猫たちとの出会い ⑥

自治会長の背後にいた複数の人たちは、実は、地元の動物愛護協会の方と、やはり町内で地域猫活動をしている方でした。

そして……ここからの話をする上で、最初におことわりしておかなくてはならないことがあります。

この日から、我々……つまり、私と、動物愛護協会の方々、そして地域猫活動をしている方の間で、知識と情報の共有、それぞれの組織の活動内容の把握、動物愛護、特に地域猫活動に対する考え方、地域猫活動に対する地元の理解度、具体的な作業の分担と発生しうる諸々の負担……いずれも基本的であり、かつクリティカルでもあるそうした事案についての話し合いの機会と相互理解が、圧倒的に不足したままで事態が進行することになります。

それは、自治会と2つの組織の間でのコミュニケーション不足が根底にあったのでしょうし、それぞれの組織の方々が、「私がそれらのことを当然、わかっている」と思い込んでおられたせいもあるかもしれません。

でも私は、当時の動物愛護協会の方々の活動内容をまったく知らず、地域猫活動についても、小耳に挟む程度の知識しか持ちあわせていませんでした。

我々の間で共通していたのは、「とびちゃんと子供たちが、このまま野良猫としてこの街で暮らすのはヤバい」というただひとつの厳然たる事実だけだったのです。

「とびちゃんが子猫を連れて通ってくるので、毎日餌を提供してはいるけれど、この先どうすればいいのか正直困っている」と正直に打ち明けた私に、彼らは、「一家を地域猫にしようと思うので協力してほしい」と言いました。

具体的には、「捕獲、手術、リリース」。

つまり、とびちゃん一家を捕獲し、それぞれに不妊・去勢手術を施し、また野に放つ。

手術の際に、耳にカットを入れ、いわゆる「さくら猫」にすることで、彼らがもう繁殖する可能性がない地域猫であることを、地元の人たちに認識してもらい、存在を受け入れてもらう。

そういうコンセプトのお話でした。

保護して飼い主を探せればいいけれど、毎年子猫はたくさん生まれるし、小さな街ではなかなかそれは難しい。ならば、次善の策として、まずは野良猫が増えないようにしたい。

そういう説明を受けて、私は確かにそうだなと思いました。

勿論、ゆくゆくは全員、どこかのお家に落ち着けるようにはからいたいけれど、そのときはとにかく一番に、彼らの安全を確保したかったのです。

「地域猫」にすれば、野良猫として追われる境遇から、たとえほんの少しでも風当たりが和らぐ立場に彼らを置くことができる。自治会長も、その提案に賛成している。

ならば、やるしかないなと。

協力します、と私は約束しました。

そのとき、彼らから受けた指示はこうでした。


他へ行かないように、餌付けはずっと続けてほしい。

そして、子猫たちがほとんど完全に離乳した時点で、まずは母猫のとびちゃんから捕獲。

あとは子猫たちを順番に。

手術先は、先方で手配し、連れていってくれる。

ふむふむ。それで、捕獲はどのようにするのですか?

訊ねた私に、彼らは言いました。

捕獲かごを置いていくので、よろしくお願いします。猫が入ったら連絡してください。

手術後、またあなたに戻しますので、あなたがリリースしてください。


待って、それは……アレですね。協力の要請というよりは、わりと丸投げですね……?

今にして思えば、その違和感について、私はこの時点で言葉にして表明しておくべきでした。

そうすれば、得られる情報も、共感も、相互理解も、もっとあっただろうと。

ここは本当に、私も迂闊だったところです。

でも、なんのアポイントメントもなく、いきなり自宅に複数の年長者が押しかけてくるって、怖いよね……? 凄く怖かったんですよ。

そんなつもりはなかったと信じていますが、たいへんな威圧感でした。

それでも、勇気を出しておけばよかったなあ、と後になってつくづく思いました。

何故なら、それから何年も経って、私が次から次へと8匹の子猫を保護し、預かり、7匹を旅立たせることになったとき、動物愛護協会から担当についてくださった方が、あのとき我が家に来たメンバーのひとりだったからです。

彼女とあれこれと腹を割って話すうち、1つの組織の中でも色々な意見の対立があること(これはむしろ健全なことだと思います)、他の団体との連携不足、マンパワー不足、公的な予算を確保するための苦労などなど、当時知らされていなかったことが山ほどあったことがわかりました。

やむを得ず……ということも、たくさんあったと知りました。

前もって聞いていたら、納得して進められたのに、ということもいくつもありました。

最初の話し合い、本当に大事ですね。

今は、動物愛護協会のたゆまぬ活動への敬意は深いですし、担当してくださる方のことも大好きです。

しかーし。そのときは事情が違いました。

一応、先方も、「ひとりで難しければ捕獲は手伝いに入ります」と言ってはくれたのですが、私の仕事場ならともかく、現場は実家。

実家の母は、他人が敷地に入りこむなんて真っ平御免、というタイプです。

さらに、毎日顔を合わせる私にすら警戒心を解く気配がないとびちゃんのこと、捕獲かごを仕掛けるのにも細心の注意が必要でしょう。

そこへ赤の他人が入ってきたら……最悪の場合、とびちゃんが子猫たちを連れて移動してしまう可能性が大いにあります。

無理。1人と1匹の母が揃って鉄壁ガードなので、他人を実家に入れるのは無理。

捕獲はひとりでやらないと仕方がないか。

そう思っていたら、彼らはもうひとつ、指示を足してきました。

「ところで、子猫たちの父親はどうですか? 真っ先に父親を捕まえてください」

それなー! 簡単に言ってくれますねぇ!

とびちゃんの夫、そして子猫たちの父親である猫のことは、私も見知っていました。

当然、野良猫です。しかも、とんでもなく大きな、迫力満点のキジトラ猫です。

たまにやってきて、とびちゃんとは仲良くしていますが、育児はほぼ手伝わず。しかも、やはり警戒心がとても強い。激しく威嚇しながら素早く逃げるタイプの、実に厄介な猫です。

「難しいと思いますよ」

一応、そう言ってはみましたが、「捕まえないと駄目です」の一点張り。

いつもうちに来るわけではないので、父親についてはお約束できませんが、トライはしてみます。

そう言うしかありませんでした。

後に、父猫は、近隣の町を渡り歩き、あちらこちらで捕獲の手を逃れてきた歴戦の勇者であることが発覚するのですが、その話はさておいて。

ここから、私ととびちゃん一家の、地味ながら厳しい、静かなバトルが始まるのです……。

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