第10話 みんなの力
……その日も、アピラはきびきびと働いてくれていた。とはいえ、まだ小さいアピラにいきなり難しい仕事は頼めない。そのため、昨日と同じく看板娘を頼んだ。
驚いたのは、アピラの呼び込み能力だ。昨日の件である程度のことを覚えたのか、店に入ろうか迷っているお客に自分から呼びかけて、案内するのだ。しかも、どんな薬を欲しているのか、丁寧に聞き出していた。
「足がわるそうですね……これに効くお薬、ありませんか?」
「さいきんかんそうしてますからね、手がかさかさしてなやんでるんですか?」
「おじいちゃん、腰にいいお薬あるよ!」
というように、自分からお客に声をかけては、望んでいるものを聞き、連れてくる。なんと商売上手な子なんだろう。
しかも、アピラは七歳の少女だ。やんわりと断る人はいても、「うるせえバカ野郎!」といった罵詈を吐き捨てていく人はいない。アピラの方も、断ったお客を無理に引き止めることはせず、「ひどくなったら来てね」と声をかけていた。
「……これは、思わぬ拾い物だな」
アピラがここまで動けるとは、思わなかった。仕込めば光る者はいるが、まさか仕込む前からこれだけのことができるとは……
これは昼飯、ご馳走してやらなければ。昨日のサンドウィッチやおにぎりではなく、もっと贅沢なものをな。
「まじゅつ師さん! まじゅつ師さん!」
「どうしたアピラー? すごい顔だぞ。あと、店では出来れば店長とか呼んでもらえると……」
「大変! 傷だらけの人が、いっぱい!」
血相を変えて店内に戻ってきたアピラ。その言葉の内容に、俺も気が引き締まるのを感じた。傷だらけの人が、いっぱいだと?
しかし、だからといって慌てる必要はない。別に、その人たちがここに向かってきているわけでもないんだ。客ってわけでもないし、だから……
「こっち来てる!」
「……マジか」
そしてその僅か数秒後、一人の男が入ってきた。ふむ、なるほど……確かに傷だらけだ。
頭には包帯を巻き、白い包帯には赤い血がにじんでいる。露出している顔や腕にも無数の擦り傷がある。さらに、足取りはふらついており、とても健常者のそれではなかった。
……その上、その身に着ているのが、鎧だ。一般の人間なら、まず着ることのないだろう鎧。そんなものを着て、こんなボロボロで、なにかがあったのは一目瞭然だ。鎧も傷だらけだし。
店内には、まだお客が残っているが、みんな呆気に取られている。
「はぁ……ここは、例の評判高い、薬屋か?」
ボロボロの男は、肩で息をしながら、壁にもたれつつ口を開く。まるで歴連の戦士のような、面構えだ。
「評判がどうかはわかりませんが、ここは確かに薬屋ですよ」
「……そうか」
それを聞いた瞬間、男は少しほっとした様子を見せる。見た感じ、四十代くらいだろうか……ボロボロなのに、どこか頼もしさを感じる雰囲気だ。
しかし、アピラが言っていた、たくさんの人たちとは……
「すまないが、部下たちが負傷してしまってな。大勢ゆえ外で待たせているが、回復薬を貰えないだろうか」
男は、苦しそうにしながらも目的を告げた。なるほど、他の人間は外で待たせている。それに、自分も重傷なのに、部下の傷を優先するとは、部下想いのいい人だ。
鎧姿に、部下、そしてボロボロの姿……もはや正体は、わかりきっている。
「国の兵士さんですね。なにがあったんです」
俺はカウンターから飛び出すように出ていき、男に駆け寄る。
俺は、男の症状を確認しつつ話しかける。見た感じ重傷であったが、右足が折れていることを除けば見た目ほどたいした怪我ではない。
足がふらついている、というか引きずっているのは折れているためだ。内臓も傷ついているが、命に別状はない。
とはいえ、放置すれば悪化するのは間違いない。今すぐの処置が必要だ、特に内臓は。
