第6話 黒い靄

ライフライブ最大のイベント……【イデアル】

多くのストリーマーそして、リスナーが大金をかけてまで応援するほどのイベントって一体どんなのだ。


「それではイデアルについてご説明致します。」


まずイデアルとはこのライフライブで活動するストリーマー全ての最終目標でもあるイベントです。

その理由として、このイデアルで入賞を勝ち取ることができたストリーマーは大手プロストリーマー事務所

【ネオバース】へ所属の権利を得ることができるからです。


「あ、あの世界で活動しているネオバースに所属できるやと!?」


 ネオバースとは、プロストリーマーとして世界の前線で活動を行っているプロストリーマー事務所だ。

ネオバースは他の事務所と比べ群を抜いて人気があり、ネオバースという名前だけで数百万単位のリスナーがつくほどだ。

そんな事務所に所属できる権利……それがイデアルが最大のイベントである所以か。


「ちなみにイデアルの入賞は上位何名までなんや?」


「1名のみです」


「は!?ライフライブの全ストリーマーが目指す目標のイベントが上位1名?そんなの何年参加すれば入賞できるんだよ!?」


「それほど価値のある特典というわけです」


俺は絶望した。今からプロのストリーマーになるためにと気合いを入れていたが、どうしても自分がイデアルで1位になっている姿が思い浮かばない……


「ちなみに……次の開催は決まってるのか?」


「はい。次の開催は半年後です。イデアルは半年に1度必ず開催されますのでそれまでに理想のストリーマーになり参加できるようになりましょう」


以上でライフライブの説明を終了致します。その他なにか質問等はございますか?


あ、そうだ。イデアルやルールのことで忘れていたが、俺は2度もライフライブの世界を経験している。それを聞こう。


「俺は今回が初めてのはずなんだが、なんで俺のデータが記録されているんだ?」


「お答えかねます」


「フミキと名付けたのは本当に俺なのか?もしかすると別の人物がつけたとか??」


「お答えかねます」


 何も答えてくれない。俺はこれ以上聞いても意味が無いことに気が付き、すっと黙った。


 それでは、これにてチュートリアルを終了致します。


そう言うと部屋からはなんの音も無くなり、ただ俺の息の音が大きく聞こえた。


 ………………………………………………………



 しばらく時間が経ち、俺は色々考えた。

イデアルのことは後回しだ。とにかく今は俺がプロストリーマーに近づくためにもまずは配信ライブをしないとな。


「とりあえず、配信ライブビルリングに行くか。」


 俺は部屋から出た。

街に出ると、やはり前回見た景色とまるで同じだった。

やっぱり俺は以前ここに来たことがある。

 

配信ライブビルリングに到着し、中へと入る

やはり1階では歌い手やバンド達が配信ライブを行っている。

以前の記憶と同じならば赤瀬は5階で配信ライブをすると言っていた。


5階に到着すると前に受付がやはりある。正夢ってやつなのか?


「こんにちは!これから配信ライブですか?」


「あ、はい。」


受付の前に行くと受付嬢が案内をしてくれた。


「それではこちらには配信ライブタイトルとご自身のお名前を記載してください!」


そう言い、配信ライブをする為の書面を渡される。

タイトルか……初めてするし、無難に初配信とかにするのもありだな。

そう思いながら悩んでいると、後ろから別の配信ライブを行う人が歩いてきた。


「すみません〜これから配信ライブするんですけど、書面貰えませんか?」


俺の横まで来てそう受付嬢に言った人物が不意に気になり俺もその人を見る。

だが、俺は一瞬目を疑った。


「お……お前なんでここにいるんだ……?」


そう、そこにはあの暗闇の中……そして以前出会った、あの赤瀬 あかり がそこにいた。

しかし、赤瀬は首を傾げる。


「貴方……私とどこかで知り合いました?それとも私のリスナーさんですか?」


どうやら赤瀬本人は俺のことは知らないらしい。

それに気づいた俺は、 すみません!人違いでした。 と 誤魔化した。


「あ……そうだったんですね!あなたもこれから配信ライブですか?」


「ま……まぁ初めてやってみようかなと……」


「え!初配信ですか!頑張ってくださいね!」


そう言うと2人は黙々と書面を書き始めた。

どういうことなんだ……どうして俺は赤瀬のことを知っていて、赤瀬は俺の事を知らないんだ?

