第4話

「音無さん、起きてください」

 身体をすられて目が覚めた。あおざめた大輔の顔が目の前にあった。

「見付けました」

 そう言って大輔はドアを開けた。景子も急いで車を降りる。しばらく歩くと、大きめの交差点に出た。

「どこ?」

「あの人です。コンビニの入口にいる」

 目で示した先にいるのは、何の変哲へんてつもないサラリーマンに見えた。飲み物が入っていると思われるコンビニの袋を片手に、上着と小さな鞄を小脇に抱えたその男性は、ふとこちらを見て営業スマイルを浮かべた。

 画面に送信完了の通知が出ると同時に、景子はスマホをバッグに仕舞った。

「こんにちは。いいお天気ですね」

 そう声を掛けながらこちらに歩いて来る男性は、とても犯罪を犯しそうには見えなかった。三十代半ばだろうか、優しい顔立ちをしている。強い日差しのせいで浮かんだ額の汗を白いハンカチで拭いながら、男性はこちらに歩み寄った。

 ヒッという小さな声が耳元で聞こえ、何かが倒れる音がした。

「日下部くん!」

 足元に崩れ落ちた大輔を抱き起こそうとする景子の隣に、男性がひざを着いた。

「熱中症かもしれない。お手伝いしましょう」

「ありがとうございます」

 あっという間に大輔を抱え上げ、男性は爽やかな笑顔を見せた。

「車でお送りしましょう」

 助かりますと言いかけた景子の頭の中で突然警報が鳴った。何かがストップを掛ける。

「いえ、一人で大丈夫です。お気遣い感謝します」

 男性から大輔の身体を奪い返し、背中に背負った。人を運ぶ訓練は受けている。大輔の華奢きゃしゃな身体は、景子でも何とか運べそうに思えた。

「本当にありがとう」

 礼儀だけは通して急いで背を向ける。男性が小さく舌打ちするのが聞こえたような気がした。


 初めて会った時と同じように、大輔は意識のないままストレッチャーに寝かされて処置室に入っていった。医師たちが大急ぎでそれに続く。廊下に取り残されて茫然ぼうぜんとしていた景子は、後ろから肩を叩かれて我に返った。

「お疲れさん。大物がれたな」

 嬉しそうにでも無くそう言った班長は、景子にモニター室へ来るよう促した。


「今回は少々時間がかかってるな」

 監視カメラのモニターを見ながら班長が言った。画面には空の病室が映っているだけだ。

「あの」

「言いたい事はわかっている。まあ座れ」

 椅子を勧められて腰を下ろした景子は、持っていた紙袋からパイの包みを取り出した。落とした時に踏んでしまったのだろうか、パイは粉々に砕けていた。

「何だそれ」

 言われて包みを紙袋に戻す。

「いいえ、何でも」

 大丈夫なのだろうか。大輔が心配だった。

「お人形さんに情が移ったか?」

 そう尋ねられて怒りが湧いた。

「人形じゃありません。彼は生きた人間です。人格だってあります」

「感情的になるな!」

 強い口調で言われて、景子は顔を伏せた。

「個人的な感情は判断を狂わせる。命に係わる場合は特にだ。それがどんなに危険なことか、君は知っている筈だ」

 そうだ。基本的なことだ。景子は唇を噛みしめた。それなのに私は。

「まあいい。あの子はいい子だ。君の気持も分かる」

 そう言って班長は、また空の病室に目をやった。

「彼がどうやってターゲットを見付けるのか分かるか」

 問われて、景子は言葉に詰まった。班長は彼をレーダーだと言った。事故により身についた能力とは、何をサーチするものなのだろう。

「教えてやるよ。──恐怖だ」

 何を言われたのか分からなかった。どういう事だろう。

「『M』の出す悪意の波長が人を狂わせることは知っているだろう。『M』により作られた犯罪者は、親玉と同じ波長の脳波が見られる。二年ほど前に分かった事だ。彼は、それを敏感に感じ取る」

 班長が拳を握りしめるのが見えた。

「怖いんだよ。意識を失う程に」

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