第9話 勝手に従業員認定



「おはよーございまーす!」


「……」



 昨夜、俺はアピラを教会へと送り届けた。出迎えてくれたのはノータルトさんではなく、少し年配の女性だった。


 アピラが迷惑をかけたことへの謝罪と礼をされ、菓子折りを持たされそうになったが……助かったのはこちらもだからと、それを拒否した。礼が欲しくてやったことではないし、あんな話を聞いた後ではなおさら食料はもらえない。


 いつの間にか寝てしまっていたアピラ。担いでいた彼女を女性へと引き渡し、俺は去った。この国にいる限りは、また会うことはあるだろう。


 ……そう思っての、翌朝のこと。



「……なぜいる?」



 俺の頭の中には、クエスチョンマークが踊っていた。なぜ、アピラが今日、またここにいるのか。部屋の前に立っているのか。


 昨日のように、扉をドンドン叩くことはなかった。人の気配を感じ、扉を開けたらそこにいたのだ。


 え、ずっと部屋の前に立っていたの? 怖い。



「あれ、わたしもうじゅーぎょーいんなんですよねえ?」


「言ってないけど!?」



 なぜか、アピラの方が困惑顔だ。いや、困惑しているのは俺なんだが?


 なぜか、アピラの中では、アピラが薬屋の従業員になったらしい。確認しておくが、俺はそんなことは言っていない。


 なぜか、アピラはそこにいた。当たり前のように。



「でも、わたしがいて助かったって、いってたじゃないですか」


「いやそれは言ったけども! それと雇うこととは別であったね!」


「……そう、ですか」



 ヤバい、なんか泣きそう。なんで朝一から、俺は幼女を泣かせるような光景に直面しているんだ。


 とりあえず、部屋の前で話していたら、この場面を見られたときにあらぬ誤解を受けそう。なので、部屋の中に招いた。ベッドの上に正座させる。



「アピラ、俺は君を従業員にしてはいないんだ。わかるかい?」


「でも、ジェスマおじちゃん、まじゅつ師さんによろしくしてもらえって、言ってたよ」



 ジェスマおじちゃん……あぁ、ノータルトさんか。え、あの人なにを勝手なことを言ってるの?


 まさか昨日の挨拶、アピラをここで働かせるつもりで来たのか? ハメられた? 俺は、ハメられたのか?



「いや、でもな……」


「だめ?」



 目に涙を溜めて、ダメなのかと聞いてくる。その目は卑怯だぞ。



「そもそも、君みたいな小さい子を働かせるわけには……昨日のは、あくまで一時的なものであって……」


「あ、そういわれたらこれを見せなさいって、ジェスマおじちゃんが持っていけって!」



 アピラのような小さい子を働かせるわけにはいかない。これまでにも従業員を雇ったことはあるが、それは全員成人済み。もしくは、ちゃんと国の許可を得た者だ。


 いずれにしても、こんな小さな子は従業員にしたことはない。


 しかし、アピラがポケットから出した紙。折りたたまれたそれを開き、内容を確認すると……俺は、目を疑った。



「それ、じゅーぎょーいんきょかしょー? とかいうやつを見せれば、まじゅつ師さんは逃げられないだろうって!」


「なにやってくれてんだあのおっさんは!」



 その紙に書いてあったのは……そもそもその紙は、国から発行される特別な紙だ。そしてこの国の王の名前が書いてあり、内容はこのようになっていた。



『アピラ少女七歳、"不老の魔術師"レイの下で働くことを認める』



 ……許可証だった。



「あのおっさん、なにを人の許可も取らずに国の許可取っとるんじゃ! ふざけやがって!」



 なぜか外堀を埋められている。そもそも、一度会っただけの、見知らぬ人物の所に自分たちで育てた子供を働かせていいのか!?


 そして、アピラはそれに納得しているのか!?


 ……してるんだろうなぁ。じゃなければ、ここには来ないよ。



「どうですか、まじゅつ師さん!」


「……アピラは、それでいいの?」



 とりあえず、ノータルトさんには後日きちんと話をさせてもらうとして。アピラの意思を、ちゃんと聞いておかないと。


 俺自身、許可証まで持ってこられては、実際のところアピラを拒絶する理由などないのだから。



「はい! まじゅつ師さんといっしょにいたいです!」



 ……なんで、この子はこんなにも俺と……? ただ有名人だから、にしては、どうにも納得いかないところもあるが。


 まあ、本人がそれでいいなら、いいか。



「わかった。正式に従業員となったからには、ちゃんと給料も出す」


「きゅーりょ?」


「お金のことだよ。働いた者に対する報酬……ご褒美って言えば、わかるかな」


「ごほうび!」



 アピラは、ご褒美の一言で、その場で両手を上げて腰を揺らす。飛び跳ねたいが、その衝動を抑えているのだろうか。ベッドがギシギシ揺れている。


 それから、アピラは「あ」となにかを思い出したかのように、声を漏らした。



「教会の子たちも、何人かはきゅーりょっていうのもらってる!」


「他の子も?」



 ……つまり、教会に保護されている子は、他にも働いているってことか。孤児である彼女たちに、社会勉強の一環で、国が正式に許可しているのかもしれない。


 子供に無理やり働かせているのだとしたら、国からの許可が出るはずもないしな。


 昨日ノータルトさんが来たように、一度目で見てそこは安全か、確認しているのかもしれないな。



「はぁ、なんかいっぱい食わされた感じだ」


「?」


「いや、なんでもない」



 予想外に従業員が一人、増えてしまった。あまり広くない店だが、まあこんな小さな子供一人くらいなら、なんとかなるだろう。


 俺としても、アピラがいることで儲けが出るのなら、言い方はあれだが利用させてもらうさ。



「ところでアピラ、朝ご飯は?」


「食べてきた!」


「そっか」



 昨日も、あんな朝早くからいたが、食べてきたと言っていたしな。教会の朝は早いのかもしれない。


 俺もさっさと、支度をするか。



「あ、忘れてた!」


「うん?」


「まじゅつ師さん! これからよろしくお願いします!」


「……はい、こちらこそ」



 まったく、面白おかしい子に懐かれたものだ。とはいえ、こういうのも久しぶりかもしれないな……今までは誰かに深入りすることはなかったし。こんなにしつこく話しかけてくる者も、いなかった。


 これだけ幼ければ、俺の知識を狙ってくるような連中とも、違う。


 なんだか、気兼ねなく安心できる存在って、感じだ。



 ……そしてこの数時間後、さっそく思い知ることになる。アピラがいて良かったという、ありがたみを。

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