猫たちとの出会い ②

大急ぎで上着を羽織り、階下へ向かうと、先に戻っていた母がリビングの窓際で忙しく手招きしています。

「どこどこ?」

「さっきまでそこにいたんだけど、今はとびちゃんだけ。でも、子猫たちがお母さんから離れることはないと思うから、きっと庭にいるわよ」

「おー。捜してみよ」

「驚かせないように、静かにね」

念を押されて、はいはいとリビングの窓に歩み寄ってみると、確かに庭の草の上に、とびちゃんの白黒の毛皮が見えました。

相変わらずお疲れの様子ですが、両前足を投げ出し、スフィンクスのようなポーズで周囲を警戒しているその姿を見ると、母が言うとおり、近くに子猫たちがいるに違いありません。

とはいえ、私が外に出れば、猫の親子はすぐに逃げ去ってしまうでしょう。もう、ここには戻ってきてくれなくなる可能性もあります。

とびちゃんは、そのくらい警戒心の強い猫なのです。

あくまでも、窓越しに子猫たちを捜さねば。

庭から鋭い視線を向けてくるとびちゃんに、「大丈夫、大丈夫だから!」と落ち着けのポーズで応じながら、私は窓沿いに実家の一階を移動し始めました。

リビングからダイニング……実家の掃き出し窓はとても大きくて、庭が十分に見渡せるはずなのですが、子猫たちは見当たりません。

うーん、それならば!

庭ではなく、エントランスポーチのほうはどうかしら。廊下をずんずん歩いて、玄関に向かいます。

そうしたら……いました!

門扉へ向かう階段スペースと庭を隔てるコンクリート塀の上に、小さなシルエットが、2つ、いえ、3つ。

庭の木立に半ば隠され、ころんころんとかわいく並んでいます。

間違いない。子猫です。3匹もいるの!

両の手のひらを合わせたら十分に包み込めるくらいの、小さな子猫たち。

遠目にも、毛並みが色々違っているのがわかります。

キジトラ、ハチワレ、あとは少しシャムっぽい、グレーの風変わりな毛並みの子。

顔立ちはハッキリとは見えませんが、そんなの、かわいいに決まっています。

だって、子猫だもの!

それなりに高い塀の上ですから、この家の住人である我々でも、簡単にアプローチすることはできません。

とびちゃんは、子猫だけでも安全に過ごせる場所を、ちゃんと見定めていたようです。

さすが、警戒心の塊のような猫。

一方の子猫たちは、初夏の朝の日差しを気持ちよさそうに受け、きょうだいでじゃれながら楽しそうに過ごしています。

もしや、これはチャンスなのでは?

子猫たちだけしかいない今なら、私が近づいても平気なのでは?

まさか、子猫にそこまでの警戒心はないでしょう……あっ。

あっあっ、そんなことは……なかった。

まさか、シックスセンスというわけでもないでしょうに、私が窓により近づき、ガラスに手を当てた途端、子猫たちはいっせいに私のほうを見ました。

何の音も立てていないのに、既に凄い警戒心です。

今にも、高い塀から大慌てで飛び降りてしまいそう。2メートル以上の段差を飛び降りては、いくら猫とはいえ、あの小さな身体では怪我をしてしまうかもしれません。

うそうそ、近づきません! 絶対に。

心の中で誓って、私は慌てて窓から1歩、後ずさりました。

3匹の子猫たちは、まだ互いにギュッと寄り添って、不安げにこちらを見ている気配です。

退散するしかありません。

ああ、駄目だ。子猫たちも、ママのとびちゃんと同じくらい警戒心バリバリだ。

私はしょんぼりとリビングに戻りました。

「子猫、いたよ」

まだリビングの窓際に立っている母に小声でそう言うと、母はさっきと同じくらい忙しく、手をヒラヒラさせました。

「戻ってきた! 1匹だけ」

「え、ホント? どの子だろう」

私はそろそろと母の隣へ行き、「あれっ」と思わず間の抜けた声を上げました。

てっきりさっきの3匹のうちの誰かがママのもとへ戻ったのだろうと思ったのに、ハチワレのとびちゃんにそっと寄り添っていたのは、ほぼ真っ白な子猫でした。

つまり、4匹目です。

「とびちゃん、4匹も産んだの」

私が驚きの声を漏らすと、母は首を傾げました。

「何匹だかわからないわ。4匹なの?」

「たぶん?」

「そう。とびちゃん、偉かったわねえ、ひとりでそんなに産んで、ひとりでどこかで育ててたのね」

母の言葉に、私もしみじみと頷きます。

なるほど、とびちゃんは子猫を産み、カラスやアライグマからかくまい、決してまだ優しくない気候の中、あんな小さな身体で立派に守り育ててきたのです。

そりゃ、ボロボロにもなるわ。うちに来るたび、信じられないほど食べるはずだわ。

ぽかぽか陽気の中、白い子猫にぴったりとくっつかれ、眠そうに目をシパシパさせているとびちゃんを見ていると、いじらしくて涙が出そうでした。

他の3匹に比べると、少し大らかなのか、あるいはママと一緒なので気持ちが緩んでいるのか。

白い子猫は、私たちに見られていることに気づいていても、逃げようとはしませんでした。

なので、少し落ち着いて観察することができたのですが、おそらく、サイズからして、生後1ヶ月になるかならないかくらいでしょう。

となると、やんわりと離乳が始まる頃……あ、なるほど。

それでとびちゃんは、子猫たちをここに連れてきて、我々にお披露目したのでは?

人間を決して信用しないけれど、猫の食事は人間が出すのが当然。

そんなとびちゃんですから、「子猫たちに離乳食を出すのはあんたたちの役目でしょ」と言っているのかも。

かも、じゃない。たぶんそうだわ。

私の推測に、母も同意しました。

「でも、どうしたらいいかしらねえ」

戸惑う母に、私は宣言しました。

朝夕、とびちゃんと子猫たちに食事を出そう。

とびちゃんが頼ってきたんだから、どーんと受け止めて、少しでも人間への信頼を回復させよう。

これからのことはじっくり考えるとして、とにかく子猫たちを無事に生き延びさせないと。

そうね、と言うが早いか、母は猫用におろしても構わない食器を探すべく、台所へ去っていきました。

いったん腹を決めたら異常に行動が速いのが、うちの母です。負けてはいられません。

私も、子猫用の離乳食を手配すべく、さっそくスマートホンを取り出し、通販サイトを開いたのでした。

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