第53話

三船は思ったより体は小さく、一六〇センチ程でこじんまりとしていた。しかし眼光は鋭く、ヘドロのように淀んだ目を持っていた。おまけに身長と同じで気も短い。ここは落し前とやらを付け、鳥坂はさっさとここから逃げ出そうと考えていた。

「さてオッサン。子供を返しな」

 村雨は鳥坂の目を、じっと見据えてきた。マリアも追随するかのように見てきている。

「あのさ、ここから仮に逃げ切られたとしても、どうせ消されるんだ。今か後かの問題だ。嫌なことは早く済ませたほうがいいだろう?」

「――俺に死ねと」

「まあ……後々、ここにいる全員がお前を探して殺すだろうさ。ただここの全員が死ねば、暮らしは安泰するだろうが、そんな奇跡はここで爆発が起きて逃げられないだろ?」

「お前」

 村雨の顔から血の気が引いていく。そして周りを囲んでいた三船達が次々と血を吐きながら倒れ始めると、建物が大きく揺れた。

 鳥坂は虫の息になった三船から拳銃を奪い、自動ドアに向けて数発撃ちこんだ。

「鳥坂! お前!」

「それよりここから出るぞ!」

 村雨は、撃たれたにもかかわらずマリアを抱え込むと、走る鳥坂に続いた。駐車場まで走って、車に乗り込んだ。車を急発進させて、とにかく今の場所から離れた。

 数キロ離れた場所で鳥坂は車を止めたて、後部座席を振り返った。村雨の腹からは相変わらず血が流れている。その横でマリアが、村雨の手を握りながら泣いていたから鳥坂は驚いてしまった。

「マリア。何をボケっとしてる。村雨を治してやれ」

 マリアは鳥坂に言われるまで、自分にある力を忘れていたらしい。どこかいつも冷めていて、血の通わない人形みたいだったマリアに、何か心境の変化でもあっとか、鳥坂は感じた。

 マリアが傷口に手を当てて数秒後、村雨が短いうめき声を上げた。鳥坂は運転席から身を乗り出して、村雨の服を捲り上げた。

 村雨の傷は塞がって血は止まったみたいだが、まあまあの血液が流れたせいか、村雨の顔色は悪い。村雨の傷を治したマリアは、血で汚れた自分の手を見て小さく震えていたが、鳥坂は声を掛けずに再び車を走らせた。



 マリアと村雨を園の前で下した後、鳥坂は安積の家に向かった。村雨は鳥坂に何かを言いたそうな顔をしていたが、貧血気味でふらついていてそれどころではなかったみたいだ。そのかわり、堅気とは思えない目で鳥坂を睨んでいた。

「お前からは久しぶりだな」

「ああ」

 平屋の安積の家は六〇坪程で、数年前に買ったものだった。庭は手入れされ、小さな池もある。和室の部屋には絨毯とソファが置かれている。

「一昔前の家だな」

「そうだろ?」

「ソファ、買い直したんだな」

「クラシカルでいいだろ」

 安積は紅茶とシュークリームを運んできた。

「俺が死んだら、お前にこの家がいくように手配してあるからな」

「え?」

 カップを持とうとして、思わず落としそうになった。安積はそんな鳥坂の反応を楽しんでいるようだった。

「で? 片付いたのか?」

 気を取り直し、カップに口を付ける。爽やかな柑橘系の香りが、幾分か気を落ち着かせてくれた。

「ああ。三船は死んだ」

「そうか」

 安積は用意したシュークリームを手に取った。

「お前も食ってみろ。俺が作った」

「え? オヤジが?」

「そうだ」

 売っている物と全く変わらない出来栄えに、自分より器用ではないかと思った。

 促され食べてみると、しつこくない甘さで男でも三つ位は食べられそうな出来だった。

「うまい」

「そうか!」

 シュークリームを食べ終えた鳥坂に、安積が一言だけ発した。

「普通に生きろ」と。



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