第34話

 鳥坂と出会った頃の安積は、きつい目つきで、体から刃物が付き出ているのではいかと思うほどだった。

 今は皺で目尻は垂れさがり、角が取れた石のように丸くなった。

 安積は当時若頭で、いずれ組を継ぐ人間だと知ったのは、引き取られて少し時間が経ってからだった。安積は鳥坂を引き取った理由を知ったのも、丁度その頃だ。

 安積には愛していた一般女性がいた。だが中々一緒になろうとは言えなかった。

 安積が迷っている間、女性は妊娠し出産までした。生まれた男児は安積そっくりで、彼が今まで生きてきた中で、キラキラと輝く宝石のような時間だった。でも安積は籍を入れず、女性の家に通う日々を送っていた。

 若さゆえに安積は浮かれていた。

 いつものように部屋に出向くと、女性と子供が血まみれで死んでいた。安積は泣きながら荒れた。まるで台風で海が荒れ、何もかも飲み込むかのように。

 安積の宝石を殺した犯人を突き止めると、それは彼の座を狙っていた内部の犯行だった。

 主犯と関係した人間全てを殺した。主犯に関しては簡単には殺さず、一月ほどかけてじっくりと死の歩みを味あわせ、最後には正気をなくしてしまった。

 狂ってしまったことに関しては、計算外だった。正気がなく殺しては意味がない。だが相手を殺しても、何も帰ってはこない。時間も二人も。

 安積に残ったのは、この件で一目置かれる存在になったことと、冷徹非道、逆らえば命はないという肩書だけだった。

 二人が殺されて半年。安積のなかで人間らしい部分は死滅していた。そんな時に出会ったのが子供の涼太だった。

 格段、死んだ息子と女性に似ていた訳ではない。死滅したと思っていた部分が急に生き返ったように、守ってやりたくなった。それが父性だったのかは今では分らない。ただ心が急に再び息吹いた。

 涼太を引き取り一緒に暮らし始めた当初は、子供への接し方やご飯の用意、慣れない家事が多く、若手に手を借りながら世話をした。

 初めの一週間ほどは、動物が新しいテリトリーで警戒をしつつ、涼太は様子を伺っていた。

 子供なりに全てを察していたのだろう。洗い物、掃除、料理を自然と分担するようになっていた。しかし、まともに口を聞いたのは一月以上たってからだった。

「すみません。夏休みの工作を手伝ってください」

 俯きながら涼太が安積を頼ってきた時は、破顔していた。

 木を鳥の形に彫刻等で削る作業を安積がし、涼太が目を丸くして覗き込んでいた。手を動かしながら、覗きこんでいる涼太をチラッと見ては、顔が綻んでいた。

 学校の行事にも積極的に参加した。周囲から普通に見られるために気を使っていた。

 半年も経たないうちに、二人の生活のリズムは歩調を合わせ、ゆったりとした時間が流れていた。それでも涼太は安積を呼ぶ時に、すみません、あの、という言葉しか出さなかった。

 安積にとっては、そうやって話しかけてくれるだけで十分だった。

 涼太が中学に上がる頃に安積は、組を仕切るトップの座にいた。住む場所も本部に移し、子供環境上よくないとは分かってはいたが、二の舞にならないためにも涼太も連れていった。

 涼太は学校の成績もよく手がかからなかった。しかし家の事情は、親からその子供へと、自ずから伝わってしまう。

 小学校の頃は遠巻きなっていた輪も、中学になり反抗期や自己顕示欲、涼太を取り込めば箔が付くと考える連中が近寄ってきた。バカな連中は、戯言を涼太に断れると手を出した。

 喧嘩をした経験がなかった涼太が、数人相手にやり合い、怪我をして帰って来たのだった。

 理由を聞き、先に手を出してきたのは相手だったが、安積は初めて涼太を叱った。そして諭す様に、

「いいか、喧嘩なかんするな。逃げればいい。逃げるが勝ちというだろ? 俺がこんなこと言うのもお門違いだが暴力はよくない。涼太には普通に大きくなって欲しい。な? わかったか?」

 俯いたままの涼太が、返事をするのをじっと待った。

「俺、おじさんみたいになる。強くなりたい。負け犬になんか……」

「――そうか。でも勉強はしろ。あとは何も言わない。あと人は絶対に殺すな。分ったな?」

「人なんか殺さない!そんなことをしたら」

 言葉を止めた涼太の頭を、何も言わずに安積は撫でることしか出来なかった。



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