第49話

安積から連絡が入ったのは、その一週間経つか経たない頃だった。三船に纏わり付くオカマを処分してくれと連絡があったと。

 安積には胡蝶の話しをしており、何かあればと連絡をれと伝えていた。

 安積によると三船はかなりの短気に加え、マリアの存在を知っているのが気に食わないとの事だった。

 安積自身が手を下さすわけではなく、その下にやらすが、いいのか? との確認があった。鳥坂は少し待ってくれといい、上着を手に車に乗り込んだ。

 三船が所有している海辺の施設まで、高速を飛ばして三時間程かかる。平日で渋滞がない道を飛ばせば、二時間半ほどで着ける。

 鳥坂がアクセル思いきり踏み込みむと、古い車の窓からは風を切る音が漏れ入って来る。

「どいつもこいつも面倒臭せえよ」

 ハンドルを取られないために、鳥坂は腕に力をいれた。

 予想より少し早く現地に着いて、安積に聞いた住所を探した。とは言っても田舎の番地の範囲は、都市部より安易で分かりづらい。何度か同じ道を通って、やっと崖上にある球状の白い建物を見つけた。写真と見比べ確認をする。

「何つう場所に建ててんだ」

 車で入口を探し、やっと林の中に整備された土地が、隠れるようにあるのを見つけた。土はコンクリートに整地され、かなりの広さの駐車スペースになっており、三台の車が止まっていた。

 その奥には幅三メートルほどの階段に手すりが添え付けられ、上に続いていた。

 鳥坂は車を端に止めて下りた。階段は木のアーケードの木漏れ日と通り抜ける風で、かなり涼しく感じる。

 頂上までは思ったほど時間はかからなかった。崖下から見たよりも大きく感じられ、建物の周りは円状に整地されていて、その後ろには木が壁のように生い茂っている。正面に大きな自動ドアがあるが、珍しく曇りガラスのため、中の様子を伺う事はできない。

 鳥坂は一番簡単な方法で、胡蝶を連れ出す作戦にした。

 しかし正面入り口から入ろうとしたが、電源が切ってあるのか開かない。一歩引いて見渡すと、壁にインター・フォンがあった。その上には監視カメラまである。ボタンを押すと男が出てきた。

「安積さんから話を聞いて」

「ああ、今スイッチを入れたから、入って来てくれ」

 もう一度立つと、今度はすんなりと開いてくれた。

 ドアが開くと、通って来た自然の涼しさとは違った、人工的な風が肌に当たる。中はホテルのロビーを小さくしたような感じで、こげ茶色の木目のタイルから同系色の絨毯に変わる。

 突き当たり正面の大きな窓からは中庭が見えて、その奥は通路になっている様だった。窓の付近には、テーブルセットがまばらに配置されていた。周りを見渡すと、左手に事務所のような場所と、右手には奥に続く通路があった。

「どうもどうも」

 そう言いながら近づいてきた男は、脂っこい髪を額に付けた三十代くらいの男だった。

「今は防犯上、ドアはロックしてるんですわ」

 関西弁で、終始ニヤけた顔をしながら話してきた。それだけでも気分を害するが、吐く息は生臭く思わず一歩引いてしまいそうになる。

「安積さんからという事で」

 鳥坂は反対に、一歩歩み寄る勢いで答えた。

「ゴミの処理を頼まれただけだが?」

「は?」

 と間抜けな声を出した後、

「ああ! そうやそうや。お願いしましたわ。こっちです」

 事務所らしき前を通り過ぎて、カーブする通路を曲がり切る手前で、白い壁に小さな取っ手がある前で男が足を止めた。

 男がポケットから鍵を取り出して取っ手を引いた。壁にあるスイッチを押すと、扉が開いて照明が灯った階段が浮かんできた。人二人が並んで歩ける幅のコンクリートの階段を、男と話しながら下りた。

