第16話 2人のヒトコ
私の名前は徳井メイカ。これと言った取り柄はないけど悪目立ちもしない。そんな女の子。まったくモテないわけじゃないし、運動も勉強もそんなに出来ないわけじゃない。だから私はずっと待っていたんだ。アネモネのような非現実の存在を。現実は退屈だ。終わりのないマラソンをやらされている気分になる。だから人は他者と自分を比べ、周回遅れかどうかを気になって、下を笑って上を羨む。そんな馬鹿の真似事を私はしたくないし、出来なかった。(…適当に生きてたいからねぇ。)ボッーと歩いていると目的地に着いた。
エトール王国。それは思っていた以上に寂れた砂漠の街だった。歩く人には生気がなく、いつか来る終わりを怯えているようだ。
「……侵略と愛か。」この街の人々が愛してやまない侵略をできるというのに、なぜ彼らは浮かない顔をしているんだろう。
「……自分の意思ではないからかな。それとも……」考え事をしていたら、後ろから来た人にぶつかった。「……あ?なんだお前?……もしかしてよそ者か?」私は睨むのを辞めずに言った。「えっと……私、今日からここで戦う転生者です。」すると彼は哀しそうな目で「……また転生者か…お前みたいなガキに戦いをやらせようとする上の考えは分かりたくないねぇ…まったく。」そう言って励まし混じりに別れの言葉を言って去っていった。私はそれをずっと見ていた。しばらく歩いていたらエトールの宮殿に着いた。そして門番に案内されて中に入って行った。
中は疲弊している顔や負傷している連中がこれ見よがしに出迎えてくれた。(…私ならこうはいかないと思うけど)するとすれ違い様にお調子ものらしい男が声を掛けた。きっと彼も転生者だと思う。「よう!新入り!俺はシェンだ!よろしく頼むぜ!」
私は彼の言葉を無視して通り過ぎた。「おい!無視するなって!せっかく仲良くしてやろうとしてんのにさ!」
しつこく話しかけてくる彼を軽くあしらうと、少し不機嫌になった。
「チッ!可愛くねぇ女だな!ま。アネモネが送ってくる奴なんてそんなもんか…俺も人を言えたもんじゃねぇけどな!」
「……あのシェンさん。もう話は終わりましたか?」すると彼はニヤリと笑い、「…へぇ!口は聞けるんだな!」
…これから先が不安だ。ヒトコに負けるかも知れないから?それはない。人間関係の方だ。(…こんな奴とやっていけそうにない。)
更に城内に入ると異様な空気が漂っていた。すれ違う人々は伝統的な格好をした如何にも王家らしい人と転生者らしい連中のどちらかだった。
(……この国って国王の物?アネモネの物?)疑問に思いながら歩いていると玉座に着いた。野暮ったいほどRPG風な王の間には
砂漠の国にありがちな武力で全て収めてきた、と言いたげな雰囲気の若い王が出てきた。
「我が名はトシフ=エトール。この国の王である。」王は自己紹介を済ませると
「……まずは転生者よ。よくぞ我が国に来られた。歓迎しよう!」私はそれに答えるように「ありがとうございます。」と言って頭を下げた。すると王が「では早速だが、貴殿の能力を教えて貰おうか?」と言うので「はい。私の能力は【サボタージュ】をベースにしています」と言うとトシフは「…サボタージュ?なんだそれは?」…あぁまたこの反応だ。私は仕方なく「…好きな時に鬱症状を起こしたり、直った気分になったりできる能力です。…あ。でも状態異常は治せますよ。…自分のなら。」そこまで言うとトシフは少し驚いた後に「……それの何処がチート能力なんだ?」(…私だって別にこんな能力はいらないんだよ!…ヒトコと同じ能力を勝手にアネモネが与えたんだわ!)そう言いたかったが言ったところで何か変わるものでもなかったから黙って話を聞き続けた。
***
今は待機の時間らしく、兵の休息所に行く事にした。するとあの馴れ馴れしい声がした。「よぉ!新入り!聞いたぜ~メチャクチャよえぇ~能力だったんだな!そりゃ~話せないよな!この俺とさ!」肩にかかった手を払い「…シェンさん。何のようですか?」と聞くと、彼はまた笑みを浮かべて答えた。「……だからよ。俺と組もうぜ!……お前1人くらいなら余裕で守れるからよ!」(……こいつ。何言ってるんだ。)
「……お断りします。私は貴方と関わりたくないんです。」と冷たく返すと、シェンは大袈裟に驚いて見せた後、急に怒り出した。
「……力があるってのかよ!他人にモノを言える程の!」(……うるさいな。なんなの?こいつは?)
