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「なあ、アレ見ろよ」
「ああ」
翌日の体育の授業でそれは起きた。
試合の観戦中の事だった。
隣の連中が天井を見ながら何か話しているので釣られるように視線を上に向けた。
すると……
「何だよ……あれは」
驚きの余り絶句した。
何とそこには、天井に挟まったボールが増えていたのだ。
二つのモルテンのボールは、どちらが孝の投じた物か判別不可能な程近い場所にあった。
「あれじゃあ、どちらか弾き出してもモヤモヤが残ってしまうじゃないか!一体どっちが孝がやらかした方だ⁉」
思わず一人叫んでいた。
昨日までは確かにボールは一つだけだったのに……
ボールをあの鉄骨からどかそうとここまでやってきたのに、これでは本末転倒だ。
「次のチームは前に出ろ!」
体育教師の命令で俺達控え組に呼び出しがかかる。
コートにぞろぞろと出ていく面々。
不幸にも、サーブは俺からだった。
「頼むぜ」
誰かが俺に期待の声援をかける。しかし、俺の視線はネットを隔てた先の相手チームにではなく、頭上遥か高くのボールにあった。
ボールは俺を嘲笑するような円い曲面でこちらを見下ろしている。
ねえ、今どんな気持ち? そういう煽り文句が脳内に直接聞こえてきた。
そんな気がして、
「おおおおおおおおおおおおお!」
怒りが沸騰した俺は拳を握り締めてサーブを放った。
チームメイトも相手も全員が眼を丸くして驚く。
無理も無い。俺が放った先は相手コートではなく、天井だったのだ。
コーンと音を立てて例のごとく、目標を外れたボールが落下を始めた。
しかし、俺はその落下地点に走り寄り、
「まだまだああああああああああああッ!」
再びのレシーブ!
目標はあの天井で俺をせせら笑うモルテン!
しかし……
「くそ……」
鉄骨に激突したボールは明後日の方向に飛んでいく。決して挟まった目標に当たる事はない。
まるでそこだけ結界でも張られてるのかと妄想したくなるくらいに遠く感じた。
ボールが降ってくる。
「チクッショウ!」
甲高い音と熱感が膝を襲い、俺は陸に打ち上げられた魚のようにコートを滑り抜けた。
「だめだ。佐藤の乱心だ!」
ざわめくチームメイトたち。相手チームも何事かとざわめいている。
「コラ! やめないか! 何をやってる!?」
甲高いホイッスルと共に体育教師が駆け寄ってきた。
ゴリラめいた体育教師が怒鳴り声を上げて事態の収拾を計る。試合は中断し、体育館のどよめきは連鎖反応を起こして喧騒と化す。向こう側の女子達まで何事かと様子を見に来ていた。
しかし、その混乱の渦中で、
「チクショウ、どうしてこうなった」
誰に向けた訳でも無い行き場のない怒り。床を拳で何度もたたきつけた。
俺は天井鉄骨に居座る二つのボールを忌々しげに睨みつけていた。
放課後、俺はいつもと同じようにひたすら天井のボール目掛けてシュートを繰り返した。
しかし、標的が二つに増えたにも関わらず直撃弾を放つ事が出来ない。
論理的に考えれば、的が増えればそれだけ当たるチャンスも比例して増える筈だ。
それなのに惜しい所にすら届かずにいた。俺の焦りが余計に命中率を下げているとでも言うのだろうか。
しかも……
「あいつはどうした」
傾きかけた夕陽に目を眇(すが)めながら、ちらりと入口を見る。
いつもなら勝手に現れ、ストイックにシュート練習に勤しむ唯衣が今日はいない。
俺はしばらくの間、
俺は体育館の入り口と、天井の二つのボールを見比べ、
「まさか……彼女がやったのか」
ある一つの仮説へと行き着く。
昨日、俺が先に帰り、唯衣が一人で天井への下手投げシュートを続けていたとしたら……
更にもし、万が一にも放ったボールが鉄骨に挟まりミイラ取りがミイラになっていたとしたら……
むくむくと隆起した妄想めいた疑念が俺を覆っていく。やがてそれは確信と変わった。
「だから、気まずくなって来れないってのか……?」
――馬鹿野郎が。
ぐっと拳を握り締めて床の木目を見る。
「違う。別に俺は君を怒ったりはしない。それなのに……」
別に天井のボールが増えた所で俺は彼女を責める気はない。二つになったなら二つ落とせばいいだけだ。
むしろ、俺は唯衣に手伝ってもらっている事に感謝すべきなのだ。
「――――ッ!」
だが、反射的に見上げた先、天井に挟まった二つのボールを見て一気に憤怒の感情が沸き起こる。
あのボールを見るとイライラが募るのもまた、確かな事実だった。
「くっそおおおおお――」
俺は籠から一つボールを取ると、思いきり天井の忌々しい存在目掛けて放つ。
猛然とつき上がるボール。流星のように放たれたボールは、ギリギリの所で目標を外れ、
「あ」
有ろうことかそのボールは鉄骨の隙間にちょこんと静止し、落ちてくることは無かった。
それはまさしく、落とすべき目標が三つに増えた瞬間だった。
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