第21話 ぼっち少女の大作戦

 色羽いろははチュート帝国の城壁にいた。


 城壁は粘土で固められた土でできている感じ。人が見張っているちょっと離れた所で逆向きに立っている。

 そこで眼下の街を観察する。

 ネズミさんの家は硬い土で作られた半球みたいなこんもりしたかたまりでいっぱい見える。黄色っぽいのとか、焦げ茶色とか、オレンジっぽいのとか。


 右奥には何重にも盛り積み上げられた大きな土のこんもりがある。あれがお城かな?


 その他は……四つぐらい四角っぽくて少し大きめな建物がある。

 あれのどれか二つが教会だろうか。


 まずは、人さんと交流したい。そう思った色羽はお城っぽいものから一番遠い住居群に向かう。


 こんもり郡の様子を見ていると思っているよりも活気がある。

 人が卵と野菜を物々交換していたり、談笑していたり、薪を割ってたりしている。

 予想通りお城らしきものから遠いので、ネズミさんは少ない。


 でも、やっぱり見た感じネコさんの国の人よりも痩せている。


「エル、待ちなさいっ! それはうちの」


「いやだねっ! 奪えるもんなら、捕まえてみな!」


「こらっ、返さないとジーナ母さんに言いつけるからね!」


 茶髪の十八歳ぐらいの男の子と同じぐらいで黒髪三つ編みツインテールの女の子が野菜争奪戦をしているようだ。

 最初は野菜を持つ手をあげてくるくる回っていたけど、今は追いかけ合いになっている。


 色羽はその姿を観察する。あれだけ明るくてやんちゃそうなら、友達がいっぱいいそう。声も通る。親も顔見知りな感じのようだ。っていうか、ここあの世でも親子関係ってあるんだ。まあ、現世に似せているんだから当然か。


「よし、あの子に頼もう!」


 男の子がこんもりの間の路地に入ったので、先回りして魔法を解除する。


「わっ!」


 おもいっきり隠れていた場所から前に飛び出した。


「うわっ!」


 男の子がびっくりしてしりもちをついて砂煙があがる。


「やぁやぁ、ゴホゴホっ……こんにちわ」


 フレがよくする挨拶を真似して、片手を軽く上げて男の子を覗き込むが、砂煙で咳き込んだしよく見えない。


「見つけた! 観念しなさい!」

 ツインテールの女の子も追い付いて駆け寄った。


「え……も……もしかして……調整者ちょうせいしゃ……様?」


 女の子が驚いた様子で色羽を見ている。男の子もそうなの? みたいな顔で見上げる。


「見た目は似ているけど、違うの。二人とお友達になりたくって。あっ……お腹空いてない? はいっ、これどうぞ」


 自分の影に手を入れておにぎりを二つとり、二人に差し出す。


「えっ? ……もらっていいの?」


 二人は既に口の中が涎だらけのようだ。喉が鳴る音が聞こえた。

 ゴニャー帝国でも先にネコさんに配られて、その後、人さんに配られる。ネコさんが人さんを飼っているのだから当然だ。ネズミさんの国でもそうなのだろう。

 二人は差し出されたおにぎりを奪うように取り、一心不乱に食べている。


「どう? 美味しい?」


 食べながらうんうんと頷いている。具にたどり着いた時はおにぎりを二度見していて面白い表情になった。とりあえず今は話せないようなので、食べ終わるまで静かに待つことにした。