即座に処置すべき回復薬を、頭の中に浮かべる。
「王国兵士長、ガルドローブだ。実は、国の命でレッドドラゴンを討伐に向かったが……情けない。部下共々やられて、このザマだ」
「レッドドラゴン」
回復薬を棚から取り出しつつ、男……ガルドローブさんの話を聞く。レッドドラゴンの討伐か……そういえば、昨日訪れたお客が、そのようなことを言っていたな。
『そういや、聞いたかいレイさん。少し前に、王国の兵団がレッドドラゴンを討伐に向かったらしい』
怪我人が出ることは予想していたが、戻ってくるのがずいぶんと早かったな。もしかしたら、話俺がを聞いた時点ですでに、やられて引き返しているところだったのか。
俺は、二種類の回復薬を持ち、ガルドローブさんに渡す。
「これを。骨折に効く薬と、内臓に効く薬です。ゆっくり、飲んで下さい」
「見ただけで、必要なものがわかるとは……評判通りというわけか」
「これでも人を見る目は養ってきたので」
「だが、こっちだけでいい。部下もたくさん傷ついている、そちらに回してくれ」
と、ガルドローブさんは骨折に効く回復薬は避け、内臓に効く回復薬のみを飲んでいく。部下のために、我慢できる痛みは我慢し、部下の治療に回すってことか。
骨折も、痛いはずだが……内臓に比べ、痛みは少ない。
「んっ…………これは、すばらしいな。胸のむかむかが、晴れていくようだ。感謝する」
「いえ」
何度かに分け、少量ずつを飲んでいく。そのおかげもあって、どうにか薬は効いてくれたようだ。
さて、あと残るは、外にいる部下たちか。アピラには店内で待つように伝え、俺は外に出る。
「っ……これは」
そこには、たくさんの兵士たちがいた。軽傷の者から、中にはガルドローブさんよりも重傷だとわかる者も。
その人数、ざっと三十人ほど。ここは大通りではないとはいえ、それなりの人通りのある場所だ。それだけの数の兵士が、座り込み倒れ込み、血を流していれば、通行人の反応は様々だ。
三十人ほどの兵士は、道を占領する形になっている。それを責めるつもりはない、余裕がないのだ。だが、それよりももっと気にかかることがあった。
……足りない。
「これだけ、ですか?」
「これだけ、とは?」
「レッドドラゴンを討伐に行ったんですよね。なのに、この人数……まさか……」
そう、レッドドラゴンを討伐するには、三十人では少なすぎる。腕に覚えのある兵士であろうと、レッドドラゴン一体を討伐するのに兵士百人は必要と言われている。それなのに、ここにいるのはその三分の一にも満たない。
そこまで考えて、俺の頭に浮かんだのは……想像したくない、ものだった。百人の兵士で討伐に向かったが、帰ってきたのは僅か三十人。
つまり、残り七十人は、レッドドラゴンに……
「いや……そうでは、ない」
そこまで考えたところで、ガルドローブさんが首を振る。
「え?」
「貴殿も知っての通り、レッドドラゴンは獰猛な生き物だ。討伐には、最低でも兵士百名の数が必要とされる。…………私は、無茶だと言ったんだ」
「無茶……?」
「……レッドドラゴン討伐に駆り出された人数は、半分の五十名。内二十名が、レッドドラゴンに殺された」
「なっ……」
ガルドローブさんの言葉を聞いて、俺は愕然とした。レッドドラゴン討伐に必要な人数は百人とされている……しかし実際に討伐に出されたのは、半分の五十人だという。
それも、ガルドローブさんの台詞から察するに、お偉いさんがガルドローブさんの言葉も聞かず、人を出さず強行したのだろう。
なんの冗談だ、この世界に生きている人間なら、レッドドラゴンがどれほど危険な生き物なのか、わかるだろうに。
おまけに、五十人の約半分が失われた。なんて、バカな話なんだ!