「……いいか?俺はお前より強い!お前を守ることなんて造作もない事だ!」
「……じゃあやってみます?」シェンは呆れた様子で「……はぁ?お前。さっきと言ってる事がまるっきり違うぞ?」
「……あなたは私を守りたいんですよね?」
「……はっはははははは上から目線かよ!良いねぇ!笑えるじゃないか!嫌いじゃないぜ。…そういう女はよ。」
「私はあなたの事が嫌ですけど」
「……そうかよ。ま。精々頑張ろうぜ…使い捨ての兵で終わるつもりはないんだろう?」「ええ。もちろん。」
そうして2人は別れた。
休憩所に着き、兵達の会話を聞いてみた。
「……おい。知ってるか?また転生者が来てるらしいぞ」「マジかよ……もう転生者だけでいいんじゃないか?この国は……」
「だよなー。転生者だけで侵略出来るんじゃね?……多分。」
私はその話を盗み聞きしながら、ある事を思った。(……愚かな奴ら。自分の実力すら信じられない奴らを守る価値なんて…)
「……なにを考えているの?私。馬鹿みたい。」
すると、後ろから「おい。お前!聞いてるのか!?」
振り向くとそこには私を勧誘してきた男がいた。「……あぁ。シェンさんでしたよね?……なんでしょうか?私に何か用でしょうか?」
焦った様子で「あぁ!用だよ用!このエトールに妙な連中が来たらしい!…奴らは行商人とかなんとか言っているらしいが俺はそう思えん!」
「……根拠は?」そういうと彼は
「……奴らは武装していると聞いている、それにそもそもこの国にものを売りたがる奴はいないはずだ。…俺と似て嫌われもんだからな!」
(……なるほど。確かに怪しいかも。)
「……それで?私も探せと?」
「…それぐらいは言わんでもわかるか。そう!ここで手柄を挙げらればお前のママにだって良い暮らしをさせてやれるぞ!」
「……茶化さないでください。でもまぁわかりました。協力します。」
「おう!頼りにはさせてもらうぞ。」
「まずは……とりあえず町を見て回りましょうか?」
「そうだな。まずはそうするか。」
***
「へぇ~ここって意外と栄えてるんですね。」
「だろ?」シェンは自慢げに胸を張っていた。(…自分の国でもないのに。)
「……で。どうするんだ?」
「どうするもなにも情報収集ですよ。」
「……だな。」
すると向こうの方から「シェン様!シェン様ではないですか!」
「ん?誰だ?」シェンは首を傾げると男は答えた。
「……私はそこの店を営んでいるものなのですが、先ほど変な行商人が…」
シェンは遮り「待った!そいつはどっちに行ったんだ?」と聞くと、
「あちらに走って行きましたよ。」と指を指した。
「そいつは結構!メイカ!付いてこい!奴らを手柄にするぞ!」
***
2人で目的地に向かってみるとそこには聞き込みをしているらしい例の連中がいた。私がその様子を遠目で見ているとシェンは立ち上がりズカズカと近づいていった。(……別に止めなくて良いか。)私は伸ばした手を下げ、話す彼の声に集中した。
「ちょいと待った!おたくら何やっているんだ?こんな街に物を売りに来たってもんでもないんだろう?」
すると行商人達は驚いて振り返り、それからリーダーらしき男が「……いえ。ただの行商人です。」としらばっくれた。
すると彼は「……おいおい嘘はつくもんじゃないってママに教わらなかったのかい!」と言いながら剣を抜いて見せた。
「……アンタ。どういうつもりだ?そんな事したら…俺がドランの行商人だとしてもできるのか?」
「…へぇ!手柄にオマケが付いたみたいなもんだな…頂く!」彼が切りかかろうとした瞬間、私は叫んだ。「……シェンさん!伏せて!」
シェンは驚きつつもすぐにしゃがみ込んだ。するとシェンの頭上の空気が異様なゆらめきを作った。
「…ちぃ!アイソレーションを外したか!」(今の能力は…!?…アレクの…だったら!)
