奇妙な話

@umibe

第1話

 五郎は田舎に住む小学三年生である。五郎は毎日の学校帰り、奇妙な女の子を目にしていた。女は田んぼのあぜ道の端、もう少しで田んぼに落ちるぎりぎりに立って居る。背丈は大体、五郎と同じくらい。恰好は真っ白なブラウスに、真っ赤なスカート。


 女の子は登校の時には居ないが、下校の時に決まって居るのだ。夕方、ぽつり、居る。微動だにしない。もっとも奇妙なのは、風が吹いてもおさげの髪が微動だにしない事であった。

 五郎はパンツを気付かずに二枚履いてしまうような大バカ者であったが、女の子がこの世の者でないことが本能的に理解していた。だから、すれ違う際に彼女に話しかけることも、こっそり覗き見ることもしなかった。


 ある日、五郎はいつものように女の子とすれ違い学校から帰宅した。しかし忘れ物が発覚した。リコーダーである。明日は音楽の時間にリコーダーのテストがあるのだ。「きんらりきんらり星の歌」を、明日までに完璧に仕上げなければならぬのだ。


 五郎は急いで家を飛び出した。急いでいたものだから、右足には自分の靴を履けたが、左足にはトイレのスリッパを履いて出てしまった。トイレで大便している時に、忘れたことに気付いたのだから仕様がない。


 太郎は例のあぜ道にまでやって来た。無論彼は走っている。ただ、もう暗い。子供には心細くなる景色である。しかし、走らなければならん、諦めてはならん。


 おや? と五郎丸は一ところから聞こえる足音に気付く。足音は動かない。同じ場所からコツっ、コツっと音立てている。そこに五郎が一方的に近づいて行っている。お馬鹿さんの五郎も怖くなった。しかし、ここから行くしかないのだ。


 五郎は走った。そして、分かった。女の子は両腕を組み、体を地面からほとんど直角にして、片足を交互に物凄いスピードで出し入れしている。


「コサックダンス!」

 と五郎は大声で言った。

 五郎はコサックダンスが大好きであった。しかし、どうしてもテレビからの見様見真似では難しく、習得出来なかった。思わず、五郎は手に持っていたペンライトで女の子を照らした。

「かわいいっ!」

 五郎はまたも叫んだ。


 女の子の表情はコサックダンスに精一杯の真剣な表情だった。けれども可愛いことははっきり分かる。目は優しく細めで、鼻はこじんまりしており、唇は薄く桃色。五郎はよっぽど告白しようかと思ったけれども、すぐにリコーダーのことを思い出してやめた。

 

 止まりかけた五郎が走り始めた時、突然女の子が五郎にコサックダンスの動きを維持したまま平行移動、突進して来た。五郎は避ける暇もなかった。コサックダンスによる右の蹴りは五郎のレバーへもろに命中した。


 五郎はうずくまりながらレバーを抑え、女の子を見上げた。彼女はぱたりコサックダンスをやめて、五郎を見下ろしていた。見下ろすその表情は、満ちた月とあぜ道に落ちたペンライトに上下から妖しく照らされた。


「お前、コサックダンスを覚えたいんだろう?」

 女の子はまるで大人びた声で言った。声は低く、ずっと深いところから湧き出た水のように澄んでいた。

「はい!」

 五郎は元気たくさんに言い返した。


 それから五郎と女の子との日々が始まった。毎日朝から夜まで、コサックダンスの特訓は休みなく行われた。何日経ったかも分からなくなった頃、五郎のコサックダンスは漸く様になった。


 五郎は、誰かにこのダンスを見せる約束をしていたのを思い出した。けれども、重い出せない。誰だったろう。いつも、その人は、僕に温かな言葉を掛けてくれた。僕の帰る場所に居た人だ。


 あれ? 僕の帰る場所など、あったのだろうか。




 僕は今日、女の子とチベットの高原に居る。そうして、ただただ佇んでいる。踊るのは、暗くなってからだ。彼女は可愛い。





















 


 

 


 


 






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