「……って、怒っても仕方ないか。まずは、みんなの治療をしないと」
「お願い致します!」
とは言っても、三十人……すべてを見て回って、薬を取りに行って……俺一人で、回せるだろうか。ガルドローブさんに手伝ってもらうと言っても、足は折れたままだし、それ以前に……
しかし、知識がなくても人手がほしい。まずは、やっぱりガルドローブさんの骨折を治してから……
「まじゅつ師さん!」
そこへ、声が聞こえた。
「アピラ!? 店の中にいろって……」
「わたしに、できること、ないですか!?」
店内にいろという指示を聞かず、アピラは店の外に出ていた。胸の前で手をギュッと握り、心配そうに。この光景、アピラのような子供が見ても、気分を悪くするのに違いないのに。
ここからでも、顔が青ざめているのが分かる。足が小刻みに震えている。怖いのだ。
……それでも、なにかしたいと、言ってくれた。
「……じゃあ、俺が必要な薬を言うから、アピラはそれを持ってきてくれ!」
「はい!」
まずは、一番近くにいた兵士を見る。これは……打撲か。しかし、全身を激しく打ち付けたようで、内出血を起こしている。その箇所に軽く触れるが、うめき声を上げている。
さらにその隣は、気を失うほどに腹部からの出血がひどい。布を巻いて応急処置をしているが……
彼を庇うように、肩に手を貸していた女性。ひどいことに、顔に火傷の痕だ。そんな重傷を負いながらも、仲間を運んできたのだろう。体力の消耗も激しいはずだ。
「アピラ! Aの二番と五番! それと、Bの三番! ただしAの五番は塗り薬だ!」
「はい!」
まず三人。その症状を見て、俺は叫ぶように声を張り上げる。それを聞いたアピラは、すぐに店の中に入っていく。
今言った、AだのBだのといった英語。俺は、薬を効能ごとに分けて棚に並べている。例えば、内傷の回復薬はA、外傷の回復薬はB、それ以外にもCやDといった具合に。
さらに、内傷の中でも様々な種類がある。内出血、骨折、臓器損傷……それも、種類によって一番、二番、といった風に小分けしている。
それが、Aの一番、二番と英数字を並べるだけで、アピラでも中身がわからずとも取ってくることができる。ガルドローブさんに頼んでも、今日初めて棚を見る人と、少なからず見ているアピラとじゃ行動の速さも違う。
それに、アピラは物覚えがいい。きっと、時間はかからない。
「はい、持ってきました!」
「おう、サンキュー」
予想通り、アピラは三つの小瓶を抱え、走ってやって来た。急いでくれたのだろう、額に汗が滲んでいる。
まさか、初日からこんな激しく動いてもらうことになるとは。
「私にもなにか、できることはないか」
「なら、みんなを元気づけてあげてください。それと、重傷者から見ていきたいので、傷が深そうな人を教えて下さい」
「わかった!」
こうした怪我には、基本的には飲み薬を使っている。理由はと聞かれれば、塗り薬を使うと少なからず痛い、という意見を受けてからだ。だが、気を失っている兵士のように、うまく薬を飲めない人もいる。
そのために、飲み薬より数は少ないが、塗り薬も多少は揃えている。
「次、Dの六番、Bの一番、Dの三番! 塗り薬で、Aの三番!」
「はい!」
「しっかりしろ、もう少しで助かるからな!」
それぞれが、それぞれにできることをやっていく。そのかいあってか、あんなにいた怪我人は、徐々に少なくなっていく。
中には、あと一歩で命を落としてしまうような者もいた。ガルドローブさんは彼に、「すまない」と謝っていた。自分ではなく、部下にこのような深手を負わせてしまったことを、悔いているのだろう。
「……ふぅ」
ともあれ、だ。時間はかかったが、なんとか全員分の治療を終えた。アピラ、ガルドローブさん……それに、途中から手伝ってくれた、通行人の人々にも、感謝だな。
途中からは、アピラが棚から薬を取り、それを通行人の人々が運んでくれるという……バケツリレーのような構図になり、時間は大きく短縮された。
みんなが協力してくれた、おかげだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます