



「ガルドローブさんに、死んでしまった人たちに、生きて帰ってきた人たちに。謝罪を。……それが、俺が望む褒美です」

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