第25話 赤毛の仕事

 獅子奮迅の活躍を見せたのは赤毛の女だった。


 まず強い者を倒すべきではないか。何度も刺したのですっかりなまくらになったナイフを廊下に投げ捨てたジョーイは肩で息をつきながら言った。


「あの赤毛を仕留めようや。まずはそれからだよ」


 彼女と相棒のウルスラが始めた粛清は、他の女たちにも伝播していた。部屋に鍵をかけて籠城することを選んだ者もいた反面、むざむざ殺されるのを待つよりはと先制攻撃に転じた者もいた。

 徒党を組んで襲撃を受けると、ドアは簡単に破られ、床に押さえ付けられ、椅子や枕、あるいは食堂からくすねてきたカトラリー、最終的には素手といった、あまり洗練されていない方法で無駄に長引く死の苦しみと恐怖を与えられた。

 暖炉に火があれば、顔から、あるいは足から炎の中に突っ込まれて火炙りにされたが、とどめを刺すまでもないと判断され、酷い火傷を負ったうえで放置された。


 鮮血の色と臭いに触発された女たち、ジョーイとウルスラを含む五名が赤毛の女の部屋の前に集結した。余力のあるうちに最強の敵を倒しておかなければ、最後まで生き残る望みはあっさりと果ててしまう(最後に残ったのが自分と赤毛の女だった場合、ほぼ確実に負けるからだ)。だから、ここは一旦弱い者同士協定を結ぼうということに自然となった。全員が既に何らかの形でひとを殺めている。ためらいはなかった。


 ドアは施錠されていなかった。


 五人の女がなだれ込んでいくと、アンディという名の若い女が悲鳴をあげた。彼女は部屋の隅、ベッドの上に膝を抱えて体を丸めていた。

 赤毛の女は部屋の中央で銃を構えていた。ただし、銃口は逆方向を向いていた。銃身を右手に持ち、銃床を正面に構えて立っていた赤毛の女は、左手に携えていた椅子を横殴りに繰り出し相手の勢いを削いだ。先頭にいた女は側頭部に直撃を受け倒れ、椅子は粉々になった。

「一人」

 血まみれの枕を手にむしゃぶりついて行ったウルスラは、銃床で脳天を砕かれ沈んだ。

 その隙に赤毛の腰にむしゃぶりついた女は、背中をむんずと掴まれ放り投げられ、窓を突き破った。窓はたちどころに修復されたが、窓の外からは落下音と、少し時間を置いて悲痛な叫びがあがった(「うわっ、なんだい」「首、首がない」「ばけもの」「やめとくれよ」)。

「二人」

 それに耳を傾けている暇もなく、仲間が窓に放られる際になぎ倒され床に転がっていた女の腹を思い切り蹴り上げ、とどめに背骨めがけて銃床を叩きつけた。鈍い音がして床に這いつくばったままの体が痙攣を始めた。

「三人」

 恐れをなして逃げ出した女の背中に狙いをつけ、引き金を引いた。落ち着いており、一発で仕留めた。

「四人」

 残るは血に汚れたなまくらなテーブルナイフを構えたジョーイだけになった。ジョーイは四人目に向けて赤毛が銃口を向けたのを見て素早く攻撃対象を変え、ベッドの隅にうずくまっている若い女に身を躍らせた。

「ちっ」悪態をつきながら銃口でジョーイを追うが、間に合わない。


「死ね、このすきもののヘンタイ女」


 だがアンディの方が早かった。彼女は異様な興奮に歪んだ顔の女が汚れたナイフを振りかざすのを見て、悲鳴をあげながら膝の下に隠し持っていたテーブルフォークを突き出した。

 生肉に突き立てることは想定されていないフォークだが、先端がめり込んだ肉を突き破る感覚が手に伝わってきた。フォークは女の左の腹部に突き立っていた。

 自らの腹から生えたフォークの柄を呆然と見つめるジョーイの髪を赤毛の女が掴んでベッドから引きずりおろし、踵で踏みつけて鼻を潰すと、膝頭に狙いを定めて銃を撃った。

「五」

 血の泡をふきながらのたうち回る女には目をくれず、赤毛はアンディに目をやった。

「大丈夫か」

「大丈夫」

「怪我してるじゃないか」

「かすり傷よ」

 アンディの腕についた切り傷に、シーツを裂いた包帯を巻いて止血する。

「慣れているのね」

「ああ、どうやらそうらしい」

「ねえ」

 瞳を潤ませたアンディは、反笑いの唇を重ね吸いついてきた。赤毛の女は溜息をついた。

「こんなところで、よくそんな気になるね」

 鼻骨が砕け腹に食事用のフォークを突き立てられ膝を撃ち抜かれても即死にはしないから、室内にはジョーイの金切り声と、まだ死んでいない他の女の低い呻き声や血だまりの中で体を痙攣させる不快な音に満ちている。


 破壊を見るとぞくぞくするのだ、とアンディは言っていた。温室でが終わった後に。


「婆さんの様子を見に行ってやらないと」


 手を引かれベッドに導かれながら赤毛が言った。

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