第33話

 二人の視線はマリアに向けられたままだが、鳥坂の顔は険しく、胡蝶は深刻な面持ちだった。微笑んでいるマリアに対して、鳥坂はより眉間皺を深く刻んだ。

「胡蝶、要は、こいつは言葉を使って人を殺したってことか?」

 直ぐに返事はなかった。普通では有り得ない事実に胡蝶も戸惑いを隠せない。それでも鳥坂が刺された傷の不合を考えれば、合点はいく。

「でなければ、あんたの傷の説もつく」

 鳥坂は自分の傷口に手を当てた。

「言霊っていうのかしら」

「こだま?」

「馬鹿、こ・と・だ・ま、だよ。発した言葉に力が宿るって言われるんだよ」

「オカルトかよ」

「でも、あんたの傷といい、この子の生い立ちと言い、それしか私には思いつかないけどね」

 胡蝶の顔は真剣そのもので、反論しようにも何も要素はなかった。それに自分自身が身をもって体験してしまっている。

「じゃあこいつはその言霊で、両親たちを殺したのか?」

「そうなるね」

 たかが言葉で、という思いと、言葉で人がどれほど傷つくかも知っている鳥坂にすれば、それが現実の事象に対して顕著になったに過ぎないのかも知れない。それほどまでに、マリアは追い詰められていたのか。

 同情する余地はあるが、鳥坂はマリアを到底受けれいる気にはなれない。

 全てをボードで書き終えた時に微笑みで、鳥坂は悟った。

 屑でも、両親を、人を殺したのだ。確かに親がマリアにした非情な行為は、犯罪だし許されるものではない。それにただの殺しかたではない。

 胡蝶の推測通りだとして、マリアは自分で手を下したわけじゃない分、命を奪った感覚が持てていない気がしていた。

 だから平気で、天使かのように微笑んでいる。

「胡蝶、すまないがこいつ連れて出て行ってくれないか?」

「え?」

「気分が悪い。施設に送り届けてやれ」

「ねえ、鳥坂」

「胡蝶、変な気を起こすなよ。そいつはお前の子供じゃない。身代りしようとするな。それとマリア、二度と俺の前に現われるな」

「鳥坂!」

「俺が寝ている間に、出て行けよ」

 そう言って布団にくるまった。

 胡蝶がマリアをなだめながら出て行こうとしている。出ていく気がないのか、胡蝶がマリアの背中を押す感じで、言葉をかけている。

 扉が閉まり、廊下からの音も遮断され静かになった病室で、鳥坂は傷口に手を当てながら、いつに間にか眠ってしまった。

 沈んでいた意識が徐々に浮上し始め、廊下から聞こえてくる音がはっきりと分ってくると、次に嗅覚も目を覚ました。

 ゆっくり目を開くと、カーテンの隙間から赤い筋が窓から射し込んでいるのが見えた。

「目、覚めたか?」

 聞こえてきたのは、馴染みの声だった。

「――オヤジ?」

「すまなかったな」

「何でオヤジが謝んだよ」

 刺した人間が悪いのであり、それを防げなかった自分にも隙があっただけのことだ。

 それでも安積の表情は硬いままだ。

「なあ涼太。お前と会って何年になった?」

 二人の付き合いは小学四,五年の頃からになる。

「十年と少しかな」

「そうか……十年も経ったのか……涼太、すまなかったな」

「だから」

 安積は遮るように続けた。

「そうじゃねえ。お前の両親の話だ」

「オヤジが悪いわけじゃない。あれは」

 言葉が詰まった。父親という言葉が、鳥坂の喉の奥の無い壁に遮られ、出て来ない。

「あれは、アイツが悪いんだ。金に捕まったアイツが。それにお袋が死んだのもアイツが刺したからだ。オヤジが殺した訳じゃないさ。それにそんな事は、世に溢れてる」

 両親が死んだのは、今となっては特別な事では無い。それにもう過去の事だった。鳥坂は安積を真っ直ぐ見て話した。

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