第31話

 学校でも性教育が始まり、父親、壮太がしてきた行為がどういうものか分かっていた。徹も同じだと思った。

 マリアには、犬が意味もなくハアハアと言いながだらしなく舌を出し、口の端から涎を滴らせているのと同じに見えた。

 徹は持っていたデジカメで、着替えている様子を撮り始めた。

 部屋の中に、星が降って来たように眩い光が走る。麻衣は壁に向かって着替えているのに、気付かなかったようだ。

「見て! 本当に人魚姫みたい!」

 鏡を見て、ぴょんぴょんと跳ねている。その度にほとんど丸出しになった尻が、ゼリーのように跳ねていた。

「麻衣ちゃん、写真いいかな?」

「いいよ!」

「じゃあ、マリアちゃん。ベッドを少し借りてもいいかな?」

 強張ったまま、頷くしかなかった。

「じゃあ麻衣ちゃん。ベッドに上がって」

「はーい。次はマリアちゃんの番だからね。制服とかいいと思うよ」

 麻衣は無邪気に勧めてくる。その純粋さはマリアも以前持っていたが、家族が取り上げたので、今はもうない。

 徹は「適当にポーズをとってみて」と言いながら、何度もシャッターを押している。その度に部屋が点灯するように光る。

 光が納まり、その出来事を自分の目を通して見ているのではなく、ブラウン管を通してテレビで見ている感覚に堕ちいっていた。

 麻衣のマリアを呼ぶ声は、遠くから聞こえてきて、小さく細いようにものだった。

「マリアちゃんは、これを着てみて。絶対に似合うと思うんだ」

 麻衣はそのままの格好でマリアの前に立っている。

「じゃあ私、次は何を着ようかなあ」

 マリアに制服を渡すと、麻衣は違う服を見はじめた。

「マリアちゃんは制服を着るかい?」

 何も返せなかった。着る着ない以前の問題だった。だが徹は、マリアが恥ずかしがっていると、自分のいいように解釈し始めた。

「伯父さん、少し部屋を出ていくから、着替えて待っておいで。麻衣ちゃんは、そうだねえ……その水着にソックスを穿いて見てくれないかな?」

 麻衣は文句を言っていたが、新しい服を持ってくるからというと、簡単に承諾をした。

 席を外した隙を見計らい、麻衣を家に帰そうとしたが、頑なに嫌がった。それどころか、マリアを羨ましいと言い始めた。だからその恩恵を今、少しでも自分に分けてくれてもいいではないかと。

 廊下から伯父の足音が聞こえてきた。

 マリアは麻衣に無理矢理、制服に着替えさせられた。全てを着終えたと同時に、扉が開いた。

「マリアちゃん! 可愛いね。天使のようだよ」

「えー! 私は?」

「麻衣ちゃんも可愛いよ」

 褒められてもまだ頬を膨らませていたが、まんざらでもなさそうだった。

「じゃあ、二人ベッドの上に座ってみて」

 半ば無理矢理、麻衣に手を引っ張られながらベッドに上がった。

 徹が持っているカメラは、大きな物に代わっている。

「凄い! 何だか本当のカメラマンみたい」

「そうだよ。伯父さんはカメラマンだよ。さ、モデルはポーズをしないと」

「どんなポーズ?」

「麻衣ちゃんは、座ったまま足を開いてみて」

「こう?」

 ただ足を広げる麻衣に、さらに注文を付け始めた。

「それで膝を立てて。そうそう。マリアちゃんは、スカートの端を握る感じで」

 麻衣に自分と同じ目に合わせたくない気持ちで、流されるまま今に至っている。あのレンズの向こうにある、蛇のように気持ち悪い目が我慢ならなかった。

「嫌っ!」

 マリアはベッドから飛び降り、部屋の隅に逃げ込んだ。

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