「新しい事を始めるみたいだな」

「聞いてはりますか?」

「大体は」

 男は安心したのか、独りでに話し始めた。

「また凄い子を見つけて来ましたわ。あの子がおれば、金がガッポリ入ってくるわ。金は人を動かせるからな。三船さんはそのうち、サツも抱え込む気やで。怖い人や」

「宗教法人ってやっぱり儲かるんだな」

「いや。教祖となる娘はホンマに特別や。怪我を治したりできるんやから。それにお人形さんみたいに可愛らしい子で、カリスマ性もバッチリや。あ、着いたで」

 下りきった場所は、荷物が置いてあるのを見る限り、物置き場といった印象だった。その中央に、ジーンズにシャツを着て、手足口の動きを封じられた胡蝶らしき人間が、ぐったりと横たわっていた。

「こいつですわ」

 鳥坂は胡蝶だと思ってここに来たが、安積の間違いだったのか? と首を捻りそうになった。

「で? どうしはります?」

「え? ああ……ここから出さないとな。あいつ、まだ歩けるのか?」

「多分」

「足とか折っては……なさそうだな」

「そうやない。ここ三日程、水しか飲ましてへんから」

 鳥坂は横たわっている人物の傍らにしゃがみ込み、短い髪を掴んで顔を見てみた。だいぶ体を甚振られ体力を消耗しているのか、瞼を動かすのも辛そうに見える。

 しかし鳥坂と目が合うと大きく見開かれ、水を得た魚のように体を動かし始めた。口はタオルで塞がれているから、くぐもった声で何かを必死で訴えているようだ。

「まだ元気があったんや」

 背中から呑気な男の声が聞こえてきた。鳥坂は少し体をずらし、背中で胡蝶の顔を隠した。人差し指を口元に当て合図を送る。

「とりあえず階段の入り口まで、大きな段ボールと台車を持ってきてくれないか?」

「ダンボールと台車? ここには誰もおらへんし、大丈夫やで」

「でも館内には監視カメラがあるだろ? 残したくないんだよ」

 男は、深く考えずに納得したのか、階段を上がって行った。馬鹿な男でよかった。

「だから言っただろ? 無様な格好だな」

「んぐぐ」

「人違いかと思ったぜ。またバッサリと髪を切られたもんだな」

 魚のように跳ねる胡蝶から、タオルを外してやる。

「煩い。早く縄を解け」

「いや。解きはしない」

「お前」

「解ける位にはしておく。念には念をだな。それにしても髪を切られて、すっかり元に戻ったのか?」

「あ? ああ。髪が短いのに女の話し方をしてたら、真正のオカマだろ。それよりマリアちゃんは?」

 女装の胡蝶ではなく男に戻った村雨からは、言い知れぬ以前とは違う迫力があった。

「俺が来たのは、お前をここから処分するためであって、アレにはノータッチだ」

 村雨は器用に体をくねらせながら鳥坂の足元へ移動してくると、思いっきり足に噛みついてきた。

「痛てえな! 何すんだよ!」

「あの子は一番端の、海側の部屋にいる。マリアちゃんはここにいても幸せにはなれない。あいつら金儲けするつもりだ」

「いいんじゃね? 別に」

 もう一度噛みつこうとしてきたが、兎のように横に飛んだ。

「いい訳ないだろ! ここから出たら、俺一人で行く。鳥坂は帰れ」

「あのさ。お前が逃げたら俺も面倒なわけよ。大人しく車に乗せられろ」

 上の方で扉が開く音がして、胡蝶もとい村雨の口にタオルを巻き付けた。暴れるかと思ったが、来た時のように大人しく床に転がっていた。

「おい。あんたは足を持て。俺は頭の方を持つ」

「俺も手伝うんか?」

「このデカイ体を担いで、階段を上れっていうのか?」

 男は渋々足を持った。女装していた時も大きい奴だとは思っていたが、視覚の問題なのか、男の姿に戻っている村雨は一回り大きく感じた。だから男二人でもかなりの重労働になった。


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