「君はエルくんだよね? えっと、女の子の方は?」


「……! そっか、さっき名前呼ばれてたからか! あっ、こいつはフラン! 家が隣なんだ」


 近所に友達がいてしかも仲良しなんてうらやましいな、とちょっと胸が締め付けられた。


「わたしは色羽いろは。エルとフランとお友達になりたいな! なってくれたら……、今度は魔獣さんのお料理を食べさせてあげるよっ!」


「えっ、まじかよ! なるなる! っていうか、もう友達だな!」


「こらーっ、また軽く返事して。あんた何人友達作るつもりよ」


 ほうほう、やはり友達が多いようだ。色羽の見立ては間違っていなかった。


「でね、もう一つ良い話があるんだけど、ジーナ母さんにも聞いてもらいたいから、エルのおうちに連れていってくれないかな?」


「え……。あ、うーん……」

 胃袋をしっかり掴んだと思いきやそこは境界線があって飛び越えれてはいないようだ。


「何か問題あるかな?」


「その……おれらはいいんだけどさ、見た目が調整者様に似ているから、歩いていてネズミ族に見つかったら……」


「あっ、それなら問題ないよ、ほら!」

 色羽は蜃気楼ミラージュを自分にかける。すると二人の視界から消えたものだから、エルとフランはびっくりしてキョロキョロ辺りを見渡す。


「目の前にいるんだけどね。話すとばれちゃうけど、静かにしてればばれないでしょ」


 魔法を解除して、右手の人差し指を立て二人の方を見てポージング。


「すげぇっ! ……まあ、それならいいぜ! 家に案内するよ、ついてきな!」


 フランはまだ色羽のことを信用してないようで心配そうな顔をしているが、エルは構わず歩き出したので、フランもその後に続いた。

 再度、蜃気楼ミラージュをかけて、その後ろを付いて行く。


 少し歩いて、茶色と黄土色のこんもりの前で立ち止まった。エルは振り返って、フランの後ろにいるであろう色羽に話しかける。


「こっちがおれん家で、そっちがフランの家。おれんとこはジーナって母さんがいて、フランとこはハカおじさんが一緒に住んでるよ。多分、おじさんは今の時間なら畑にいってると思うけどね。まあ、入りなよ」


 説明しながら継ぎはぎの木でできた扉を開く。


「ただいまあ! 母さんいるー?」


 奥の方から『はあい、どうかしたあ?』といいながら、エルと同じ茶髪の女性が顔を出した。四十代ぐらいだろうか。

 色羽は慌てて魔法をとく。

 「え? ……え?」

 ジーナはびっくりしているが、平静を保とうと一生懸命だ。口がパクパクしている。


「初めまして、わたしは色羽といいます。調整者……様? と似ていますが違います。エルとフランのお友達です」

 早速自己紹介して、頭を九十度に下げる。


 ジーナはおどおどしているがなんとか言葉を紡ぎだす。


「これは……これは……ご丁寧に。ようこそ……。何ってもてなしはできないけど……ゆっくりしていってね」


 影に手を入れておにぎりを取り出し、ジーナの前に差し出す。


「お近づきの印におにぎりお一つどうぞ」


 ジーナはエルとフランを見て、二人がうんうんと頷いたもんだから、速攻で手から奪い取りむしゃぶりついた。


「はふはほうほはいはふ」


 多分『ありがとうございます』と言っているのだろう。なんとか雰囲気を察して答える。


「どういたしまして」


 そう言いながら、影から大きな袋を二つ取り出した。


「これ全部おにぎりなんだけど、知り合いとか友達に配って欲しいの。もちろんネズミさんには見つからないようにね」


「当たり前だろ! ばれたら即没収されちまうだろ! な……、なあ、おれんとことフランとこは一つずつ余分にもらってもいいか?」


「こらっ、厚かましいよっ!」

 フランの肩を思い切り良く叩いた。漫才の突っ込みみたいだ。


「全然いいよ! 足りなくなりそうならまた持ってくればいいし」


 ジーナ母さんが救いの女神に会ったような顔をしている。


「それで、もう一つのお願いなんだけど……。今日の夜におにぎりをまた持ってくるから、それはネズミさんにわざとばれて没収されて欲しいの。それにはお腹が痛くなる具が入ってるから、人さんは食べちゃだめだってみんなに教えてあげて。できるだけ多くの人さんに。これが成功しないと、人さんが戦闘に駆り出されて、一杯死んじゃうから。あ、ここなんでもう死んでますけどね!」


 そう言って色羽はウインクした。

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