猫と私

椹野道流/角川文庫 キャラクター文芸

猫たちとの出会い ①

我が家には現在、5匹の猫がいます。

年齢不詳のママ猫、とびちゃん。

とびちゃんの子供である甘利(男子)、福本(男子)、波多野(女子)。彼らはいずれも今年で6歳になります。

そして、昨年の夏に生まれ、我が家に保護猫としてやってきて、いろいろあってうちの子になった、ちびすけ(男子)。

対して人間は私ただひとりなので、これはもはや圧倒的な「猫所帯」です。

人間の私は、圧倒的マイノリティ。

いつの間にか、私は作家業や講師業で猫たちの生活費を稼ぐかたわら、彼らの「執事」として、家のことを取り仕切る立場になっていました。


今回、猫についてのエッセイを連載するにあたって、まずは彼らとの出会いについて綴るのがよかろうと思います。

とびちゃん、彼女の子供たち、そしてちびすけ。

何回かに分けての少し長い話になりますが、どうぞお付き合いください。



遡ること10数年、私は実家の近くに、清水の舞台を爆散させるくらいの覚悟で家を建てました。

夢にまで見た、仕事場兼自宅です。

山奥の、コンビニすらない小さな町ですが、それでも一軒家は決して安い買い物ではありません。

女ひとりで嘘でしょ……? みたいな金額&長年にわたるローンを組み、完済までは自分のものとは言えない感じではありますが、それでも人生初の我が城です。

やっとこれで、色んな意味で完全に独り立ちできた! と思いきや。

実はつい数年前まで、私はその家をただの仕事場としてしか使うことができませんでした。

というのも、実家には、作家生活の大半を共に過ごした愛猫ちびたがいました。

「猫は家につく」という古くからの言葉のとおり、彼女は仕事場への引っ越しを頑として拒み、実家から動こうとしません。

彼女にとっては、実家が唯一のテリトリーで、それ以外はすべて敵地という感じでした。

私はやむなく、仕事場で働き、それ以外の時間は実家でちびたと過ごすという、いささか中途半端な生活を余儀なくされていました。

そんなとき、実家と仕事場の両方にときおり姿を現すようになったのが、小柄で若く、とても美しい白黒ハチワレの猫女子でした。

まったくフレンドリーさはなく、私の顔を見ると歯を見せて唸り、近づくと素早く逃げ、それでもご飯を提供するまで、視界の範囲内をウロウロして恨めしげに鳴くというふてぶてしい行動。

でも、何となく放っておけない、つい守りたくなるいたいけな感じが、その猫にはありました。

空腹が解消すれば、少しは穏やかな気持ちになってくれるだろうか、慣れて近づいてくれるだろうかと、顔を見るたび食事を出してやり、食べるのを遠くから見守る日が続きました。

彼女こそが、我が家の猫ヒストリーの出発点となったとびちゃんであり、名付けたのは、実家の母です。

実を言うと、とびちゃん自身には、「とび」要素はまったくありません。

かつて実家によく来ていた大柄なハチワレのオス猫が、胴体に瀬戸内海の小島のようなまだら模様を持っており、母はその猫を「飛び島」、転じて「とびちゃん」と呼んでいました。

その猫はいつの間にか来なくなりましたが、以来、母にとって、ハチワレ猫はすべて「とびちゃん」であるようです。

彼女に名前も付いて、ほどなく、しょっちゅう来るようになって。

もはや、顔なじみの関係と言ってもいいでしょう。

それなのに、いつになっても、とびちゃんは私たちに心を開く気配がありませんでした。

現れたのがあまりに突然でしたし、身体もとても綺麗。金色のおめめはピカピカ、モノトーンの毛皮もツヤッツヤ。

それに、「餌は人間に貰うもの」という確固たる認識がとびちゃんにはあるようで、なるほど、これは元飼い猫なんだろう、というのが私の印象でした。

捨てられたんだろうな、そのとき、信頼していた飼い主に手酷く裏切られて、失望したんだろう。だからこんなに頑なに人間を拒むんだ。

そう思うと、ずいぶん離れたところで私を警戒し、一方で当然といった様子でキャットフードを平らげるとびちゃんを見守りつつ、胸がギュッとしたのを覚えています。

そんなとびちゃんに変化が生じたのは、姿を現すようになった年の初夏のことでした。

端的に言うと、とびちゃんが日に日にボロボロになっていったのです。

毛艶が失われ、全身に落ち葉の欠片や泥がつき、どんどん痩せて、目つきばかりが鋭くなっていく……。

明らかに、よくない。

一刻も早く、動物病院に連れていきたい。

なのにとびちゃんは、以前にも増して私に敵意をむき出しにして、少しでも近づこうとすると、全身の毛を逆立てて威嚇してきます。

無理。まず、捕獲が無理。受診以前の問題でした。

明らかに衰弱、憔悴しているとびちゃんですが、一方で食欲は物凄いのです。

そんな表現は生ぬるい。異常なのです。

山盛りのドライフードを平らげたあとで、なおウエットのパウチを5つも6つも貪っていく。

それが朝夕、毎日繰り返されるようになりました。

怖い。あの小さな身体に、どうやったらそんな大量の食事が詰め込めるのか。

エンゲル係数的にも怖い。

食後、ほんの短い時間ですが、庭先で疲れ果てたようにうたた寝しているとびちゃんを家の中から見やり、どうしたらいいんだろうと溜め息をつく日が続きました。

そんな気を揉むしかない日々は、ある朝、実家でちびたと寝ているときに終わりを告げました。

母が、大慌てで不自由な足を引きずり、私の部屋に駆け込んできて言ったのです。

「とびちゃんが、子猫を連れてきた! いっぱい!」

眠気はいっぺんに吹き飛び、跳ね起きる私。シーツの上でコロンと転がるちびた。

それが、新たな波乱の日々の幕開けでした……。

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