第51話
ここに来て、一週間弱ほどたちのだろうか? 部屋にカレンダーがないため、何度朝食を食べたか思いだしながら考えた。昼食、夕食は和洋中と飽きを感じさせないメニューで、味も美味しかった。毎朝交互に出てくる朝食を数え、和食を四回と洋食を四回食べているので、八日は経っている。
日に二回に増えた散歩と部屋にテレビが運び込まれ、時間を潰すには問題なかった。しかしテレビの雑音よりも波の音を聞いていたほうが心は落ち着いた。
波音は子宮の中の音に似ていると聞いたことがある。誰も手出しができず、ゆっくりと温かい羊水でユラユラとゆり籠であやされている胎児が羨ましく、戻れるものならばずっとそこで過ごしたいと思った。
しかしすでに自分の寝床だった子宮の持ち主はいない。守られていたのは中にいた時だけで、外の世界はマリアを傷付けることばかりだ。だからこそ身を守るために、身についた神様からの贈り物。
それを試すようにここ数日、三船から沢山のことを指示され、ストレスが溜まっていた。それで新しい発見もあった。
例えばコップに割れろと思っても何の変化もないけど、言葉に出すと共鳴するかのように粉々になる。今度は手に触れて心の中で呟いても、何の変化もなく、言葉に出した時だけ物が動いたり壊れたり元に戻したりを繰り返していた。
観察していた三船は、粘りつくように笑みを浮かべていた。それを見るたびマリアは顔を反らした。
でも御木が言うには、この爬虫類のような三船の娘になるという。鳥坂が退院して迎えに来てくれるまでという話しは、初めからなかったようになっている。その話を聞こうにも、はぐらかせたりするので、本当は入院などしていないと考えるようになっていた。
あの二人以外といる時は、マリアはマリアではない。ならもう、周りが望む自分でいようと考え始めていた。割り切り始めると、案外にここの生活も苦ではなくなってきた。
ぼんやり本を広げ、読む行為をせず、文字だけを見つめていた時だった。急にドアノブが乱雑に回された。驚きもせずに、マリアは何度も左右に回されるノブを見ていた。
「マリアちゃんいる? 私よ」
聞き知った声にドアの前まで移動した。
「胡蝶さん?」
「いるんだね? 中から開けれる?」
この部屋は、外からのみ解錠しかできない。三船がいうには、マリアが危険だか仕方がないらしい。
「中に、鍵は無いの」
「――そう。ちょっと離れて部屋の奥まで下がって」
胡蝶の言葉に違和感を覚えながらも、指示に従った。数秒後、大きな音と共にドアが大きくしなりながら、揺れ始める。四回目ほど繰り返すと勢いよく開き、そこには髪の短かい男性が息を切らしながら立っていた。
「……リアちゃん」
ゆっくり近づいて行き、俯き加減になっている顔を確かめた。
「ああ、これね。切られたんだよ。それより」
同時に大きな胸板が目の前にあった。頬に汗と胡蝶からでる蒸気を感じたが、嫌ではなかった。むしろずっとこうして抱きしめていて欲しいとさえ思った。
「無事でよかった。時間がないから単刀直入に聞くよ。マリアちゃん俺の、私の子供にならないか?」
肩を持たれ正面には、波のように揺れながらも、太陽で温められた海水のように胡蝶が揺れて見えた。
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