第7話 嘘と真実
さて、薬屋はなかなかに盛況だ。傷薬だけでなく、香水のような匂い薬、肌を綺麗にする塗り薬、薄毛に悩む人のための毛薬などと、様々な種類を用意し、売っていく。
人が人を呼ぶとは、このことだろう。俺一人でも回せるが、いつもよりお客さんは多い気がする。
まあ、その原因の一つが……
「いらっしゃぁーせー!」
店の入口で元気に声を張り上げている、自称看板娘ことアピラのおかげ、ではあるのだろう。小さな女の子が、元気な姿で客の呼び込みをしている。それが、人の目を引くのだ。
最初は、帰れと言ったんだが……本人が、どうしても手伝いをしたいと引かなかった。とはいえ、俺一人でも店は回る。やることと言えば、レジ対応くらいだ。しかし、こんな小さな子にそれができるとは思えない。
なので、適当に呼び込みをと、言った結果がこれだ。元気で活発なかわいい子が表に立ってくれれば、それだけ注目度も上がる。
「レイちゃん、どうしたのあのかわいい子。レイちゃんの子供?」
「ははは、ご冗談を」
客足は確かに増えるのだが、それだけいらぬ詮索もされる。まあ、気持ちはわからんでもないが……それだけは、断じて違う。
しかし、関係性を説明するのも……面倒だ。身寄りのない、教会で育てられた子供。それがいきなり訪ねてきて、手伝いを申し出たなどと、ややこしいことこの上ないからな。
そんなこんなで、店は順調に繁盛。あっという間に時間は過ぎていく。朝から昼へと時間帯が変わってきたとき……
「……失礼、よろしいですかな」
「はい、いらっしゃいませ」
やって来たのは、一人の老人だった。長いあごひげを蓄えている。ちゃんと食べているのだろうか、全体的に細い。その服装は、黒と白の服に身を包んでいる。
あれは……見たことがあるな。確か元の世界で、テレビや雑誌で見たことがある。修道服のようなものだ。
……修道服、ということは。
「教会の方?」
頭に浮かんだのは、教会の人間が来たということ。
「えぇ、いかにも。わたくし、レポス教会にて神父をさせていただいてます、ジェスマ・ノータルトと申します」
右手を胸元に添え、左手を腰へ。さらに左足を一歩後ろへと下げ、軽くお辞儀をするノータルトさん。これが、この国の、教会式の挨拶か。
俺も、慌ててお辞儀。教会式のものではないが、許してほしい。
「えっと……どのようなお薬を、お求めで?」
「いえ、今日は"不老の魔術師"様にご挨拶に伺いたく、馳せ参じました。どうやら、アピラが無理やり押しかけてしまったようで」
ノータルトさんが訪ねてきた理由……やっぱり、アピラ関係のことか。このタイミングで、教会のそれも神父さんがやって来るなんて、おかしいと思った。
なんだろう。ウチの娘を誘惑しやがって、的なことを言われるんだろうか。いやでも、無理やり押しかけてきたのは承知のようだし、違うかも?
「ちょうど、休憩の時間になるところなんです。よければ、もう少し待っていただいても?」
「もちろんです。押しかけたのはこちらゆえ」
ちょうど昼ご飯の時間帯に、なってきたところだ。今いる客を捌いてから、表の扉には『休憩中』の看板を出しておく。これで、誰も来ないだろう。
昼食は、朝に作り置きしていたものを持ってきている。いつもは一人で食べるのだが、今日はアピラも一緒だ。さすがに、働かせるだけ働かせておいて飯抜きなんて鬼畜な真似はしない。
「では、こちらへ」
アピラを連れ、ノータルトさんを店の奥へと案内。部屋の一室で、ご飯を食べることとする。
俺は、荷物の中から大きめのタッパーを取り出す。蓋を開けると、その中には昼食となるものが入っている。
「これは?」
「サンドウィッチです」
タッパーに敷き詰められている、白いパン……それを珍しげに見ているノータルトさんと、目を輝かせているアピラ。うん、こういう反応をされると面白みがあっていいな。
一つ、サンドウィッチを手に取る。それを、二人の前でかぶりつき、このようにして食べるのだとアピール。パンに挟まった卵とレタスの食感が、たまらない。
「わ、私も、食べたい!」
「はい、どうぞ」
アピラにサンドウィッチを取ってやり、渡す。両手で受け取ったアピラは、豪快にかぶりついた。うん、いい食べっぷりだ。
この国に、元々サンドウィッチという食べ物はなかった。ずいぶん昔、俺はいろいろな国で、元の世界の食べ物を浸透させていった。このサンドウィッチも、その一つだ。
この世界には、元の世界と似た材料が結構存在している。だから、料理を再現するのも、不可能ではない。このサンドウィッチも、どこかの国で浸透させ、その国の名物となったところもある。
「はい、ノータルトさんも」
「いえ、私は。いきなり押しかけた身、受け取るわけには……」
「あーん!」
サンドウィッチをノータルトさんにも差し出すが、それをノータルトさんは拒否。いきなり押しかけた上に、昼ご飯までごちそうになっては迷惑だと、思っているのだろうか。別に気にする必要ないのに。
気にすることはない……そう言おうとするより先に、アピラが、食べかけのサンドウィッチをノータルトさんに差し出していた。
