第18話 土煙の先で

「もうやだ!」私の後ろで重りを持ってダッシュしていたクーラの声がした。私は振り向くとそこには汗だくになって重りを地面に叩きつけている彼女が見えた。それをミレイナとリリアがまあまあ、とか言いながらたしなめていた。私はそんな彼女らを見て苦笑いしながら前に向き直り、2つの重りを担いで走り始めた。(…今の私はメイカに勝てない。だからしっかり力をつけなきゃ!…でも待って?異世界ってこんな感じでパワーアップするんだっけ?)私が疑問を感じながら走っていると、アレクさんに呼ばれた。アレクさんは私達の目の前で仁王立ちして待っていた。アレクさんは、どうやらランニング中に考え事をしている私に喝を入れるために呼んだようであった。

アレクは息を切らすヒトコ達に檄を飛ばす。

「クーラ!それにヒトコ!他を頼るな!一意専心だ!」…ノリノリだな。

クーラは不服そうに「……うぅ、わかったわよ!」私は元気よく「はい!頑張ります!コーチ!」 

ミレイナ達はそんな私達を見て、ヒトコを見習え~とかつかれた…。とか口々に言っていた。

クーラは私達の様子を確認すると 自分のペースに戻り黙々と走り出した。私はそれに負けじとスピードを上げた。


***

ある日。私達がエトールの内部調査をしていた時に事態が一気に動いた。

それはアレクさんが聞き出した情報で、それによるとエトールの現トップであるトシフ国王とドランの後継者候補の1人が会談を行う事になったらしい。「…ドランは売られたか…精々、その傀儡の後継者を利用されるかだな……」とアレクさんは言った。

どうやら後継者争いに勝つ為にエトールの力を借りようとしているみたいだ。…でもそんなことしたらドランは血の海。残った国はエトールの言いなりになってしまう。つまり事実上の属国化と言う事だ。そしてそれが成功すれば……ミレイナの故郷は、エリスを信仰している人たちは…。私が強く拳を握りしめる横でクーラも唇を強く噛んでいた。「…王様候補が自分の国を売るなんて…!」

私達はすぐにその場を離れた。会談を止める為に。


***

エトールは砂漠の街だ。だからきっと後継者は砂漠を渡ってくる。つまり利用できるルートが自ずと絞られる。それは、街から真っ直ぐ東へ行った所にある舗装された商人向けの道。私はアレクさん達と共にそこへ向かった。するとそこには既に数台の馬車が止まっており、護衛と思われる冒険者達の姿もあった。(…きっと転生者だろうな。)私は辺りを見回す。

そこには、フードを被ったローブ姿の魔術師らしき男や屈強な戦士がいた。「…作戦開始。」アレクさんの合図で私達は一斉に飛び出した。

私は魔術師の様な姿をした男に飛びつき、盾を振り下ろした。しかし、その盾は片手で抑えられた。

「…お前の彼女じゃなくて悪かったね!」(…シェン!?)。私は驚きのあまり目を大きく見開いた。……でも!今はそれどころじゃない!私はそのままの勢いで相手の顔面に頭突きをかまし、よろめいた所で腹部に蹴りを入れた。相手は後ろに吹っ飛んだ。私はすかさず起き上がり、追撃しようとしたその時、私の身体が宙に持ち上がった。「…肩車!」(…今度はメイカ!?何でこんな所に!?)メイカはそのまま私を投げ飛ばした。地面に叩きつけられる直前、クーラが私を抱きかかえた。「…ヒトコ!あの時のケリを付けてもらうわよ!…だから…死にな!!」

