第30話
人形遊びをしている二人に気付き、満足げな顔をしている。女の子は誰でも、人形が好きでお姫様みたいな部屋が好きだと、錯覚している節があった。でも夫婦の期待に沿うのは、居候の役目だと認識していた。
「やっぱり女の子はいいね」
徹がお盆を、白い猫足のテーブルに置いた。
「伯父さんも混ぜてもらっていいかな?」
マリアの全身が、ほんの少しの危険な見逃さないアンテナみたいに伸びた。
麻衣は「やった!」と喜んでいる。徹は「ちょっと待っててね」と言い残し、部屋を出ていった。
「マリアちゃんいいなあ。私のお父さんは一緒に人形遊びしてくれないんだよ」
と可愛らしく頬を膨らませ、口を尖らせている。
「マリアちゃん?」
テーブルに置かれたグラスはよく冷えているのか、表面には気持ちよさそうに汗をかいている。
マリアの掌も同じように汗ばんでいるが、爽快感などない。
グラスの中の氷がコロンと涼しげな音を出した。合図のように部屋の扉が開かれる。
徹のにこやかしている顔は、害が無いように見えるが、手には反対側が見えるほど透けている、フリフリがついたベビードール。水着、白い靴下。上着の裾が短いセーラー服。貝殻にビーズの紐がついたもの。
いったい何処から持ってきたのか。家はマリアを含め三人でも広く、美和に見つからない隠し場所など、沢山あるのだろう。それをパートナーがいない間に一人で楽しんでいたのか。
マリアを引取り、今までは遠くから見るだけだったうさぎを、連れて家にやって来るようになった。今までは幼児と全く接点がなかったのが、マリアのお陰で容易になった。
我慢しきれなくなった徹は、とうとうマリアたちに本当の意味で近づいてきた。
パタンとドアが閉まると前に座り、密室を作りあげた。徹が座りこむと、逃げ場を失った小動物になった気分になった。
麻衣は徹が手にしている服が可愛らしいと、傍に寄っていって一緒に座り込んだ。
マリアの体は麻衣に近づこうにも、金縛りあったように動かない。顔の向きは二人に固定され、声は聞こえてくるのに、自分の体ではない気分だった。
「マリアちゃん見て!」
麻衣が手招きしている。立ち上がらないマリアに痺れをきらし、引きずるように徹の前まで連れて来られた。勝手に動く体を上から見下ろしているみたいな、おかしな感覚だった。
「見て! これ! 人魚姫みたいだよ」
確かにパステルカラーの大きめのビーズで付いているそれは、色合いからして可愛らしい。しかしマリアには薄汚い物にしか見えなかった。
「麻衣ちゃんはこれが気に入ったのかな? これは貝で作った水着なんだよ? 人魚姫みたいになれるよ」
姫という言葉に麻衣が反応した。
「着てみてもいい?」
「いいよ。でも写真を撮ってもいいならね」
徹は、満面の笑顔だが、マリアには歪んだ、例えるなら気持ちが悪いピエロみたいな感じだった。
「やった! マリアちゃんは制服なんかどう?」
麻衣は可愛い物が好きだ。徹が持ってい悪趣味な服に、他意があるなど思ってもいないだろう。
「麻衣ちゃん。今日はもう家に帰った方がいいと思う」
「どうして?」
麻衣の言葉が少し尖った気がした。
「あ、えっと……だって」
「マリアちゃん独り占めしたいから、私を追い払いたいの?」
「違う! 違うよ……」
語尾は、しおれる様に小さくなっていった。
「じゃあいいよね? 私はこれを着るね。いいよね? 伯父さん」
「ああ、いいよ。着替えはここでしたらいいよ」
友達の保護者とはいえ、人前で着替えるのは恥ずかしいと思ったのか、広くはない部屋を見回している。部屋の隅にある布が掛かった姿鏡に麻衣は目を付けた。
「あの後ろで着替える」
麻衣は鏡の後ろに入り込んだ。高さはあっても四十センチもない幅。隠れるように着替えていても、動くたびに剥いた桃のように艶やかな尻が見え隠れしていた。その様子を徹は頬を緩めながら見ていた。
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