第1話 ぼっち少女と初めての友達

 朝露が緑葉を濡らし、太陽が暖かな光で霧靄を照らす時間に一人の少女の一日が始まる。


 彼女の名前は瀬香衣せかい 色羽いろは


 色羽は自分の名前が見た目と全く異なるので、大嫌いだった。


 彼女は生まれつきの色素欠乏症により、腰まで延びた髪の毛は白金、透き通った白い肌、世間でいうだった。加えて、吸い込まれるような美しいブルーと母なる大地を想わせるブラウンカラーの瞳、いわゆる虹彩異色症オッドアイの持ち主でもある。


 彼女はそんな容姿のため、当然、周囲からは気味悪がられ、公園で遊ぶにしても近寄る親子はいなかった。


 小学校では、『しろ』や『色なし』とあだ名をつけられ、のけものにされた。


 両親も周囲の対応に悩んだが、根本的な解決策を見出すこともできない間に、彼女は人と極力関わらないという一つの答えを導き出した。


 そういったことから、色羽の生活は次第に他人を避けるようになり、中学校にはろくに行かず、興味のある本を片っ端から読みふける日々を過ごしている。


 街の図書館にも大量に本はあるが、最近は便利な世の中になったものだ。大抵の本は電子化されている。史実書、量子力学、数学、心理学、物理学、昆虫や植物の図鑑や薬学、宇宙学や天文学まで、興味があるものには手当たり次第目を通し、知識としていった。


 両親は、彼女の透き通ったブルーアイと力強いブラウンアイに見つめられると、自らの人生を見透かされているようななんとも表現しがたい感情に心を締め付けられ、彼女を避けるようになった。ただ、本を読むことは良いことだとの判断から、毎月驚くような請求が来ているが、それを支払うことで罪滅ぼし的な心の拠り所としている。


 そのため、半ば必然的に彼女の生活は、一人で時間を費やすことに。


 そんな色羽の早朝の日課。


 まずは着替えを済ませ、台所でパンと牛乳をいれた水筒を手に取る。周りから見てもひとりでは食べきれない量だと明らかだが、誰から怒られることもないので、遠慮なく持ち出す。


「う~ん、今日もいい天気~!」


 瀬香衣家は千寿市せんじゅしに住んでいる。昨年、独狐どっこ村と猫塚ねこつか村、鹿狼かろう村が合併してできた街。ちょうど三村の村境に万山よろずやまそびえる。


 この山は地元では通称祠山ほこらやまと呼ばれている。祠山と言われているのは、その名の通り、山の中には多くの祠があるからだ。既に見つけられているだけでも十数個あるらしく、そういった関連を研究する団体からは、『未発見のものも多数あるだろうから調査すべきだ!』との意見があがっている。ただ、元村長や古株衆は、『神聖な山を荒らすべきでない!』と強い反発をして論争中だ。


 祠山の南側は綺麗な石畳の階段が整備され、階段を上がると千寿神社がある。


 彼女はその階段を駆け上がり、鳥居を抜け千寿神社の境内の裏の石に腰掛け、口を開く。


「フレおいで!」


 彼女がそう言うと、どこからともなく純白の猫が彼女の前に姿を現す。


「ほら、朝ごはんだよ」


 袋からパンを取り出し、水筒のカップにミルクを入れる。


 彼女にとってこの猫が世界で唯一の友達、フレ。


 まあ、色羽が勝手に名前をつけて食事を与え、一方的に友達だと思っているだけなのだが。


 友達だと思った理由は、白猫も虹彩異色症オッドアイだったから。真っ白で綺麗な毛並みで、世界の全てを燃え尽くすような真っ赤な瞳と新緑に包まれたような暖かな緑の瞳をしている。白い毛並みとオッドアイが彼女の見た目と同じで仲間意識を強くさせた。


 色羽は、図書館の帰りにこの千寿神社をふと見つけた。半年ほど前のことだ。自宅と図書館の間にあったので、いつも通っていたのだが、そのときはなんとなく石畳の階段に吸い寄せられた気がして神社の境内に向かった。運動不足を少し解消しなきゃと考えていたのでちょうど良かった。


 本殿に着いたとき、猫の鳴き声が奥から聞こえたので、声のする方に進むと、本殿の裏にある石の上に真っ白な猫が座っていた。

 瞳を見た瞬間に、世界で一人の友達で仲間だ! と勝手に確信した。

 

 それからは、毎日、朝御飯を一緒に食べて、ここで本を読んで過ごしている。

 色羽の太ももはフレの特等席で、首から尻尾のあたりまでを撫でながら、本の内容や思ったことをフレに話す。


「風林火山てそれで終わりじゃなくて、風林火山陰雷なんだね~。影に隠れて雷のほうがかっこいいよね!」


って面白いよね~! 私とフレが二個の粒子かもしれないね」


 色羽が話しかける時、フレは必ず眼を開いて真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。たまにそうだねと相槌のようにミャ~と可愛く鳴いてもくれる。彼女はそれがうれしくて、本から吸収した知識を自分なりの考えにして、フレに話す日々が続いた。

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