転生者は少女と出会う

第3話 三千年の孤独



「……はぁ」



 俺は、開いていたノートをそっと閉じる。表紙には『手記』とだけ書かれた、なんの変哲もないノートだ。本の色はグレー、その辺に売っているようなノート。内容は、以前からつけている日記のようなもの。


 これを開けば、あの頃のことを思い出す。この世界に転生して、『スキル』を授かって、旅に出て……今に至るまでを。


 もちろん、一言一句正確に、出来事を記録しているわけではないし、手記を書き始めたのだって旅に出てからずっと後のことだ。それでも、旅の最中のことより、転生したばかりの頃の方が、鮮明に思い出せる。


 それだけ、強烈な記憶だったということだろう。一応、転生した直後から、覚えている範囲で書き留めることにした。結構覚えているようなもんだ、もう、あれから三千年以上が経つというのに。



「……三千年、か」



 ポツリと、呟く。三千年……それだけの時間があれば、人間ならば歳を取る……どころか、まず生きてはいられない。だというのに、俺の体は、あの頃の……十五歳のままだ。


 この体……"不老"という『スキル』を授かった俺は、三千年経とうとも見た目は、まったく変わらない。自分でも、もう慣れたとはいえ……不気味だな、やっぱり。


 現在俺は、とある国の宿屋に、部屋を借りて泊まっている。旅をしている俺は、こうして各地を転々としているのだ。


 訪れた場所、そこで生活するために、俺は手頃な住処を手に入れ、商売を開始する。一つの場所に滞在する期間は、長くても五年……それが、歳を取らなくても怪しまれない、ぎりぎりの範囲だ。



「ふぁ、あ……」



 夜遅くまで日記を見ていたためか、少し眠い。この体は歳を取らないが、普通に眠くなる。それも、十五歳という肉体年齢として、中身も止まっているのだ。あんまり夜ふかしはできない。


 とはいえ、まだ寝るには少し早い時間だ。明日の準備でも、しておこうか。


 ……今俺は、この国で薬屋をやっている。薬屋は、俺の原点ともいえるものだ。薬はいい、どんな時代であっても変わらず需要はあるし、多くの従業員がいる必要もない。


 回復薬から、女性のお肌をすべすべにするものまで。薬というか化粧品にも近いものも売っている。



「えーと、これをこうして……」



 新しい薬のレシピを、ノートに書き上げる。手記とは別のノートだ。レシピといっても、俺には"鑑定"の『スキル』はないため、試行錯誤した結果見つけ出した調合だ。


 ラダニアと薬屋をやっていた頃のレシピは、忘れてしまった。だが、あの頃の調合のやり方、手順、それらは覚えている。自分で、やったことだからな。


 どうやってレシピを見つけ出したか。それこそ時間がたくさんあったから、時間をかけていろいろな材料で、いろいろな薬を試した。"不老"ゆえに永遠の時間がある俺は、薬以外にもいろいろな知識を得た。


 この世界のこと、歴史、『スキル』にはどんなものがあるのか、今なにが流行っているのか、どんな商売を始めたら儲かるか……などだ。



「……」



 そんな中で、俺はいつしか"不老の魔術師"なんて呼ばれるようになった。商売をするにあたって、『スキルカード』の提示は必須だ。そのため、俺の『スキル』が"不老"であることは周知だ。


 ほとんどの人間は、見たことのない『スキル』を不思議がる。だが、たまにいるのだ……"不老"ということは、この世界のあらゆる知識を持っているに違いない、と考える奴が。


 『スキル』である"不老"が、魔術師と表現されているのは、その方が通りがいいからだろうか。あまり、深い意味はないんだろうな。


 長く生きていることは、それだけこの世界についていろいろな知識を持っているはずだ、と。そしてそれは、間違いではない。実際に、長い時間をかけて、この世界についてのあらゆることを調べていった。


 そのため、やろうと思えば薬屋や料理屋だけではなく、別の職業だってやれる。ギルドの受付、冒険者、アドバイザーといった、特殊なものまで。他にも、普通に生きているだけでは知ることはできないであろう知識も、得ている。


