第32話

「えー! マリアちゃん。一緒に撮ってもらおうよ」

 徹も見ている。だが顔に表情が剥ぎ取られたみたいになかった。。

「麻衣ちゃん、変だと思わないの? そんな格好で写真だよ? 変態だよ」

 マリアは叫ぶように言った。

「マリアちゃんはいいよ! お人形さんみたいにかわいいし、お姫様みたいで、部屋もそう。何でも持っているからそんな意地悪をいうんだよ」

 徹は相変わらず、表情のないままマリアだけを見ている。濁った水槽のような目。外から自転車のベルの音が聞こえてくる。

「もういいよ。今日は帰る」

 徹の動きは速かった。

「麻衣ちゃん、もう少しね? ほら、違う服も持ってきてるし」

「今日は帰る」

 服を手に、鏡の後ろで着替えようとする麻衣の手を掴んだ。

「伯父さん?」

「あ、すまないね」

 目を吊り上げた徹は、マリアを刺すような目で睨んで来る。心なしか、膝に置かれた拳が微かに震えているように見えた。

 麻衣が着替え始めた時だった。鏡を退け、その途中の様子を、一心不乱に写真を撮り始めた。

「伯父さん止めて!」

 麻衣が叫ぶ。だがシャッターが鳴り止む気配はない。

 まだ着替え途中の麻衣を無理矢理引きずり、ベッドに投げ飛ばした。マリアは耳を塞ぎ、下を向いていた。

 ベッドを見ると、麻衣が泣いていた。二人にある短い距離を、視線が結んだ。口が動いている。

 最初にマリアは忠告した。なのに麻衣のくだらない嫉妬で巻き込まれた。

 急に麻衣の啜り泣く声が、鮮明に聞こえた。マリアは徹に腕を掴まれている。

「いや、止めて!」

 引きずられる体で命一杯の抵抗をしたが、大人の男の力の前では全くの無意味だった。それでも激しく抵抗した。

「やだ! 変態!」

 徹がピタッと止まった。

「誰のお陰で、雨梅雨をしのげていると思っている。子供のお前が出来る恩返しなんて、これしかないだろう。それにお前自身の容姿が私を狂わせているんだよ」

 自分が狂わせる? これしか?

 今までのことが一気に頭を巡った。

 父親と母親。そして壮太。彼らが悪魔になったのは有責は、自分にあるという。

 自分が選んでこの姿になった訳ではない。こんな扱いを受けるなら、普通でよかった。

 たまたま両親の先祖に外国の血がまじっていて、たまたま隔世遺伝で生まれてきた。

 どうして外国人間と結婚し、子供をもうけたのか。どうして先祖に外国人と結婚していた両親が結婚してしまったのか。自分の境遇を憎まずにはいられない。それ以上に目の前の徹を殺したいほど憎んだ。

「伯父さん何か、死んじゃえ! 死ね! 死ね! 死ね!」

 両親、壮太と同じように、弾ける音、赤く塗り替えられた部屋。ヌルっとした血が、マリアを濡らした。ただ違ったのは、化け物という言葉と、甲高い叫び声が発見されるまで続いていた。

 その後は、よく覚えていなかった。ただ病院で色々な検査や質問をされ、気が付けば施設に入っていた。

 直ぐに新入りのマリアの容姿でからかってくる男子がいた。

 全てが嫌になったマリアは、程なく自分を汚し始めた。からかってくる男子も、遅かれ早かれ、父親や壮太、徹みたいになると確信していた。だから全ては自分を守るためだった。

 今度は汚れた容姿でマリアを突いてくる子供がいたが、追い払うような言葉を小声で発すると、相手は何処かに傷を作った。

 この時には、今までの事件がどうして起こったか、なんとなく理解できていたが、漠然としていたので、それを施設に来て試していた。

 言葉をはっきりと発さないのは、徹の家で麻衣が一緒に怪我をしていたからだった。でも結局、外傷は治癒出来ても、内面的な傷は時間が掛かるようだった。

 麻衣は、目の前であった惨劇を語っていたが、内容が内容だけに誰も信じなかった。信じられなかった。

 当然、同じ死にかたをした場所にいたマリアも、さすがに疑われて、色々と聞かれたが、覚えていないと答えていた。結局、子供の成せる事件ではなかったから、警察も、いるはずのない犯人を捜し始めた。

 マリアは、自分が殺意を持って言葉を発すると、人を傷つけられた。多分それは想う気持ちが強ければ強いほど、効力を発揮している。

 ただ気持ちの計りが分からず、麻衣のように関係がない人間も傷付けてしまうかもしれない。マリアはそれで口を閉ざした。

 この力は天使と言われた自分だから、持てたのではないか? 汚いものから、人間の手から自分を守るために神様がくれた物。マリアはいつしかそう考え始めていた。

 ボードに書いては消す作業を繰り返し、過去を二人に説明をした。最後に鳥坂が言った。

「ぶっ壊れてる」

 マリアは、やはりこの鳥坂涼太は、自分を解ってくれた。マリアは初めて二人の前で天使のように微笑んだ。


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