私はお礼を言う間もなく立ち上がり、再び駆け出す。後ろからアレクさんとリリアの援護射撃が飛んできた。

アレクさんは忍者刀、リリアは弓矢を、それぞれ相手に向け放った。2人の攻撃は見事に相手を捉えた。……でも。

私の目に映った光景は信じがたいものであった。なんと2人は見えない何かに阻まれていたのだ。

アレクさんは驚愕していた。リリアは絶望していた。

私は歯を食いしばりながら盾を構えて突進した。

私は渾身の一撃をメイカに向けて放つ。しかしその攻撃も虚しく何かに弾かれてしまった。

「無駄だよ…。僕の【シェード】はどんな攻撃も通さない。…無敵の盾さ!」

見えない何かは言葉を発した後に、人間の姿に変化した。

「僕の名前はヴィンセント。…あと君!…精々足掻いてくれよ~…早くやられてくれちゃわざわざ来た意味がないからね!」

「ふざけんな!」私は怒りに任せて何度も殴りかかった。しかし全て透明な壁になって回避された。

私は一旦距離を取り、深呼吸をした。

「……もういいかい?そろそろ飽きてきたよ……。」

「……くっ!この卑怯者が!」私がそう言うと、彼は笑みを浮かべながらこう言った。

「……卑怯?……それは違うよ。……僕は強いんだよ。……だって転生者なんだから!」

私は咄嵯に身構えたが、それよりも速く彼の拳が私の腹を貫いた。私は痛みに悶えながらその場に崩れ落ちた。

私は血を吐きながら、必死に意識を保っていた。

そんな私にトドメをさす為かゆっくりと近付いてくる。「…やめてヴィンセント!ソイツは私の獲物だから!」メイカが叫ぶ。

しかし、その声は彼に届かなかったようだ。私の前に立った彼は、勝ち誇った表情で 私を見下しながら、ゆっくり剣を振り上げた。

私は覚悟を決めて目を閉じた……。そう。勝つ覚悟を!剣が振り下ろされる瞬間に私は飛び上がって首に飛びつき締め上げる。不意打ちを受けた彼は苦しそうにもがき始めた。私は力一杯首を絞める。そして体勢を変えてから彼を足場にジャンプして、メイカの前に飛び上がる。

(……いける!!奇襲!コーチ直伝!!)両足を前に出し、腰を落として構えた。そして次の瞬間ー。私の蹴りはメイカの脇腹を捉えていた。

メイカは私に気がつくと盾を構え防御した。(よし!!フェイントは…!)メイカがいくら構えて待っていても衝撃が訪れることは無かった。

不思議に思い盾から身体を外しヒトコを見ようとした。「…待て!メイカ!コイツは罠だぜ!」シェンのそんな言葉が聞こえてくるより先に目の前の光景が私に降りかかって来た。

「…チャンス!…反転キィイイック!!」(…ヒトコ!?お前は…)考える間もなく彼女の攻撃は私に直撃する。私は地面に倒れ伏す。


***

(…やった!奇襲成功!!。メイカちゃんに先制!!)私は勝利を確信すると、急いで立ち上がりメイカの方を見た。彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。私は盾を構えながら彼女にジリジリと近づいていく。すると突然背後から殺気が伝わって来た。私は振り返り、盾を構えると、そこに居たのはクーラだった。「…ヒトコ!!私も参加するわ!」クーラは小手を構えて突っ込んだ。しかし、クーラの身体は直ぐに掴まれて放り投げられた。私はクーラを受け止める。

「…うちの大将の娯楽を邪魔するんじゃないよ!…ガキが!」シェンはそう言うと、クーラに向かって手をかざし何かを唱え始める。

その隙にアレクさんが忍者刀で斬りかかる。しかし、シェンは右手でそれを掴み止めた。

シェンはニヤッとしながら「…そうそう!お前は俺のだ!他の相手なんざさせるかよ!」と言いながらアレクさんを投げ飛ばした。

アレクさんは受け身を取ろうとしたが、間に合わず地面に叩きつけられた。アレクさんは口から血を吐き出すと、立ち上がろうとした。

私達は2人の元へ駆け寄ろうとするが、それを阻むように、ヴィンセントが立ち塞がり、そこで私はメイカ。クーラはヴィンセントに向かった。


***

ミレイナ視点

その頃、私達は別行動をしていた。彼女達は運がいいのか悪いのか、誰とも会う事なく調べる事ができた。

「…誰も居ないね?」私は不安げな声で呟いた。リリアはそんな彼女を元気づけるように明るく振る舞う。

シアはそんな2人を気にする事無く、黙々と後継者候補を探した。「…リリアはん達。ちょっとええですか?」

私達がが振り向くと、そこには真剣な面持ちの彼女が立っていた。私達は話を聞く為に彼女の元へ向かった。

彼女は静かに語り出した。「…後継者なんて何処にもおりません。これ罠ですわ。」淡々と彼女はそう言った。

私は言葉が出なかった。「…そーゆう事です。わかったらお引き取りください。」驚いて振り向くと、淡いピンク色の髪が目立つ少女が佇んでいた。私達の視線に気付いたのだろう。彼女はこう言った。