 なにせ、三千年前から生きているということは、三千年に渡る生き証人といえる。どんな本を読むより、書物を漁るより、生き証人を捕まえていろいろ聞いたほうが確実だ。


 中には、俺を捕まえようと刺客を放ってくる連中もいた。最初のうちは、用心棒などを雇っていたが、きりがないために鍛えた。剣術、武術……今なら、自衛には問題ないくらいまで、鍛えることはできた。



「……よし」



 パタン、とノートを閉じ、背筋を伸ばす。あまり体を動かしていなかったためか、ポキポキと、骨の音が鳴る。


 たまに、思う。……長い時間を生きて、いろいろな知識を得て、体を鍛えて。場所を転々とするから、友達や恋人ができることもないし、作ろうとも思わない。それなりに仲良くなる人はいるが、深入りはしないようにしている。そんな人生、生きている意味があるのだろうか、と。


 俺の『スキル』は"不老"……俺の元いた世界には、不老不死という言葉がある。それは、老いもしないし死にもしない、といったものだ。なので、"不老"のみだと老いはせずとも死ぬ。はずだ。


 旅を始めたばかりの頃、俺は自分の人生に絶望し、死のうと思った。"不老"であるこの体は、いかなる時間が経っても老けることはない。だが、死ぬことはできるはずだ。……俺は、死ぬことを考えた。



『……くそっ』



 だが俺は、死ぬことができなかった。高いところから飛び降りるなり、水の中に飛び込むなり、それこそ刺客に俺を殺させるなり。奴らは俺を捕まえることを考えているが、俺から死ぬよう仕向けることもできるだろう。


 だというのに、死ねなかった。寸前で、足がすくんだ。首を吊ろうと、ロープを用意したこともあった。首をロープに乗せる直前、やっぱり足が震えた。


 あれだけ化け物に向けるような目を向けられながら、家族にもあんな目を向けられながら、たった一人で旅をしながら……それでも、死ねなかった。


 第二の人生を、自分で終わらせるのが惜しかった。もしかしたら、一度目の人生は、俺は無念のうちに死んだのかもしれない。自殺をしたにしても、それは死にたくて死んだんじゃなく、死なざるを得なかったのかもしれない。


 だから、自分で命を断つのが怖かった。身を守るために、強くなった。このような状況に至っても、俺は自分がかわいいのだ。



「……寝るか」



 いろいろなことを思い出してしまったせいか、そろそろ眠気が限界だ。やることももうないし、今はこの睡魔に身を預けてしまおう。明日も、やることはあるのだ。


 そうだ、望んでいたものとは違うが……これだって、立派なスローライフではないか。時間はいくらでもある、やれることはたくさんある、知識だってたくさんある。のんびりと、暮らしていけるではないか。


 ……ただ、一人なだけだ。



「水浴びは……いいか、明日起きたら……」



 コンコン



 机から席を立ち、ベッドへと向かう。今日は仕事終わりからずっと手記とにらめっこをしていたために水浴びをしていないが、明日起きたら、やればいい。そう思っていたその時、部屋の戸が、ノックされた。


 ……こんな時間に、誰だ。宿の店主? だとして、こんな時間に来るだろうか。緊急の用事だとしたらわからないが、だとしたら声をかけてこない理由がわからない。


 あるいは、俺を狙った刺客か? だとして、ノックをする意味がわからない。この部屋には鍵はあるが、ぶち破ろうと思えば簡単にぶち破れる。俺が寝静まったあと、事を起こせばいい。音が鳴っても、俺が起きる前に事をすませばいいのだから。


 まあ、誰が入ってきても、俺に対する敵意は寝ていてもわかる。いつしか、気配を読む術にも長けるようになった。そう考えると、外にいるのは敵ではないのか。



「……誰だ」



 俺は、扉の向こうにいる相手に言葉を投げかける。いったい、誰がいる。


 外の人物は、少し迷った様子を見せたあとに、言った。



「あの、"不ろうのまじゅつ師"さん、ですよね! 私、あなたに会いたくて!」



 ……女の声、か。それも、子供の声。少し舌足らずな感じだが、害はなさそうな声。そんな子供が、こんな時間に俺の部屋を尋ねる理由は、なんだ?


 警戒は解かない。そっと、扉を開ける。そこにいたのは……



「あ、は、はじめまして、まじゅつ師さん!」



 ……扉が開いたことに驚いた様子を見せつつも、すぐに無邪気な笑顔を浮かべる、一人の少女だった。

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