猫たちとの出会い ⑨

実は、子猫たちを地域猫としてリリースしたとき、私はTNR団体と動物愛護協会の方々に訊ねました。

「さて、私はこれから、あの子猫たちとどう接すればいいですか?」と。

彼らの答えは、「我々はここまでなので、あとは地域猫としてあなたが継続して見守り、何なら餌付けを続けてくれ」というものでした。

まあ、それ以外に言いようはないですよね。今ならそう思います。

TNRしたすべての地域猫を愛護団体が背負い込むのは現実的ではない。それはそうです。守備範囲が広いですからね。

地域ごとに協力者を募り、増やすことが大切ですし、彼らが私をその一員としてロックオンしたのも当然の流れではあります。

ただ、ちゃんと情報と知識を与えてほしかったし、ある程度のバックアップも必要だったなというのが正直なところ。

当時の私にしてみれば、「えっ? そこで皆さん、シャッと手を引いちゃうの? 本当に、これで終わり?」という驚きと心細さしかなく。

何より、「餌付けを続けてくれ」というのが、どうにも心に引っかかりました。

それは、「外飼い」と何が違うのか、と。

いくら「手術済みなのでもう繁殖はしません。少しずつ数は減っていきますから、それまであたたかく見守ってください」と言ったところで、猫嫌いの人がそれを受け入れてくれるとは思えません。

誰だって、丹精した庭や畑を荒らされたり、排泄されたりするのは嫌でしょう。

自然環境に猫が及ぼす影響も、忘れてはいけません。まあ、これについては、遥かに破壊力抜群のアライグマとハクビシンがいるので「主犯」ではないにせよ、考えないわけにはいかないでしょう。

一方で、「TNRが終わったから、君たちは地域猫。私の務めは終わりました」と猫たちを突き放すことなど、とうていできるはずもなく。

「できなかったら放っておいてください」と先方に言われはしましたし、この時点で相当に疲弊してはいましたが、心の中にあったのは、「このままじゃダメだろう」という思いだけでした。

でも、ひとりぼっちで、これからどうすればいい?

どうするのが、彼らのためにいちばんいいことだろう?

途方に暮れながら私が出した結論は、

①とにかく、とびちゃんの捕獲に継続して取り組み(賢すぎて本当に難しい子なのです)、不妊手術に繋げる。

②今目の前にいる子猫たちを、できるだけ我が家に迎える。目標は全員。できたらとびちゃんも。

③たまに来るパパ猫も、後顧の憂いを断ちきるために捕獲チャレンジ継続。

④これらの活動中、縄張りを変えさせないよう&行動半径を広げさせないよう、餌付けは維持する。野生動物の捕食を抑える狙いもあり。

⑤猫の排泄をコントロールすることは不可能なので、せめて、仕事場と実家に猫トイレを複数箇所設置し、よそでの排泄を抑制する。

⑥公衆衛生と猫の健康維持、両方を考え、滴下薬による寄生虫の駆除を行う。

といったものでした。

餌代と猫トイレ維持費自腹はまあどうにか。

問題は、⑥の滴下薬です。調べていただければすぐわかるのですが、まあ、たっっっけぇの! おっと失礼、つい感情が駆けだしてしまいました。

たいそう高価なお薬なのです。それも、寄生虫が暴れるシーズンは、毎月滴下しなくてはならないのです。

猫たちが素直に投与させてくれるはずもないので、餌を食べているときに1匹ずつ電光石火のタイミングでやらねばならず、当然、そのたびにせっかくこつこつ育てた信頼がガクッと損なわれます。

賽の河原か。

君たちの健康のためなんだよ~、と言い聞かせても通じませんしね。経済的にも精神的にも、なかなか疲れることでした。

季節が冬に差し掛かると、猫のおとないを、玄関を開け放って上がり框で待つのもつらくなり。

ダウンコートを着込んで震えながら、来るのか来ないのかわからない猫を待ち続ける自分が、アホみたいやな……と思われるときも多々ありました。

当然、仕事は滞りますし、風邪だって引きます。

アホみたい、ではなく、かなりアホです。

そんなときに支えになったのは、SNSで毎日私が発信し続けていた猫たちの姿を、共に見守ってくれるフォロワーさんたちでした。

中には、状況を知りもしないのに、自分の中の正しさを大上段で押しつけてくる人もいました。まあ、いましたよ、そこそこ。

TNRというシステム自体に大反対の人も少なくないと知りましたし、彼らには彼らなりの、大いに頷ける理由があることもわかりました。

自然環境を重視する人には、せっかく捕獲した猫を再び野に放つというのはとうてい受け入れられないやり方だということも、十分に理解しました。

極端なものでは、「猫なんて、何の役にも立たないのだから、殺処分してしまえばいい」というお声も、当然ありました。これは、ご近所からも似たような意見が自治会に寄せられていたようです。

そう仰る方々は、いつかご自分が「何の役にも立たないもの」になる可能性なんて、微塵も考えたことがないんだろうな、と。シアワセデスネ。

でも、せっかくこの世に生まれた命。奪えばそれで済むというのは、いかにも短絡的では?

