第2話 『スキル』"不老"を授かった果てに



 『スキル』名"不老"……それは、読んで字の如く。老化現象がなくなる……というものだ。その瞬間、俺の頭の中に"不老"という文字が浮かんだ。俺が元は異世界人だからか、それともその者にわかりやすい文字で表示されるのか……とにかく、この世界の文字ではなく元の世界の文字で"不老"という言葉が浮かんだ。


 『スキル』とは、誰かと被ることはある。たくさんの『スキル』があるが、人間の数だけ『スキル』の数もある……わけではない。なので、この"不老"という『スキル』も、他に持っている者がいるのだと思っていた。


 しかし……"不老"という『スキル』を他に持つ者は、いなかった。単にそのギルドで前例がなかっただけかもしれない、だが、少なくともそのギルドでは過去、現在に至るまで"不老"の『スキル』を持つ者はいなかった。



『そんな『スキル』聞いたこともないが……』


『じゃあそれだけ珍しいってことなのね!』



 ギルドから帰宅し、両親に『スキルカード』を見せると、不思議そうな顔をしたあと、すぐに嬉しそうな反応へと変わっていった。それがどういう『スキル』であるのか、俺も両親も、村人も正しく理解していなかった……今にしてみれば、そう思う。


 この時の俺は、歳を取らないということは、この世界でのびのびと、時間に追われることもなくスローライフを遅れる……その程度にしか、考えていなかったのだ。なんと、愚かだっただろうか。少し考えれば、それがどんな意味を持っているのか、わかるだろうに。


 ちなみに『スキルカード』に表記されるのは、当然この世界の文字でだ。でないと、『スキルカード』は免許証たり得ないからな。誰にでも読める文字でないと。



『私も楽しみだなー』



 ラダニアは、俺と同い年ではあるが、俺よりも遅生まれなため、『スキル』を授かるのはもう少しあとだ。ミリアは、さらに二年後となる。


 とにかく、『スキル』を手に入れ無事に成人の仲間入りを果たしたのだ。ま、"不老"なんてなにかしらの職業にも活かせそうもないから、『スキル』に頼らずに生きていくことになるだろう。幸い、この世界での俺は手先が器用だから、それを活かせるものを見つけるのもありだ。


 ……もしもこの時、"不老"……歳を取らないことの意味を、もう少し真剣に考え、本当の意味で理解していたのならば、なにか変わっただろうか。異世界に、ファンタジーに、舞い上がっていたのだ、俺は。



『……』



 それから月日が流れ、ラダニアが『スキル』を授かり、俺とラダニアは結婚した。ラダニアの『スキル』は"鑑定"……目にしたものが、どのような効能を持っているのかなどを、見ることができるのだという。ラダニア曰く、視界に文字が浮かぶのだとか。


 たとえば、その辺に生えている草。それを"鑑定"し、効能を見る……もしかしたらただの雑草かもしれないし、食べられるものかもしれない。なにかと混ぜ合わせれば、新たな薬が生まれる材料になるかもしれない。


 たとえば、食べ物。それに毒が入っていないか、ちゃんと食べられるのか。イメージしやすいもので言えば……山の中に入り、キノコを見つけたとする。"鑑定"によりそれが毒キノコかどうか見抜ける、といったものだ。


 調理された料理を"鑑定"すれば、どんな食材を使っているのか、どういう調理方法なのか、料理のレシピを見ることができる。調合された薬を"鑑定"すれば、なにを複合して作られたものなのか、どういう製造方法なのか、薬のレシピを見ることができる。


 完成品を"鑑定"すればそのレシピを。食材などを"鑑定"すればそれが安全なものかを。それぞれ、知ることができる。それが"鑑定"の『スキル』だ。


 それに"鑑定"の『スキル』は他人の授かった『スキル』名とその詳細を見ることもできるのだという。地味な『スキル』なようで、実はその用途は多岐に渡る……シンプルでありながら、実は珍しい『スキル』というのもあり、重宝されているのだという。


 ちなみに、当然と言えば当然だが、まだ『スキル』が発現していない者がなんの『スキル』を持っているのかは、見ることができない。



『私の『スキル』と、手先が器用なレイなら、なんだってできるよ!』



 結婚後、俺たちは二人暮らしを始めた。そして、俺の『スキル』はなんの役にも立たないが、ラダニアの『スキル』は商売を始めるのにぴったり……ということで、商売を始めることにした。ラダニアの『スキル』をわかりやすく活かせるものとして、俺たちは薬屋を始めた。


 俺に薬の知識はなかったが、ラダニアの『スキル』ならば素人でも、プロに匹敵する薬を調合することができる。さらに、俺は手先が器用だったのもあり、細かな作業も難なく行うことができた。


 ただ、薬屋一つだけ、というわけではない。初めは薬屋を起点にして、儲けが出れば新たな店を構える。次に、料理屋だ。薬屋と同じように、料理屋も成功した。そして、いずれは店舗を増やしていき、従業員も増やしていくこととなる。


 従業員は増えても、"鑑定"の『スキル』持ちはラダニア一人だけ。とはいえ、ラダニアが"鑑定"したものをレシピに書き起こしておけば、誰でも作ることができる。



『おぎゃー! おぎゃー!』



 二人の生活は円満、仕事も順調……いずれは、この村を出てもっと大きな、たとえば国にも店を構えるのもいいかもしれない。そんなことを考えるようにもなった頃、俺とラダニアの間に子供が生まれた。俺たちが結婚して、二年後のことだった。