私は走りながら盾を構えて行商人の群れに突っ込んで1人の女と衝突した。盾同士が擦れる音を聞いて確信した。
「……貴女がヒトコね…!」彼女は驚いた様子で「……どうして知ってるの!?」と聞いた。
「……それは秘密よ。……シェンさん!あなたはこいつらを捕まえてください。……あなたなら簡単なんですよね?」
「言われなくてもそのつもりさ!…それにお前がヘマしちゃケツを拭いてやれねぇ!…死ぬなよな!」
…なんたる僥倖。こんなに早くにこの女と戦えるなんて…!喜びに打ち震えながら自身の盾を鍔迫り合いから外し、距離を取ろうとするが、彼女の盾は私の盾についてきた。(……執念深い奴!)
そして彼女がまた話しかけてきた。「…ねぇ!私を知っているって事はアネモネとかエリスの知り合いなんでしょ!?」
私は振り払うように盾を振り「……うるさいわ!今ここで死ねば関係なくなるでしょ!?」と叫ぶと、彼女は
「……そうね。だけど私は死ねないの!」
そう言って彼女は後ろに下がり、体勢を整えた。
「……じゃあ!いくよ!」
私は盾を彼女に構えて突進した。
「来なさい!」
私と彼女の間にあった距離はすぐに無くなり、衝突する寸前に私は大きく横に跳んだ。
「……え!?」
対応しきれていない彼女は直ぐに行動しようと動くが、それは守りも攻めも一歩遅れているのが感じられる程にぎこちない動きだった。
(……勝った!)
その隙にナイフを投擲し、その脇腹深くに刺してやった。「ぐふぅ!!」彼女は膝をついて崩れ落ちた。
(……やはり私が上!)
そのまま上に跨り拳を何度も彼女の顔面に打ち付けて追撃をした。「…ヒトコ!お前さえいなけりゃ…私は…!」
そう言いながら何度も、何度も拳を叩きつけた。その異様な様子にシェンとアレクは休戦して見ていた。
「…わた…しのせい?」血に塗れている少女は私に聞いた。
「…そうだ!お前がサボタージュなんて能力で女神を誑かすから…!私がメッセンジャー・ガールに使われたんだろ!?」
私のヒトコへの憎悪が溢れ出し続けた。「…こんなに1人に固執したのは貴女が初めて…一生覚えといてあげるから…死ねよやぁ!」
そう叫びながら今度はナイフをヒトコが死んでしまわないように急所を外して抉るようにして突き刺した。ヒトコはその苦痛に耐えかね
「あ"ぁぁぁぁぁぁ!!!」と叫んでいる。(…もっと苦しんで!…私のために!)
私は更に殴りつけ、蹴飛ばし、叩きつけて、また突き刺した。私が歓喜の声を上げてヒトコの上に乗っていると「…もう満足?」という声が聞こえた。「…ヒトコ…!?お前が見下すか!?」首を絞めようと手を伸ばすと「サボタージュ!吐き気!」そう言うと私の顔面に吐瀉物を吹きかけた。「うガァぁぁぁ…ひ…ヒトコ…よくも…!足を引っ張る事しかできんクズが…!」ヒトコはまだ少し吐きながら
「……うっぷ…クズで…おぇ…悪かったですね……。……でも本当の敵はアネモネのはずでしょう?」と言うと、私の胸ぐらを掴んできた。「……お前のせいで……!……私の……!…アネモネは…関係ない…!私個人の意思だ…!」
ーーーーーー
(…だったら…!)私は胸ぐらを掴んでいた左手を奴の右手に回し、それから右手も連動させ「ぶっつけ本番!一本背負!」と叫びながら体ごと投げ飛ばした。しかし相手も咄嵯の判断で軽く受け身を取り、衝撃を和らげていた。しかし、相当応えたらしく動きが緩やかになった。
それでも拳を振り上げ向かってくる彼女に対して姿勢を低く構え「次は肩車…!」彼女を持ち上げ、少し空に跳ね上げてから手を掴み、
「止め…!空中背負落…!」地面に思い切り叩きつけた。彼女と私はあまりのダメージにその場で倒れ込んだ。
「…名前。…聞いてなかった…」
「…メイカ。トクイメイカ…只の人を超えるために産まれた生き物よ…」そう言うと彼女は立ち上がってシェンとか言う人の所へ向かった。
(…私は勝ち切れなかった…追いかける気力もない…良い勝負じゃ駄目なのに…アネモネに届かないのに…)
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