「あーん!」
にっこりとした笑顔で。食べろということだろう。
「……ありがとう」
その様子に、ノータルトさんは折れたのかうっすらと笑みを浮かべながら、サンドウィッチにかぶりついた。きっと教会でも、二人の中は良好なのだろう。
アピラには両親がいないという話だが、こうして見ていると、アピラとノータルトさんが親子のようにも見える。
「で、ノータルトさん、用件は?」
「用件、というほどのものではございません。この子が、魔術師様の邪魔をしていないか、その確認ですよ」
俺の邪魔、か。確かに、昨夜や朝早くの訪問は、このガキどうしてやろうかとも思ったが……これが、なかなかどうして一生懸命に働く。だから、頑張ってくれている分、邪魔だとは思っていない。
とはいえ、きれいな言葉だけで飾っても、アピラのためにならない。なので、ありのままを伝えた。昨夜、今朝早くに訪ねてきたこと。うるさいと隣の部屋の人に怒られたこと。仕事を手伝いたいと言われたこと。ただの暇つぶしかと思っていたが、わりとしっかりやっていること。
気づけば、十個あったサンドウィッチの半分以上はなくなり、アピラの姿は消えていた。窓の外に見えるため、食後の運動として外を駆け回っているのだろう。
「やれやれあの子は。元気なのはいいのですが、程度を知らないものでしてね」
「……あの子捨て子だって、聞きましたけど、よくあんな明るく育ちましたね」
「……んむ? 捨て子?」
元気なアピラ。その生い立ちを思えばこそ、彼女は強いと、そう思った。しかし、彼女の生い立ち……すなわち捨て子だと、そう口に出した瞬間、ノータルトさんは首を傾げた。
きょとんと。なにを言っているのだあなたは、といったニュアンスで。まったく身に覚えがない……そう、言っているようだ。
「え、違うんですか? あの子……アピラが、自分は捨て子だと」
「……そういうことでしたか」
長いあごひげ……座っているのに机に届きそうなほどに長いそれを、右手で撫でつけつつ、ノータルトさんはどこか納得がいったというように、うなずいていた。
「あの子は、捨て子ではありません。ですが……そう、本人が認識してしまっていても、不思議はないのかもしれませんな」
「……どういうことですか?」
ノータルトさんの言葉は、どこか意味深だ。捨て子ではないが、アピラは自身が捨て子だと認識しているという。気にはなるが、しかしわざわざ理由を聞くまでもない……のに。
……自分でも、無意識のうちにあの子のことを、知りたいと思っていたのかもしれない。
「もう、五年も前になりますか……とある夫婦が、小さな子供を連れて来たのです。この子を預かって欲しいと……その頃の記憶が残っているのかはわかりませんが、幼子だったあの子にとって、両親に捨てられたも同然なのでしょうな」
「……」
「もしかしたら、最初から両親など、いなかったことにしたいのかもしれません」
アピラから聞いた話と、違うところはあった。だが、両親がアピラを手放したことに、変わりはない。幼いアピラにとっては、どちらにせよ両親に捨てられたと思ってしまっても、不思議ではないのだ。
「どうして、アピラを手放したんでしょう」
「さて……生活が苦しいから、致し方なく……といった理由だったと、記憶しておりますな」
……生活が苦しいから、子供を手放すか。正直、そんな理由で子供を手放した者は何人も見てきた。ある者は喜々として、ある者は悲しそうにして。
しかし、どんな理由があろうと、子供を手放すなんて。それも、あんな小さな子供を。
……いや、俺もある意味じゃ、子供を手放したも同然の立場だ。あまり強くは言えないな。
「あの子は、両親がいないことを感じさせないほどに元気でしてな。教会には似た境遇の子供たちがいますが、その中でも抜きん出て元気で」
「……でしょうね」
アピラは、俺が今まで会った子供の中でも特に明るい。無理やり明るく振る舞っているのか、それはどうなのかはわからないが。
今も外で駆け回っている女の子。この神父さんも、まるで父親のような目をしている。アピラのことでここに来たとのことだが、結局は、心配で来たのだろう。
「ところで、あの子がここで手伝いをしたいって、言って聞かなかったんですが……それは、いいんですか?」
「えぇ。本人がやりたいことなら、好きにやらせてみようと思いまして」
さいですか。やりたいことをやらせるのは結構なことだが、夜中や朝早くから見知らぬ人の所に尋ねるのは、やめさせた方がいいと思うが。
なので、そのことを伝える。すると、ノータルトさんは苦笑いを浮かべるのみだった。……多分、注意をこれまでにも何度かしていて、それでも聞かなかったんだろうな。
元気なのはいいが、元気すぎる……って、ことだな。いつの間にか空になっていたタッパーを見つめつつ、俺はのんびりと、外を駆け回っているアピラを眺めていた。
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