第6話 薬屋開店!



 ともあれ、いつまでもアピラの相手をしているわけにもいかない。今日も今日とて、俺には仕事がある。


 この国に来たばかりではあるが、すでに商売する場所と、なにを売り出すかはすでに決めてある。なにを商売にするか、それは薬屋だ。これまでの長い時間の中、一番やってきたのが薬屋だ。


 そういう意味で自信はあるし、それに、ありがたいことにすでにいくつか売れている。話題が話題を呼んでいるようで、徐々にお客が増えている。


 この国に来てすぐ、店を出す申請をして、空き家を使わせてもらっている。自分で店を建てるのも一つの手ではあるが、数年でこの場所から移動するのだから、借りているだけの方がちょうどいい。


 店を出すには『スキルカード』が必須だ。特に俺の場合、この見た目だ。十五歳は成人済みとはいえ、成人済みならすんなり店を出せるわけではない。だが、俺には三千年の積み重ねがある。


 相変わらず"不老"の『スキル』は一般的に見つかっていないものの、『スキルカード』は嘘はつかない。『スキル』名を書き換えるなど、細工はできないのだ。試しに、かなり昔から保管されている『スキルカード』に手を加えてもらおうとしたが、不可能だった。


 そんなわけで、俺が"不老"の『スキル』持ちなのは疑いようもない事実。なんせ、三千年前に発行された『スキルカード』なのだ、三千歳以上だ俺は。



「こんにちはー」


「いらっしゃいませー、こんにちは」


「いらっしぁーせー、こんにぁー」


「…………」



 朝の準備を済ませた俺は、店に出向き、店を開ける。すると、すぐに今日第一号となるお客さんがやってくる。ここ最近、よく来てくれるお客さんだ。


 挨拶は、大事だ。いらっしゃいませ、その後に挨拶。これがいつもの風景……のはず、なのだが。


 ……今日は、もう一つ別の声があった。



「……なぜいる」



 俺の隣に、我が物で突っ立っているアピラ。この店に従業員服などはないため、互いに私服だ。というか、俺一人だけなのでわざわざ服を新しく作る必要がない。そもそも服を作っていたとしても、アピラの服などない。


 なぜかアピラは、そこにいるのが当然、といった顔をしている。俺も、お客も、唖然としていた。



「私も、おてつだいします!」



 なぜここにいるのか……その答えは、なんともあっさりしたものだった。まあ、ここに、それも俺の隣に立っている時点で、そんな予感はしていたけども。


 とはいえ、事前に手伝いたい、と相談を受けたわけでもない。気づけば、隣にいたのだ。気配を消していた、おっかなびっくりだ。



「えっと……どちら様で?」


「アピラ!」


「そっか……レイさんの、お子さん?」


「ちゃうわ!」



 俺の子供は、これまでにもそしてこれからも一人だけだ。彼女はもうこの世にいないが、俺の心の中にしっかりと残っている。


 断じて、こんな子が我が子ではない!



「うーん……まあいいや。レイさん、いつものある?」


「はいよ」



 このお客さんは、早い段階からウチを贔屓にしてくれている。というのも、どこの店を回ってもなかなか治らなかった腰痛が、ウチの薬で治ったからだ。


 ただし、完治ではない。傷薬など、そういったものは完治薬を作れるが、腰痛のようなじんわりとした痛みを伴うようなものは、段階的に治していった方がいい。


 腰痛の完治薬も作れないことはないが、飲んで一瞬ですぐに治る、といったものはあまりよろしくはない。体に負担をかけてしまうからだ。以前、すぐに完治はしたものの体の別の場所が痛くなった……という例があった。


 なので、薬を飲み続けることで、徐々に完治させていく。このお客さんは、年齢もそこそこなので、体にも優しい薬を調合した。若ければもう少し激しめのものにすれば、治りも早くなるが、やはり体に合ったものを作らなければな。



「はい、どうぞ」


「おぉ、ありがとよ。いやぁ、レイさんの薬はよく聞くよ」


「はは、ありがたいことです」



 こうして、一人一人のお客さんに合った薬を、渡していく。そうすることで、信頼と実績を得ていくのだ。


 さて、今のやり取りを見ていた、アピラはというと……



「おぉー……」



 目を輝かせ、俺の手元……薬の瓶を見ていた。中に入っている液体はどんな味なのだろう、とでも考えていそうな目だ。


 手伝いをしたいとは言っていたが、別に手伝ってもらうこともないんだよな。こじんまりとした店だし、逆に俺だけでちょうどいい。無駄に広い店にすると、一人じゃ手が回らないが。


 そもそもこの子は、なんで手伝いをしたいなんて言い出したんだ。ただの興味本位か?



「そういや、聞いたかいレイさん。少し前に、王国の兵団がレッドドラゴンを討伐に向かったらしい」


「レッドドラゴンが?」


「れっとーらごん?」



 薬の会計を済ましている最中、お客さんから話しかけてくる。こうして、会話を弾ませることで近頃なにが起きているのか、知ることができる。人との会話は大事なのだ、自分ではなかなか知れないようなことも、こうして話をすることで情報を得られる。


 さて、レッドドラゴンとは。文字通り赤い皮膚を持つドラゴンだ。獰猛な生き物とされ、人里や野生の動物を襲うこともある。


 一体でも相当の強さがあるとされ、訓練された兵士百人でやっと倒せるとされている。もちろん、『スキル』の使い方によっては勝率も大きく変わる。


 そのレッドドラゴンが、近くの丘に降りてきたのだという。討伐するまでいかなくても、せめて別の場所に行ってもらわなければ、近く被害が出かねない。



「そのレッドドラゴンを討伐するとなれば、怪我人も多く出ることになる。そしたら……」


薬屋おれの出番、か」



 怪我人が出るということは、それだけ回復薬を必要とする者が多くなるということ。怪我人が出ることを喜んではいけないが、商品が売れるのはいいことだ。


 近いうちに、忙しくなりそうだな。

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