第32話 離れることは許さない

『ルシア嬢!!』


 魔導具のペンダントが反応し、こちらからも魔力を込めるとセルディ殿下の声がした。

 全員に通信しているようで、皆の声も聞こえた。


『学園内に数体、王都にも多く魔物が出没し出しました!! 浄化をお願いします!! 城の騎士たちはすでに動き始めていますので貴女を援護します、今どこですか!?』


「私は学園寮のすぐ近くです! 近くにいた生徒たちは避難させました! 今……目の前にいます……」


『!!』



 そう、今私の目の前、魔物と対峙中です。魔導具からは私の名を呼ぶ声が聞こえる。でも今はそれに応えている余裕はない。


 狩り大会に現れた魔物とはまた違う醜悪な魔物。身体はそれほど巨大なわけではないが、それでもやはり人間よりは圧倒的に大きい。

 魔物自身が戸惑っているのか、様子を伺うようにゆっくりと近付いて来る。私は手に魔力を込めた。


 周りには黒い靄が漂っている。魔物に纏わり付くように漂う黒い靄。一体どこから現れたのか。クラウド公爵が持っているとされる魔石をなんとかしないと、この靄は収まらないんじゃないだろうか。どんどんと増えているような気がする。


『ウガァァァアアア!!』


 魔物は雄叫びを上げ、なにかに急かされるように突進してきた!


「氷壁!!」


 氷の壁を出現させ魔物を囲む。しかし暴れ回る魔物はいとも簡単に氷壁を壊し進んでくる。

 これならどうだ! と、竜巻を起こす。竜巻に絡め取られた魔物は動きが止まるが、それでも暴れている。竜巻に炎を纏わせ狩り大会のときのように倒す!

 そう思っていたのに、今回の魔物は一切倒れる気配がない。炎竜巻の周りに黒い靄が集まってくる! それが力を与えているのか、一向に倒れる気配のない魔物。


 駄目だ、攻撃をしても黒い靄のせいですぐに回復しているような気がする。このまま攻撃を続けてもこちらの魔力が尽きるだけだわ。


 それなら炎竜巻で足止め出来ている間に浄化魔法を!


 意識を集中させ両手に魔力を集中させる。他の魔法とは違う浄化魔法。なにが違うのかと言われると説明出来ないのだが、ルシアの身体が覚えている。祈るように手を組み魔力を高める。聖なる力。手元にキラキラと金色の光が集まってくる。


「ルシアさん!!」


 名を呼ばれ、前を向くと、集中している間に炎竜巻から抜け出した魔物がこちらに向かって突進してきていた!


 まずい! 今攻撃すると浄化魔法が霧散してしまう! あと少しなのに!!


『ガアァァァアアア!!』


 魔物が大きく腕を振り上げたかと思うと鋭い爪を振り下ろした。ザクッ!! と音を立てて切り裂いたものは……


「シュリフス殿下!!!!」


 私を庇いシュリフス殿下の腕を大きく抉った魔物の爪。


「私は大丈夫です! それより浄化を!!」


 シュリフス殿下は苦痛の表情を浮かべながらもそう言った。


「!!」


 シュリフス殿下の腕から流れる大量の血に震えが止まらない。しかし今やらないといけないことは……魔物へ向かった!!


 意識を集中させ握り締めていた両手を大きく広げ放出!! この辺り一帯にある黒い靄の浄化を!!


 キラキラと輝く光は大きく広がり黒い靄を吹き飛ばした! 魔物は一瞬動きを止め、その隙をつく! 魔物に向かい炎を放つ!! 業火に焼き尽くされた魔物は断末魔の声を上げ消滅した。


「シュリフス殿下!!」


 魔物が完全に消滅したことを確認し、慌ててシュリフス殿下に駆け寄る。

 地面に座り込んでいたシュリフス殿下は苦痛の表情ながらも、私を見ると微笑んだ。額には脂汗が流れ辛そうだというのに、私を見る目は優しい。


「シュリフス殿下!! ごめんなさい!! 私のせいで!!」

「貴女のせいではないですよ。ルシアさんが怪我をしなくて良かった。私の怪我は気にしないでください。すぐに治せますから」


 涙が止まらなかった。酷い怪我をさせてしまった。それなのにシュリフス殿下は優しく微笑む。どうしてそんなに優しくなれるの。私のせいなのに……。



 シュリフス殿下は自身の腕に治癒魔法をかけていく。傷が深いためか時間がかかっている。周りではいまだ黒い靄が空を覆い尽くしている。ゆっくりしている時間はない。


「シュリフス殿下、私、行きますね」


 このままシュリフス殿下は安全なところにいてもらいたい。私のために怪我をして欲しくない。


「駄目ですよ」


 立ち上がろうとしたとき、シュリフス殿下は私の腕を掴んだ。まだ治癒は終わっていないのに、私の腕を引っ張り傍に引き寄せた。


「貴女は私の傍にいてください。私の傍を離れることは許しません」


 耳元で囁かれた言葉にぞくりとした。


「あ、あの……」


 いつもの雰囲気とは違うシュリフス殿下に緊張する。じっと見詰めるシュリフス殿下の真剣な顔にドキリと心臓が跳ねる。

 あ、あぁ、こ、これ、どうしたらいいの!? シュリフス殿下が……なんか……なんというか……だ、駄目!! 余計なこと考えちゃ駄目!! 変な期待をしちゃ駄目!! シュリフス殿下はただ心配してくれているのよ!! 私が無茶しないか見張るためって言ってたじゃない!! そうよ!! そうなのよね…………スン。落ち着け自分。


「分かりましたから……勝手に行きません。だからちゃんと治療してください」


 私の気持ちとシュリフス殿下の気持ちは違うのよ。そう自分に言い聞かせ、必死に余計な考えを取り払う。ちょっと切ないけどね……ちゃんと笑顔で言えたかしら。


 ニコリと笑ってそう言うと、シュリフス殿下はジッと私を見詰めた。そして掴んでいた手を離すと再び治癒を始めた。


「シュリフス殿下!!」


 突然シュリフス殿下を呼ぶ声が聞こえビクゥゥッとなった。振り向くと騎士がこちらに駆け付けて来る。


「護衛致します!!」


 ビシッと敬礼して見せた若い騎士は王国騎士団の制服を着ていた。


「セルディ殿下から指示を受け参りました!」

「あぁ、よろしく頼むよ。彼女を護ってくれ」


 シュリフス殿下は騎士に向かってそう言うと、治療が終わったのか立ち上がった。そして私に手を差し出すと元の優しいお顔に戻られていた。


「では、行きましょう」


 差し出された手を取り立ち上がると、シュリフス殿下はその手をぎゅっと握り締めた。

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