第15話 ぼっち少女とあの世の一国

「今お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 硬い土で作られた要塞のような城の廊下で、ハツカ公爵は移動中のデグー王を呼び止めた。デグー王は明るい茶髪で背と耳は小さく尻尾が細くて長い。ハツカ公爵は銀髪で威厳のある顔つきをしており、王より背は大きいが、王の威圧感に身がすくんでいる。


「急ぎの要件か?」


 横にひざまずき、話を続ける。


「はい、大きなことではないのですが、少し引っかかる点がございまして。お耳に入れておいた方が良ろしいかと」


「うむ。では、申せ。なるべく手短にな」


「ありがたき幸せ。……先日、暴動で街を出た民が一向に戻らないのです。おそらくゴニャー帝国へ向かったはずなのですが……」


「あぁ、そんなことがあったな! 『食料を増やしてください』などとこちらに言ってきた者どもか! 確かあの時は、魔の森も一部崩れたので、ネコ族の街なら食料は豊富だぞ! あやつらは、優しいから恵んでくれるのではないか? と教えてやった気がするが」


「はい! おっしゃる通りでございます。その後、数百人ほどで武器を持って進軍したはずなのですが……」


「たかが暴動の民衆を進軍などとは言うな!」


「申し訳ございません」


 ハツカ公爵は、冷や汗をかきながら、再度深く頭を下げた。


「で、進軍の準備は整いつつあるのか?」


「はい、クマ公爵とドブ公爵が準備を進めております」


「そうか、ではそちらは任せる。われは今からラット様と打合せの予定なのだ!」


「はは!」


 ハツカ公爵は後ろに下がった。

 その足で、クマ公爵とドブ公爵、アカ公爵に会いに行く。そそくさと歩き、会議室の扉を開くと大柄な男が二名座っていた。


「アカ公爵はどちらへ?」


「アカ公爵は、民衆の暴動を沈めに行っておるよ。それより、やはり王はゴニャー帝国へ進軍するとのご判断なのか」


 クマ公爵は残念な表情をしている。ただ、王のご判断なのだから従わざるを得ない感じなのだろう。


「クマよ、良いではないか! 久々の戦だし、王のめいもある! 何をためらうことがあるのか? 腕がなるというものよ」


 ドブ公爵は濃い茶髪で、髪の毛が逆立っているようだ。眼も好戦的な感じで吊りあがっている。


「そう言うが今まで問題があれば、王同士の話し合いで解決してきたではないか? それをせずに一方的に攻めるのは、どうなのだろうか」


「クマ公爵の言う通りです。……今までは話し合いが基本でした。あの……ラットとやらがに来てからは、なんとも王の……王のご様子がおかしい気がします」


 ハツカ公爵が小声で怯えながら二人に個人的な気持ちを述べる。


「モセス様からの使者だと言っている者か? あやつの考えていることはわからないが、現世の記憶を残してこちらあの世にきたのも事実。モセス様はわれら、いや王である聖獣たちが生み出される前の存在だと聞いたことがあるが、あれは噂ではないのか? とにかく、それは置いておいたとしても、進軍の準備は急がざるを得ないだろうな」


「そういうことだ。クマ公爵もハツカ公爵も王の命には従うようにってことだ! 私情を持ち込むのはやめろ!」

 ドブ公爵は腰に掛けた剣を抜き、それを上に掲げた。



 王の間では、デグー王の前に真っ白な髪のネズミ族がいる。尻尾も白く、眼は真っ赤だ。


「進軍の準備は順調ですか? デグー王よ」


「はい、公爵からは順調との報告を受けています。で、あの話は事実なのですか?」


「あぁ、現世でわれら種族の大量殺戮が行われているという件ですな。それは事実ですよ。実際こちらに来る仲間も大量ではないですか? このまま進めば現世では人間の迫害により、われら種族が滅亡するやもしれませんぞ。こちらでの食糧難も出ているでしょう?  種族の滅亡は、での滅亡でもあります。だから、今のうちに天敵であるネコ族を滅ぼしておくのです」


「だが、それでは、ネコ族が滅んでしまうのではないのか?」


「その点は安心いただいて結構です、現世で猫は人間のペットですからね。こちらで絶滅しても生命の輪廻は止まりませんよ」


「だが……。あの方……モセス様は本当に現世におられるのか? そんな方が昔お見えになったという噂ぐらいしか聞いたことはないのだが……その噂も……モセス様はあの世におられるという噂ではなかったか?」


「おられますよ。現にわたしが現世の記憶を残してこちらにこられているでしょう? それが何よりの証拠です! 早くゴニャー帝国へ進軍し、われらの土地を増やして食糧難を乗り越え、わが種族の滅亡を防ぐのです!」


「わ……わかった! 公爵に急がせよう」

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