野良猫問題、地域猫問題は一朝一夕に解決できることではないので、やれることを探りながら、いつか「野良猫、見なくなったねえ」という状態に持っていけるよう、微力ながら努力するしかない、と思いました。

孤軍奮闘の私にできるのは、目の前の命を、今考えられる最良のルートに誘い、できるだけ平穏に健やかに生きられる環境を作ることだけ。

そうした姿勢を理解してくださる方々からのメッセージや、送ってくださる物資に力づけられながら、私は子猫たちとの関係性を日々、ミリ単位ではありますが、深めつつありました。

甘利あまり福本ふくもと波多野はたのの3匹の子猫たちはどんどん大きくなり、家の中にも気軽に入ってくるようになりました。

2階に来て、大いに食べ、遊び、眠り、上手にトイレを使い、ときには朝まで眠っていくこともありました。

「地域猫」から「通い猫」へ、本格的にバージョンアップしたと言えるかもしれません。

一方で、田崎たざき実井じついの2匹は、少しずつ疎遠になっていきました。

波多野、田崎、実井は女子組なのですが、どうも女子猫たちが成長につれ、明らかに不仲になっていったようなのです。

こればかりは、私にはどうすることもできず。田崎と実井の姿を見る機会はすっかり減ってしまいました。

一方、とびちゃんは、相変わらず捕獲かごには目もくれず、新しく生まれた子猫たちの養育に勤しんでいました。

ただ困ったことに、N機関の5匹と同じように対処することはできませんでした。

賢いお母さんすぎて、とびちゃんは餌場に子猫たちをあまり伴わず、しかもねぐらを転々と変えていくのです。

前回で得た教訓なのでしょう。

「同じところにずっといたら、子猫たちが狙われる」と。

ごめん、完全に私のせいやな……と責任を感じますが、後の祭りです。

今回は、とびちゃんの居場所を把握できず、子猫たちの動向も掴みきれません。

それでもどうにか捕獲できた子猫たちは、同じように不妊・去勢手術をしてもらいましたが、N機関のように触れ合う時間が持てなかったので、私に懐く由もなく。

当時はまだ愛護協会で里親を探す活動も本格化していなかったので、リリースしてママであるとびちゃんのもとに戻すのが精いっぱいでした。

パパ猫のほうも、どうやら活動範囲が恐ろしく広く、各所で捕獲の手から逃れている強者だと聞かされ、もはや絶望しかありませんでした。

ヤバい。

これは本格的にヤバい。

これが本当の焼け石に水ってやつだ。

このままでは、私が把握できないところで、とびちゃんは子猫を産み続け、その子猫がまた子猫を産むいちばん嫌な連鎖が発生してしまう。

いや実際、それっぽい子猫を見てしまった。

違うかもしれないけれど、そうかもしれない。

どっちにしても、野良猫の数が増えているのは事実だ。

どうしよう。

困惑していたら、TNR団体の人から連絡がありました。

そのとき受け取ったメッセージの要約はこうです。

「お宅が猫を増やしているとご近所から自治会長に訴えがあった。誤解されて本当に気の毒だと思う」

いや待て。

気の毒って何ですか。

「ソロで見守って餌付けを続けろ」「何なら捕まえられそうな猫は捕まえて」で、あなたたちが手を引いた結果がこれでしょうが……!

結局は、そういう風に私ひとりに責任をなすりつけて放り出すんだ。

それが、あの人たちのやり方なのか。

一応、説明は試みたそうですが、コメントとしては「気の毒」の一点張り。

正直、落胆どころの騒ぎではありませんでした。

裏切られたって、こういうときに使う言葉なんだな……と実感するばかり。

でもそんな中、一筋の光明はありました。

餌場からみずから遠ざかったせいで、お腹がぺこぺこだったのでしょう。

思い余った様子で私の仕事場にやってきたとびちゃんが、私が姿を隠していると、玄関先でごはんを食べるようになったのです。

これは、絶好の捕獲チャンスが到来したのでは?

たとえもう誰も頼れなくても、とびちゃんは絶対に捕獲してみせる。

これは、私が勝手に感じている、とびちゃんとの絆の問題だから。

N機関3匹の家猫化を進める一方、私は本格的に、とびちゃんの捕獲計画を実行しようと決心しました。

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