 かわいらしい女の子で、俺は嬉しかった。ラダニアも喜んだ。全てが順調だった。


 時を同じくして、従業員として増えたのが義妹のミリアだ。彼女も成人し、働き始めた。授かった『スキル』は"真偽"。その人が嘘をついているのか、それとも本当のことを言っているのか、見分けることが出来るのだという。


 それにより、店の中で問題となっていた不正行為が、同じ従業員の手によりものだと判明したり、結構活躍した。もっとも、俺も嘘やごまかしが効かなくなり、苦労したこともあったが。


 ともあれ、頼れる従業員の存在に、子供まで生まれ、俺のスローライフはまさに順風満帆だったと言える。


 ……だが、そんな生活は長くは続かなかった。それから三年後……つまり『スキル』を授かってから、五年後のことだ。変化は、確実に表れていた。



『……本当に、歳を取らないのね』



 なんでもない、ある日。同じベッドの上で、ラダニアが言ったのだ。そう、『スキル』"不老"の影響により、俺は『スキル』を授かった十五歳から、歳を取らなくなっていた。対するラダニアは、順調に歳を重ねているというのに。


 ラダニアに、嫌味はなかった。単に、そう思ったから言っただけだ。それに、若さは作ればいい……そう言ってくれたラダニアは、変わらず美しいままだった。まあ、まだ二十歳だし、そこまで気を配る必要もないのだが。


 ……年月は、過ぎていく。



『パパ―!』



 子供が歩き、しゃべるようになった。女の子だからか、それとも自分の子供だからか。かわいくて仕方がなかった。


 子供は成長し、ラダニアも歳を重ねていく。だが、俺だけが、あの頃のままだった。



『……』



 ラダニアは、俺を愛してくれていた。きれいであり続けようとしてくれていた。それでも、時折向けられる視線が、おかしなものに感じた。


 レニィと名付けられた我が子は、まだ喋り始めたばかりの頃に、こんなことを聞いてきた。



『ぱぱ、ずっとおんなじだね。すごーい』



 それは、子供にとって純粋な感想だったのだろう。まだ『スキル』についても学んでいない、小さな子供だからこそ。


 だが、その時俺は、ラダニアからため息が漏れるのを聞いた。それは意図的に小さくしたものか、それとも本人も無意識のうちに出たものか……しかし、俺には聞こえてしまった。


 レニィがある程度の物事を理解できるようになった頃、俺は『スキル』についての知識を与えた。父さんが変わらないのも、『スキル』によるものなのだと。


 『スキル』は、誰にも受け入れられる、この世界で当たり前のもの。それはこの世界で育ってきた者なら、誰でもわかるものだ。……だが、それは一般的な、みんなに周知されている『スキル』ならの話。


 俺の『スキル』"不老"は前例がない。誰も知らない珍しい『スキル』……言い方を変えれば、不気味な『スキル』。これはそういうものだと、実感することになるのは、やはり同じ頃だった。



『……』



 客が、俺を見る目が、変わったのだ。まだ小さく、それでも一生懸命経営を頑張っていた少年を見る目から……得体のしれないものを、見る目に。


 『スキル』に対する理解はある、しかし……前例のない『スキル』、何年経っても姿の変わらない存在、それは……理解はしていても、本能的に拒絶してしまうことと、繋がらないわけではない。理解はあっても、彼らの目は俺を不気味がっていた。


 そして、決定的な場面が訪れる。レニィが十五歳に……つまり成人を迎えたのだ。そして『スキル』を授かった。それはつまり、俺が『スキル』を授かり、肉体の時間が止まってしまったあの瞬間に、追いついたということだ。



『れ、レニィ、誕生日おめでとう』


『……』



 いつしか、レニィもラダニアも、俺と目を合わせなくなっていた。自分たちは成長する、歳を重ねる……なのに、俺一人だけが、時間に置いていかれてしまったかのようだ。


 それが悲しくないと言えば、嘘になる。だが、逆の立場だったら、姿の変わらない伴侶を、子供が伴侶の年齢を追い向く様を、黙って見ていられるだろうか。自分だけが歳を取る現状に、なにも思わないことができるだろうか。


 だから、俺は黙って家を出た。妻にも子供にもなにも告げずに、家を出た。目を合わさなくなっても、優しい二人のことだ……きっとため込んでしまう。二人に、辛い思いはさせたくなかった。



『どこに行くんですか! こんなの……』


『うるさい!』



 あの日は、朝早くに経ったのに、ミリアに見つかってしまった。彼女は、俺を止めようとしていた。姿が変わらなくても、レイさんはレイさんだ……とかなんとか、言っていたっけ。


 自暴自棄になっていた俺は、追いすがる彼女を俺は突き飛ばし、拒絶した。あぁ、今思えば、彼女だけは俺に変わらずに接してくれていたのかもしれない。そのことを思い出すのに、俺は時間をかけすぎてしまった。


 そして、村を出た俺は、行くあてもなく旅に出た。俺のことを知らない人がいるところなら、どこでもよかった。


 旅をして、旅をして、旅をして……長い、長すぎる年月が経った。一度は家庭を持ち、子供まで生まれた俺が。夢見たスローライフ生活を、手に入れたはずの俺が。


 気づけば、ひとりぼっちになってしまっていた。自分から全てを捨てたとはいえ……



 ……この世界で『スキル』"不老"を授かって。あの村を出て……もう、三千年は、経っただろうか。

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