第5話
「ふぅー、落ち着け、僕。大丈夫、大丈夫だ」
「紅、どうした?」
「い、いや、なんでもない。それよりも、柊くんの使う武器は双剣……なのか?」
紅は思っていることを心に留めておき、別の話題へと切り替える。
「うーん……まあこれが気に入ってるからこれメインのつもりではいるけど、色々使うよ」
奏多のその言葉に紅はさらなる驚きを隠せない。普通、技を発現したのであればそれを極めるのが自然だ。なぜなら、それが一番自分の適性だということだから。奏多の場合、双剣用の技でなく短剣用の技が発現している以上、短剣一本に変えるということをしても誰も何も言わないどころかそうしないと逆に言われてしまうレベルだ。
しかし、奏多は色々使う、と言った。技のことがわかっていないのだろうか? と思考を巡らせるが、そんなことはありえないと考えを確定させる。どこのギルドに所属していたかは知らないが、ギルドにはギルドメンバーへの講習が義務付けられている。よって、知らないということはありえないのだ。どうしても理由が思いつかない紅は、最後の手段として本人に聞くことにした。冒険者にスキルや技術のことを聞くのは基本的にタブーとされており、それが同ギルドに所属しているわけではないただのパーティならなおさらだった。
「な、なぁ柊くん……君は、技をいくつ持っているんだい?」
「いくつ? うーん……わからないな。でも、たくさんだ!」
胸を張って言う奏多に逆に呆れてくる。ここまでの短時間でも、奏多が、嘘を吐くようなやつではないことがわかった紅は、その言葉を疑うこと自体が無駄だと思ったからだ。
「じゃあ、ダミーの設定を変えて実戦を想定してみよう。僕は魔法を一発撃ったら倒れるから……最初は前線にいた方がいいかな?」
「うーん……なら、槍とか使ってみたらどうだ? 杖一本くらいなら俺の『異空間収納』の中に入るぞ? 使うときに言ってくれればそっちに異空間開くくらいならできるけど」
「そうだね……うん、槍をちょっと練習してみようかな。元居たギルドでは魔法使いは魔法の練度を上げることしかさせてもらえなかったからちょっと楽しみだよ」
「お、そうか! このまま前衛になってもいいぞ?」
「ははは、柊くんが僕を導いてくれるんだろ? なら僕は後ろから君を援護させてもらうよ」
「そうだな! よし、前衛は俺に任せろ!!」
少し駄弁りながら戦闘態勢に入る。槍は今は手元になかったが、技能の検証がてらと『武芸ノ達人』で木の槍を作って渡す。大層驚かれたが、もう紅はそういうもの、として認識したようだ。
「じゃあ俺がまず行く! 紅は背後に回るか……うーん、状況見て頼んだ!」
「うん、指揮系統は僕がやった方がよさそうだ。わかった、柊くんは敵を倒すことを意識してくれ!」
バッ、と駆け出す。多少回復したものの、完全に回復しきっているわけではないためパフォーマンスは先ほどよりも落ちている。そして、先ほどとは違って相手の攻撃が加わってくるためそれをよけるという動作が必要となってくる。しかし、体に染みついている歩法によって間合い管理と相手の攻撃のタイミングを見て反撃することができていた。
「すごいな……柊くんは。僕も、負けちゃいられないぞ」
紅も、両手で槍をしっかりと持って走り出す。
相手はコボルト、と呼ばれる犬と人を合体させたようなモンスターで、身長は僕たちよりも低い。相手は武器となるものはなにも持っていないので、相手の攻撃できる範囲というものをしっかりと確認したうえで死角へと回り込んで一発を入れる。
槍を先ほど初めて持ったからだろう。威力が全然出ていない。しかし、後ろから攻撃されたことでそちらに意識を割かれたのか、奏多側の警戒が弱まる。そこを見逃すような奏多ではない。両手に持っている短剣でコボルトに斬りかかった。
「ふぅー、こんなもんか」
ダミーに設定されたHPが削りきられ、ホログラムが姿を消す。これが、倒し切った証拠だ。
「ごめん、柊くん。槍もっと練習しなきゃだね……」
「いや、ナイスだったぞ! あれのおかげで俺が倒せたわけだしな!」
実際、1対2だったとはいえ紅の位置取りは完璧に近かった。元々魔法使いで、味方と当たらないように気を付けてたというのもあるのかもしれないが、自分にできる最大の間合いを取って攻撃していたのはとてもいいことだ。反撃されにくくなる。センスは十分だということだ。
「よーし、今日はもう終わりにしよう! 寝るとこなくなるぞ!」
「もう18時!? 結構やってたんだねぇ……」
すでに3時間が経過していたことを知り驚く紅。そして、昨日の二の舞になることを恐れて急いで行動を起こそうとしている奏多は紅を急かして協会を出発した。
♢♢♢♢♢♢
「あっぶねぇ……ギリギリ間に合った……」
「いや、ギリギリじゃないでしょ? 時間はまだまだあるじゃない」
「いや、紅は漫画喫茶を舐めてる。もう少ししたら……ほら!」
先ほどまでと一変してかなりの頻度で客が流れ込んできた。その光景に口を開けたままの紅を見て、ドヤ顔をする。
「昨日はこれのせいで野宿になったからな。ギリギリだったってわけだ」
「はえ~」
「じゃあ俺はもう寝るよ。疲れた……すぴー、すぴー、すぴー」
寝ると宣言した次の瞬間にはもう寝息を立てている奏多を見て笑みをこぼす紅だが、紅も疲れていたのか、睡魔が襲ってくる。
「僕も……もう、ダメ……」
そうして、1日が終わったのだった。
♢♢♢♢♢♢
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