「…ですから、帰ってください。…ん?貴女は…」リリアの方を見ながら、そう言うと、急に目を大きく見開いた。

私には何が起きたかわからなかったが、リリアは彼女の意図がわかる様で、怯えていた。

私はそんなリリアを守る様に抱きしめた。「…て、敵なのよね!間違いないよね!」

私がそういうと、リリアは私の腕の中で震えていた。そんな私達に彼女は微笑みかけた。

そして、彼女はゆっくりと口を開いた。「…いいえ。私は敵じゃないですよ…私はリュシー。仲間ですよ…」

その囁くような言葉を聞いているうちに私の意識は徐々に薄れていった……。そして薄れゆく意識の中で声がした。

「リュシー?仕事は終わった?」…この声はたしかメイカ?。メイカのそんな言葉に対してリュシーは答えた。

「ええ。敵は全滅。…思わぬ掘り出し物まで拾いました。」

「掘り出し物?」メイカの質問に対してリュシーは

「はい。…失踪中だったエトールの姫君。名前は……リリアでしたっけ?。あの娘です。護衛のシアも一緒です。」

メイカはそれを聞いた途端に驚いた表情をした。「…本当?良くやってくれたわ。リュシー!」メイカは興奮気味にそう言いながら、リュシーの頭を撫でた。それに対してリュシーは不思議そうな表情を浮かべた。

そして、メイカは続けてとんでもない事を言った。

「…じゃあ。ヒトコ達と同じ牢屋に入れといてね。…いや!やっぱりヒトコは私の部屋で拘束するわ!」

私はメイカの言葉を聞き、背筋が凍った。(……はぁ!?今、ヒトコが捕まったって?)私は聞き間違えだと思い、もう一度聞こうとすると、メイカは嬉しそうに続けた。「…ちょっと今回は危なかったけどやっぱりまだわたしのほうが上みたいね。…エリスを助けるんだ!…って何度も私に向かってくるのは嬉しかったけど…これでもう終わりね。あ、そうそうリュシー。候補者は明日に到着らしいわよ?見れるといいわね」

私は絶望した。それから私はメイカ達に連れられ、牢に入れられ、そこで傷だらけの皆んなと合流した。シェンは余裕たっぷりにこちらに歩いてきた。私は怒りでどうにかなりそうだ。シェンは私達を見渡すと、満足そうにうなずきながら、笑顔でこう言った。

「…アレク!成長してるのが自分だけだと思ってたのがお前の敗因だったな!?…お前は女5人守れる程強く出来ちゃいないんだよ。」

アレクさんは「…ヒトコちゃんはどうした?」とだけ返した。シェンはそれが随分つまらなく聞こえたらしく「…何だそんなことか。アイツならうちの大将のお気に入りだからな…ま。死なせてもらっていないと思うぜ…。」と不機嫌そうに呟いた。

私は悔しくて仕方がなかった。私は無力だと痛感させられたからだ。「…リリアはんは何処に!?」起き上がったシアはシェンに向かってそう叫んだ。すると、シェンはニヤッとしてこう告げた。「お!誰かと思えば裏切りモンのシアか!?…ひっさしぶりだなぁ~」

シアはイラつきながら「それは後でええでしょ!?リリアはんは!?」と叫ぶと、シェンは面倒くさそうにため息を吐くと、こう答えた。

「…え~。リリアの話か?えっとアイツはこの国の姫さまでしょ?だからトシフの心意気でとりあえず解放されたんだが…だけど、トシフだってアネモネの息がかかった……ほら“アイツ”だよ。アレの傀儡だろ?…だから精々ちょっとマシ程度の扱いだろうな…。」

