猫たちとの出会い ⑭

とびちゃんが物置部屋に幽閉されたその夜。

いつものように、とびちゃんの子供たちのうち、ほぼ毎晩やってくる福本ふくもと波多野はたのが姿を見せました。

土間でお夕飯を食べ、流れるように家に上がり込み、物置でひと休み……と思ったら、引き戸がかたく閉めきられていることに、彼らは戸惑いを隠せない様子でした。

私はちょっと考え込みました。

とびちゃんの子猫たちは、みんなママが大好きでした。

特に波多野は、ママにいつもベッタリ。隙あらばじゃれついて、さすがのとびちゃんも時にゲンナリしていたほどです。

子離れで子供たちを拒否したとびちゃんですが、もしかすると……。

私に物置に閉じ込められるという異常事態が発生している今なら、現れた子猫たちを味方と認識してくれるかも?

私が敵視されるのも悪者にされるのも、親子の関係が改善されるのならば構わない。

それに、まだ通いとはいえ、子供たちが我が家で楽しく過ごしているのを見れば、とびちゃんも少しは安心して養生できるのではないかしら。

私は波多野に、「ちょっと協力してくれる?」と訊ねて、一緒に物置に入りました。

とびちゃんは、ピアノと壁の間の細い隙間にピッタリはまり込んでいます。

昨日、そこに入り込んだせいで私に捕獲されたことを忘れたとは思えないので、それを勘案してもなお、いちばん落ち着く場所なのかもしれません。

「とびちゃーん、娘さんが来たよ。はったん、ママはここにいるよ」

双方に声をかけ、私はとびちゃんからできるだけ離れた壁際に移動しました。

すっかり慣れ親しんだ物置ですが、何か違う匂い、違う気配を感じたのでしょうか。

波多野はやけに用心深く室内を探険し、ついにピアノの裏側に母親を見つけた途端、文字どおり歓喜しました。

キュアアアアアン、というついぞ聞いたことがないような声を出し、ピアノの裏側に駆け込んでいく波多野。

しかし次の瞬間、おそらくはとびちゃんの、凄まじい唸り声と、シャーッという鋭い息づかいが聞こえてきました。

私が立っている場所からは、二匹の姿は見えません。

しかし、どうも感動の再会とはいかなかった模様。

慌てて駆けつけた私がピアノの裏側で見たのは、全身の毛を逆立て、前脚を上げて娘を威嚇するとびちゃんと、耳をぺたんこに寝かせ、お尻をぺたんと床につけた姿勢でジリジリと後ずさる波多野の姿でした。

波多野が情けない声を上げても、とびちゃんの怒りは収まりません。

まなじりを決し、牙を剥きだして怒るとびちゃんから、私は波多野を抱っこしてレスキューし、部屋の外に連れ出しました。

ママの子離れは、強い決意の元に行われたのでしょう。

今は守るべき子猫を持たないとびちゃんだから、一度は別れた子供たちとよりを戻せるのではないか……と安直に考えた私が、とことん甘かったのです。

ああ、しまった。申し訳ないことをした。

とびちゃんが子離れしたとき、きょうだいの中でいちばんショックを受け、いちばん凹んだ波多野を、今日また、改めて傷つけてしまった。

二度も、母親に拒否されるという経験をさせてしまった。

「ごめん、ごめんね。ビックリしたね」

固まってしまった波多野を抱っこして、私は半泣きで謝りました。

深い後悔で、その夜は眠れませんでした。

波多野はどうにかこうにか落ち着いて気を取り直し、ご機嫌におやつを食べてくれましたが、とびちゃんのほうは……。

朝が来たら、とびちゃんをどうするか決めないといけないのです。

でも、波多野に相対したときの激しい怒りを思うと、とても家に留まってくれる気がしません。

どうしよう。

ああ、どうしよう……と途方に暮れているうちに、夜が明けていました。

昨夜は、福本も波多野も一晩、家の中で過ごしてくれました。

朝ごはんを食べて「外に出る!」と騒ぐ彼らを、「じゃあ、できるだけ庭にいて。できるだけ早く家に戻ってきてね」と送り出し、私はおそるおそる物置に入りました。

とびちゃんと波多野が揉めて以来、私は物置に入れていません。

心細くなってしまった波多野が、一晩じゅう私にベッタリで、姿が見えなくなると大きな声で鳴くため、身動きが取れなかったのです。

外に出たくなったとびちゃんが、深夜に室内をめちゃくちゃにしていることも想定して、覚悟を決めての入室でした。

ところが。

あらっ。部屋の中は、とっても綺麗です。

それどころか、あまり期待せず置いておいた夕飯は、カリカリもウエットも完食。

お水もがっつり減っています。こぼしたり、容器を引っ繰り返したりした形跡はないので、ちゃんと飲んでくれた模様。

さらに!

トイレも上手に使っていました! オシッコもウンコも完璧です。

凄い。とびちゃん、凄い!

パニックを起こした様子はなく、壁紙を引っ掻いたり棚をかじったりもしていません。

そして、とびちゃん自身は、やはりピアノの裏にいました。

そこが落ち着くなら……と私が敷いたバスタオルの上に、ちんまり香箱を組んでいます。

あらら。私が近づくとシャーッと言うものの、そこから動くつもりはなさそうです。

しかも、威嚇するとはいえ、背筋の毛は立っていないし、尻尾も太くなっていないし、耳も寝ていません。

妙にリラックスしているなあ……。

水や餌を交換するため、私が部屋を出入りしても、扉の開け閉めを狙って部屋を脱出しようとか、そういうつもりはまったくないようです。

おや?

これは、もしかして?

子供たちとのことは完全な読み違えでしたが、今回は、私の予想が当たりました。

その日から、とびちゃんは、私に心を開かないまま、実にすんなり……そしてまさかの子供たちより先に、完全家猫生活を開始したのでした……!

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