猫たちとの出会い ⑫
物置部屋にとびちゃんを閉じこめることには、どうにかこうにか成功しました。
しかし、本当の戦いはここからです。
ピアノと段ボールだらけの六畳間に、とびちゃんはフリーの状態で存在しています。
まず、最初の危機としては、部屋の引き戸には鍵がついていないのです。
どんなにきっちり閉めても、爪を引っかけて開けられてしまう可能性があります。
とりあえず、この部屋からは決して出てほしくないので(行動範囲がこれ以上広がると、とても手に負えませんから)、マスキングテープで扉と枠を数カ所、しっかりとくっつけました。
完璧な防御ではありませんが、ないよりはマシというやつです。
ガムテープだと
ここからは……どうしよう。
とにかく、まずはとびちゃんを動物病院へ連れていく。
これは確定事項です。
血液検査と駆虫、それから不妊手術までは、この機会に一気にやってしまわなくてはなりません。
おそらくは、まつろわぬ猫ゆえにリリースになるでしょう。耳カットもお願いしなくては。
しかし、そのためにはまず、物置に潜むとびちゃんを、ケージあるいは捕獲かごに入れねばならないのです。
言うは易く行うは難しとは、まさにこのこと。
抱き上げて入れるどころか、触れること、いえ、近づくことすら許してくれないとびちゃんです。普通のケージに入れることはほぼ不可能でしょう。

ならば、室内ではありますが捕獲かごを仕掛け、そこに入ってもらうよう仕向けるしかありません。
私は、動物愛護協会から借りた細長い捕獲かごを外から持って入り、せっかく貼り付けたばかりのテープをちょいと剥がし、とびちゃんが飛び出してこないか慎重に確認しながら、物置に持ち込みました。
賢いとびちゃんは、かごの中の踏み板をまたいでしまうので、踏み板が見えないよう、かごの底に新聞紙を敷きます。
かごのいちばん奥に置くのは、おいしいもの。この場合は、とびちゃんが大好きな「焼かつお」を割き、小皿に盛りつけたものを置きました。
このご
ただ、あまり端の端に置くと、とびちゃんは外からちょいちょいと前脚を入れ、ご馳走を引っ張り出して食べてしまいます。本当に、嫌になるほどお利口なのです。
「食べてね。私は外に出ているからね」
室内の、どこに潜んでいるかわからないとびちゃんを刺激しないよう、
そして、考えに考えた上で、もう一度、TNR活動をしている方と、動物愛護協会に連絡をしました。
一度は考え方が合わないと感じ、信頼する気持ちもかなり減じて、距離を開けようと思っていました。
でも、やはりこういうことは、ひとりの力ではどうにもならないのです。
かつて亡き父は、個人で野良猫を20匹近く捕まえ、自腹でTNR活動(当時はまだ、そんな言葉はありませんでしたが)を行っていました。
でも、野良猫をおびき寄せ、捕獲するための餌付けを、近所の人に「野良猫に餌やりをして無計画に増やしている」と誤解され、悪評を流され、ずいぶんしんどい思いをしたようです。
今回も、状況はまったく同じ。
違うのは、たとえ「気の毒」なんて
ひとりではない、ということは、それだけで意味がある。
理不尽に思う気持ちはちゃんとお伝えした上で、連携は保ったほうがいい。猫たちのためにも。
幸い、心にわだかまるものを正直にお伝えしたら、先方は「確かにそれはよくない言い方だった」と謝ってくれました。
また、自治会長の理解は得たし、町内の方々にTNR活動を知ってもらうための印刷物も作って配布してくれるとのこと。
少しだけ、安心しました。
先方からは、「とびちゃんを家に入れられたのは、よかった。手術は引き受けるから、何としても捕獲かごに入れてくれ」とのリクエスト。
やらねば!
数時間そっとした後、引き戸の外から物置部屋の様子を
細く引き戸を開けてみたら、捕獲かごは空っぽのままでした。
ああ、頑固で賢いとびちゃん。
あのかごに近づいたら、よくないことが起こると知っているのです。
どうしよう。このまま待ち続けても、あまりいい展開にはならない気がします。とびちゃんを緊張状態のまま、放置したくはありません。
やはり、積極的に何か行動を起こすべきかも。
私は、思いきって再び部屋に入りました。
さて、とびちゃんはどこに……?
あちこちに積み上げられた段ボール箱をそーっとどかしながら探していると、背後でガサガサッと音がしました。
むむっ!?
いました、いました……!
とびちゃん、アップライトピアノと壁の間の、ほそーい隙間に入り込んでいました。
まさに、籠城の趣です。
ただ、私が入っていけない幅なので、少し安心しているようです。
聡明とはいえ、やはりそこは猫。私がピアノを動かせる可能性については、考えが及んでいない模様。
しかし、ピアノを移動させたところで、とびちゃんは他の場所へ逃げ込むだけ。
むしろ、ここにいてくれるほうが、私としては彼女の居所がわかりやすくて助かります。
それに……もしかしたら、いけるのでは?
ピーンとひらめいた私は、できるだけ音を立てないよう、捕獲かごの中から、おやつの入った小皿を取り出し、安全な場所に置きました。
そして、捕獲かごの入り口を、ピアノと壁の隙間にあてがいました。
跳ね上げた扉が邪魔で、ピッタリとくっつけることができないのは不安要素ですが、この際、トライをかけてみるべきだと思ったのです。
真正面に突然登場した捕獲かごに、とびちゃんは警戒を
ぐぬぬ、とびちゃんめ。しかし君はまだ、本気を出した私を知らない!
捕獲かごをそのままにして、私は外掃除用の長いホウキを持ってきました。それを片手でホールドして、ピアノを弾くための椅子の上に立ちます。
さらに……こんなことをしては、ピアノを買った祖父に申し訳もないですが、片足をピアノの蓋に置き、上からとびちゃんがいる隙間を見下ろしました。
さすがのとびちゃんも、「え、嘘」という顔つきになりました。
まさか上から捕まえにこようとしているの!? でも人間はこんな細い隙間に入れないはずでは! という混乱の面持ちです。
イエース、前からでも上からでも、私は入れません。私が上から見下ろしているのは、とびちゃんが上に活路を見いだせないようにするためです。
そうしておいて、今度はホウキの出番!
捕獲かごを置いたのと反対側、つまりとびちゃんのお尻のほうにホウキを差し入れ、勢いよく追い立てます。
上方は私に阻まれ、側方は壁とピアノで逃げ道なし、背後からはホウキ。
パニックに陥ったとびちゃんは、唯一進める前方に向かって全速力で飛び出し……そして。
ガシャンッ!
ついに、捕獲かごの扉が閉まりました! 中には、大暴れして怒り狂うとびちゃん!
ごめん、ごめんよう。ビックリしたね。怖かったね。
でも、やった……! これでまた一歩、私たちは前へ進めます。
怒りのあまりオシッコをまき散らすとびちゃんに悲鳴を上げつつも、私はひとまず、胸を
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