その話を聞くとシアは悲しげに俯いた。それを見たシェンは愉快げに笑っていた。…だけどそれは随分渇いた響きだった

「……ごめん。ヒトコ…勝てなかった。私も強くなりたい…!」クーラのそんな独り言が私の耳に入ってきた。私は何も返せなかった。ただ、拳を強く握りしめる事しかできなかったのだ。(…結局ヒトコを巻き込んだだけで…何もできなかった…)


***

ヒトコ視点

私の目の前でメイカちゃんはリュシーっていう友達と話していた。この前はヴィンセント。さらにその前は知らない人。後はシェンとも。

ここに来てから何日経っただろうか?。……もうわからない。

私は毎日、メイカちゃんの部屋の可愛い家具ぐらいの扱いでたまに声を掛けられたり、殴られたり…そんな感じの日々を送っていた。

(……やっぱり私、異世界でもサンドバックさんだ……)だけど常にサボタージュをしていたので心は一度も折れなかった。…折れてしまったほうが楽だとは思うけど。…今日はリュシーさんが居るからなのか、いつもより酷かった。

「うぎぃぃ!し、死んじゃうよぉぉぉやめてメイカちゃんん!」

私は泣き叫びながら許しを乞うたが、メイカは黙々と私を刺し続ける。……そんな様子を引き気味にリュシーさんは見ていた。

コホンっと小さく咳き込み、リュシーは私達に近づいた。「…め、メイカさん。ほ、本日の夕方頃にドランを火の海に沈めます。どうか準備をしておいてください。」メイカは一瞬、そちらに向いた後「…だってヒトコ?…じゃあ私行ってくるから…」そう言うとメイカちゃんは部屋を出て行った。メイカちゃんが出て行くと、リュシーは私の方を向き、「…お互い思う所はあるって感じかしら。」と呟いた。

私はそれに答えずに涙を流していた。(…もう泣き言、言わないって決めたのに…どうして敵わないの!?)

「…敵おうとするからじゃない?」驚いて前を見ると使用人の様な格好をしたリリアがいた。

「…どうしたの?リリア?」そう聞くと私の身体を拭きながら答えてくれた。「……私ね。この国のお姫様なの。でもね。お父様のやり方は間違っていると思うの。だって結局アネモネの言いなりでしょ?…だからドランと協力して止めようとしたの。でも負けちゃって…お父様が解放してくれたの…条件をつけてね…メイカの部屋のインテリアの…お、お世話係として…ひ!酷いよね…!」涙混じりにそう言ってきた。

私は力を込めて拘束から逃れようとし続けた。その間にリュシーは何も言わずに立ち去ろうとした。

「…な、何してるのヒトコ!?」驚くリリアを置いて私はずっと拘束具に対して抵抗を続けた。

「…此処でも私は特訓できる。…リュシーさん!メイカちゃんに伝えて!第3ラウンド開始ってね!」

私は必死に訴えた。彼女はこちらを見ようとせず、「…了解したわ。」と言いそのまま立ち去っていってしまった。

リリアは呆然としていたが、ハッと我に帰り、慌てて駆け寄った。

そして私の手を取り、「ヒール」をかけ始めた。「…まずは出なくちゃね。」

途端に拘束具に擦れて引き裂かれた私の肉が元に戻り、弾け飛んだ私の血も体に戻っていった。

「ふん!ぬわぁぁぁ!!」拘束具を破壊し、壁から這い出る。それから私は鏡に映る自分の姿を見た。

「…もう負けれない。」…夕方が勝負だ。


***

その頃。エトールとドランの国境を一つのパーティーが駆けていた。

「…アレク!!独りで行くなんて水臭いぞ!!!」アベルがそう呟く。後ろのカクノシンの冒険者も同じ気持ちな様で何も言わずに追従する。

砂漠を走っていたら1人の男が大声で叫んできた。「カクノシンの増援よ!!引き返し、ドランに行ってくれ!!もう既にエトールは向かった!!早くしないと手遅れになる!!囚人は私たちに任せろ!!」俺はニヤッとする。(……頼もしいぜ!)

直ぐにドランに方向を変えた。遠く見える土煙の中にヤツの姿が見えた。「…あれがアネモネだな!!」

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