第46話
薄っぺらい基盤に配線があるだけで、どうして時刻が表示されたり音楽が聴けたりするのか、不思議で楽しかった。いつの間にかおもちゃ代わりの壊れた製品を、修理ができるようになっていた。
没頭しすぎて安積が帰って来たのにも気付かず、夕飯を食べ忘れていたりしてで叱られたりもした。でも触っていた機械を見た安積は、
「すげぇな鳥坂! お前は天才だな。大きくなったらいい大学に行って、いい会社に就職できるぞ」
といつも嬉しそうに鳥坂の頭を、無骨な手で雑に撫でてきた。力が強すぎて頭がいつも大きく揺れて、髪はグシャグシャになっていた。でも嬉しかったのをよく覚えている。
「どうだ? 少しは興味が出たか?」
「え? ああ」
安積はその答えに、子供の頃に褒めてくれた時と同じ顔をしていた。
「俺も勉強でもするかなあ」
「え?」
「あははは! お前みたいに出来のいい頭じゃないから、腕一本でってことだよ」
「腕?」
「今さらパティシエは無理だから、好きなシュークリームを作って売るんだよ。シュークリーム専門店だ」
安積は昔から甘いものが好きで、外食した時には必ず何かしらのデザートを頼んでいた。パフェがある時は必ず頼んでいたし、ケーキバイキングや美味しい店があると聞けば、連れて行かれていた。
しかし普通を装っていても堅気の空気は出せずに、周りからは注目を集めていた。だから運ばれてきたデザートは必ず鳥坂の前に置かれた。
安積がパフェで、鳥坂がジュースだけという時もあった。もしかして自分甘い物を積極的に食べなくなったのは、子供の頃に安積に連れられて食べすぎたせいかもしれない。
「いいと思う。昔から好きだったもんな。よくダシに使われてたし」
「バレてたか」
悪戯ぽく安積が笑った。安積が箱の中に手を伸ばした。
「で、他にも何かあるんじゃないのか?」
一気に安曇の顔の皺が引き締まるが、口の箸に少しだけクリームが付いていて、アンバランスさが余計に人のいい年寄りに見える。
「パンフレットの中にチラシが一枚、混ざっているはずだ。見てみろ」
大学案内の束を順に捲っていくと、海の写真が表紙のチラシが出てきた。両面に印刷がされ、表には『癒しの海の家』と書かれ裏には、代表
「それはまだ準備途中で、出来上がった一枚らしい」
安積が何を言いたいのか、飲み込めないでいた。
「お前、マリアって子供を知っているだろ」
「え?」
「あの志村、いや桃香って女が三船に会わせたらしいんだが、妙な事態になってる」
鳥坂はチラシを見て、書かれている紹介文に目を通して、安積の言葉に納得した。
『癒しの海の家』は宗教団体のようだった。安積がどの程度、知っているか計りしれたが、マリアが辿って来た過去と持っている力、胡蝶という変わった奴が実は養子にしようとしている事実などを掻い摘んで説明をした。
しかし両親については、亡くなったとしか言わなかった。
安積は何も言わず、説明し終えた後も黙ったままだった。妙にその沈黙が重く背中に圧し掛かってきて、息苦しくなる。
「それでお前は、見て見ぬふりをしてる訳か。その胡蝶とかいう女装した男も、心配でならんだろう」
正論はそうかもしれない。しかし鳥坂にはどうしても、マリアを受け入れる気分になれなかったし、胡蝶の養子話がこれで流れればいいとさえ思っていた。
安積を見ると、刺すような目でこっちを見ている。何を訴えているのか鳥坂には分っていた。
「すまないオヤジ。あの子供は俺の手に負えない。仕方がないんだよ。それに、三船といる方が案外に幸せかもしれない」
正面から見返せずにいると、安積が大きく息を吐く音が聞こえてくる。
「何だかんと言っても、お前は面倒見がいい奴だ。それなりに理由があるんだろう。でも気が変わって連れ戻す気でいるんなら、手は貸す。て言っても、俺には殆どなんの力も今はないけどな。さて、今日は帰るわ。大学のこと、ちゃんと真剣に考えてくれ。これは俺からの頼みだ。おっと、二個ほどシュークリームは置いてくが、残りは持って帰るから。じゃあな」
安積は立ち上がると、顔を背けたままの鳥坂の頭を乱暴に撫でて帰った。
「もう子供じゃねえよ」
独り言を呟き、鳥坂は自分の頭に手を乗せた。残った安積の温もりを久々に感じ、複雑な気持ちになっていた。
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