俺と赤瀬の記憶が噛み合わない。


「あ……あの!」


「はい?どうしました?」


俺は無性に気になってしまった。


「やっぱり俺も……貴方の配信ライブを見に行ってもいいですか?」


赤瀬 あかりの配信ライブを。

赤瀬は驚いた表情を見せ、前回とは違い俺を歓迎してくれた。

そして、俺は赤瀬の書面に俺の名前も記載した。

 

「フミキさんって言うんですね!よろしくお願いします!」


 ………………………………………………………


 赤瀬の配信ライブが始まった。

最初こそはリスナーは俺しかいなかったが続々と少なからず人は増えて行った。

その中でも俺の次に来たリスナーはとても赤瀬のことを気に入っていた様子だった。


「あかり!いい子にしてたか!!パパ嬉しいぞ」


そう言うのは派手な柄のアロハシャツにいかにもヤンキー感の漂うおっさんだった。


「もう!さかきは私のこと子供扱いしすぎなんだよ!」


「うぅ……あかり成長したなぁ。」


 ただ厄介なリスナーという訳ではなく、赤瀬と親しげな友人ぽかった。



 配信ライブの時間は1時間ほど経ち、新しいリスナーさんも少しずつ増えていった。

赤瀬の配信ライブは、なんだか心が安らぐような居心地の良い環境で、きっと周りもそう感じているのだろう。とてもリラックスしている。


「これが赤瀬の配信ライブか……。なんかいいな」


俺もこんな配信ライブがしたいな。そう思っていた。

配信ライブも終盤にかかり、赤瀬も締めの挨拶に入っていた。


「みんな!今日は来てくれて本当にありがとう!」


「こちらこそありがとうな!あかりちゃん!」


「うぅ……あかり……成長したなぁ」


「また配信ライブしてたら絶対行くからな!」


リスナーの歓喜の言葉に赤瀬も喜ぶ。

すると一人のリスナーが赤瀬の配信ライブに入場してきた。

中年の男性のようだ。

赤瀬もそれに気づき声をかける。


「初見さんこんばんは!ごめんなさい。もうすぐ終わるんですよ」


そう言うと中年男性は口を開ける。


【出たよ。アイドルぶっている過疎ストリーマー】


「え……?」


その一言で赤瀬は凍りついたように固まる。

周りも動揺しているようだ。


【どうせあれだろ?そうやってアイドルぶって男どもをたぶらかして、金だけ貢がせたら用済みにするパターンだよ】


なにを言ってるんだ?このおっさんは。


「え……?私そんなこと……」


赤瀬は恐怖なのか声が震えている。


「急に入ってきたと思ったら、なんだよその発言!」


中年男性のあまりにも身勝手な発言に、さかきは激怒する

しかし、周りの様子がおかしい。


「ま、まぁたしかに……こういうアイドルぽいのいるよね」


「有名になるためにリスナーを使い捨てるのかよ……」


中年男性の発言から周りの新しくきたリスナーが伝染していくかのように赤瀬に対して中傷的発言をするようになる

次第に、そのリスナーからは黒い靄のようなものが身体から溢れ出てきた。


「ど……どうしたんだよお前ら!さっきまで一緒に盛り上がっていたじゃないか……」


流石の変貌ぶりにさかきも動揺が隠せない。

俺は何が起きているのか分からずただ、立ち尽くしていた。

さらに中傷が増していき、やがて黒い靄は霧のように赤瀬の配信部屋ライブハウスを黒く染めた。


【俺から金を奪う気だったのかよ……】


【過疎ストリーマーの癖にいい身分だな】


【もう辞めちまえよ。お前みたいなのはセンスないよ】


霧の奥で赤瀬が膝から崩れ落ちる姿が一瞬見え、俺は赤瀬の元へ走った。

赤瀬は一点を見つめ、ブツブツとなにか喋っている。

そしてリスナーからの中傷発言を受ける度、赤瀬の身体にはノイズが走った。


「赤瀬!しっかりしろ!大丈夫か?」


赤瀬は返事をしない。

次第に赤瀬の身体にはノイズが増えていく。


「急になんだよお前ら!どうしたんだよ!」


俺の問にも答えずひたすらに中傷を続けるリスナー。

その黒い靄はやがて濃くなり、赤瀬を飲み込もうとするように身体にへばりつく。


「赤瀬!今すぐ配信ライブを終わらせろ!」

 

しかし赤瀬は反応しない。

黒い靄はやがて赤瀬を完全に包み込み、そして

赤瀬はバキッという音と共に消えていった。


「てめぇら……ふざけた真似……を」


俺はリスナーに激怒したが、その途中で急にめまいがする

俺は倒れ込み視界が失われていく。


「どういう……こと……だ」


「おい!大丈夫か!しっかり……し……」



 ………………………………………………………



「ハッ!」


 俺は目が覚める。しかしそこは配信部屋ライブハウスではなく、さっきまでチュートリアルを聞いていた、あの部屋だった。



 

「以上でライフライブの説明を終了致します。その他なにか質問等はございますか?」



これは……さっきまで俺が経験した記憶……

まるで俺の記憶だけが残り、時間が巻き戻されたかのようだった。

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