izayoi
いざよい
教団の火災から二年。
今夜、『いざよい』の元信者たちによる
『いざよい』信者は二種類に分かれる。
大輔を連れて来ることには
予想外に降った雪のために遅れて到着した日下部が部屋に入ると、信者達に拍手で迎えられた。大輔が後に続く。発起人の仲村は、以前会った時より白髪が増えたように見えた。今回の幹事だという
「あの、こちらは。確か、あの時一緒におられた」
日下部のグラスにビールを注ぎながら、三枝が大輔を見る。隣で正座していた大輔が頭を下げた。
「お久しぶりです。
「一色、……サーシャか⁉」
三枝の声が裏返った。
「どうした、その髪」
どよめきと、
「サーシャの髪は元々その色なんだよ。懐かしいなあ。道院にいた頃を思い出すよ」
目を細めて言うのに、幾人かが頷くのが見えた。
飲むかい?と言うように瓶を示され、大輔がグラスを手に取った。ビールが注がれ、泡が盛り上がっていく。
「あれ? お前、飲めないって言ってなかったか」
日下部の問いに、大輔が
「解禁です。昨日二十歳になりました」
日下部は石になった。
改めて乾杯の音頭がとられ、酒宴は再開された。石化した日下部の隣で大輔はビールを一口
「そうかあ。サーシャもついに大人の仲間入りか。ほれ」
渡されたチューハイを一口飲んで気に入ったのか、大輔は一気にグラスを半分空けた。
「お? いける口だねえ」
誰かが声を掛ける。
「熱を出す度に師範が
仲村が言葉を切り、ふと痛まし気な視線を大輔に向けた後、何かを思い切るように杯を空けた。
「で、サーシャは今、日下部さんの所にいるの?」
新しいグラスを渡しながら三枝が尋ねた。両手でそれを受け取った大輔が答える。
「はい。
あちこちで酒の
そうですよね、という視線を日下部に送り、大輔はグラスに口をつけた。
「おい、飲みすぎだ。もうやめとけ」
動揺を隠せずグラスを取り上げた日下部に、大輔が不思議そうな顔を向けた。
「言いましたよね、嫁になれって」
黒い瞳が揺れる。素直な目で見詰められ、日下部は言葉に詰まった。
「気が変わりましたか?」
大輔が追い打ちを掛ける。妙に
「日下部さん、僕は」
何か言いかけた大輔が急に
勘弁してくれ……。
手に持ったジョッキをカチカチ鳴らす三枝の向こうで、伊佐坂が肩を震わせているのが見えた。
座布団を枕に、両手を顔の横に置いて無垢な寝顔を見せている
夢を見ているのか、大輔がクスリと笑う。真珠色の髪を撫でながら、日下部もまた小さく笑った。
針の
坂の下でタクシーを降り、眠ったままの大輔を背負った。サクサクと雪を踏む音だけが響く。一年前にも、こうやって坂を上ったのを思い出す。背中の暖かさが嬉しかった。
少々危なげにちらつく街灯が、舞い落ちる雪の
「起きてるんだろう。降りて歩けよ」
背中に声を掛けると、肩に回された腕に力が入る。
「嫁になるって言ったよな。……
返事はない。背中の身体に
街灯が遠ざかり、辺りは少々薄暗さを増す。
「日下部さん……」
言い淀むように、大輔は言葉を切った。
「何だ。
軽口に、溜息が返る。
「僕も、いつか歳を取ります」
「そうだな。白髪になっても分からないから、いいよな」
首筋に、少々
「……
「それが、どうした」
ずり落ちて来た大輔の身体を背負い直し、日下部は笑った。
「忘れたのか。俺は、坊主頭のお前に一目ぼれしたんだ」
しんしんと、雪は降り続いていた。
※
五月のある日、日下部は本部から呼び出しを受けた。
「それは。……いくら何でも」
「拒否権はありません。嫌なら特例が取り消されるまでです」
『M』対策委員会のトップ、『
「説得できますね」
観音様は言った。
「一つだけ条件……いえ、お願いがあります」
日下部は上司を
目を伏せ、拳を握りしめて、日下部は返事を待った。長い時間に思えた。
「日下部」
名を呼ばれ、日下部は顔を上げた。
「分かりました。全力を尽くしましょう。ただ、そう簡単にいかない事は承知しておいてください。最大限の努力はしますが、結果を保証することはできません」
菩薩の微笑からは感情は読み取れない。
「叶えてあげたいのだけれど」
と続けた言葉に一抹の優しさを感じた。
「二か月待ちましょう。良い報告を期待しています」
優しさの消えた声が告げる。
日下部は黙ったまま、深く頭を下げた。
おわり
マリオット 古村あきら @komura_akira
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