第47話 爺の熱意と呆れる孫
会長の部屋、というのは意外なことに、ホテルを出た先にあると聞いた。僕たちは二人で手をつないで舗装された道を歩く。
「最上階の部屋じゃないんだね」
なんとなくお金持ちは高いところに住みたがるイメージだったが、その想像は完全に打ち破られた。歩くと前方に見えてきたのは、大きな屋敷だったのだ。
「……離れ、って聞いてたんだけど……」
僕が知っている離れと違う。Uの字型に大きく湾曲した屋敷は、石壁に金張の屋根をもち、こちらを見下ろすように堂々とそびえ立っている。
「すごいお屋敷だねえ。行こ行こ」
ひるむ僕の手を引いて、
「確かに会長のお品です。お通りください」
黒スーツのSPのチェックを通り抜けてまず目に入るのは、壮麗な中央階段。大理石の床に赤絨毯が敷かれ、頭上には金細工をまとった柱と天井画がある。
「こちらが第一客室になります。会長はまもなく参りますので、お待ちを」
「はい、ありがとうございます」
広い部屋の中に、豪華な応接セットが置いてある。ソファーにテーブル、それに椅子。僕たちは並んで個がけの椅子に腰掛けた。
椅子にも金の飾りがついていて、白い布が張ってある。背中のところにはライオンの紋章が入っているから、これも特注だろう。どれだけ財力があったらこんなことができるのか、と目眩がした。
「綺麗なシャンデリア……」
渚沙さんは頭上のシャンデリアを見上げた。ガラスをふんだんに使った大きな明かりを見ながら、彼女はほうっとため息をつく。僕はその横顔を見ながらつぶやいた。
「うん、綺麗だね」
綺麗の対象が違っていることに、彼女は気づいただろうか。一瞬口元が満足そうにゆるんだのを見ると、もしかしたら分かっていたのかもしれない。
「やあやあ、待たせたな」
僕たちがシャンデリアに見入っていると、奥の方から老人の声がした。二人揃って立ち上がり、声の方に向かって礼をする。老人は燕尾服のままやってきたが、彼の背後にはさっきいなかった三人の男たちがいた。
「……ね、念のためお聞きしたいんですが、その方々が運んでいる段ボール箱はなんですか……?」
「アルバムやビデオテープ、送ってくれた品々だ。なくても語れるが、実物があった方がいいだろう」
段ボールが次々と積み上がっていく。この量を見ると、とうてい五時間ではおさまりそうにないのだが……。前情報すら頼りにならないってどういうことだ。
「いやあ、最近はなんだかんだと理由をつけて逃げようとする大人が多くてな。君らのように積極的な若い者がいてくれると、嬉しいよ。君たちの名前は?」
「
「
「儂は
フレンドリーさが逆に怖い。大人の歪みを一身に受けることになった僕の顔が、どんどん青ざめていくのがわかる。
「さて、どこから話そうかのう。やはり赤子の頃からかな? 生まれた時から足と手がしっかりした子で……」
そこから、一大上映会が始まった。赤ちゃん時代の写真は勿論、使っていた服や靴までぞろぞろ出てくる。こんな調子で話しまくるものだから、一時間たってもまだ幼稚園時代にすら達していなかった。
そろそろ口が疲れそうなものだが、勝一郎爺さんの顔色はますますツヤツヤしてきている。僕は適当に相づちをうちながら、助け船がくるのをひたすら待った。
「……お爺さま、また私のアルバムを持ち出して」
助け船が来たのは、話が始まって一時間半ほど経過した頃だった。聞き間違いようのない、よく通る声がする。明るい水色のオフショルダーのドレスをまとった
「おおお、
「皆、今日は疲れているので早めに切り上げました。私の友人たちも明日の予定がありますので、その辺にしませんか」
「いや、小林くんも遠海さんも続きを聞きたいと……」
会長が獅子王さんの方を向いているのをいいことに、僕は無言で扇風機のように首を横に振りまくってみせた。
「適当なところでやめておくのがたしなみというものですよ。また日を改めてお呼びすれば良いではないですか。私も久しぶりに、お爺さまとお話がしたいですし」
「……お前がそう言うなら仕方ないか。残念だが、また今度な」
勝一郎爺さんは明らかにやに下がった顔になって、僕たちを解放してくれた。
「ああ、そうだ君たち」
安堵して席を立った僕たちに、爺さんが不意に話しかけた。
「この前の体育祭には参加したかね?」
「……ええ、学校行事ですから、参加しましたよ」
「その時、うちの孫をつまらん引っかけで騙した奴がいるらしいんだが、名前とか分からんかね?」
僕です、とは言えなくて喉の部分が変な風にひくついた。
「男子三人組だとは聞いてるんだがな……全く、汚い手を使ってうちの孫に黒星をつけるとはけしからん奴だ。見つけたらタダではおくまいぞ」
「へ、へえ……そうなんですかあ……」
正体がバレたらどんなことになるか、想像するだに恐ろしい。おそらく残りの二人は
「お爺さま、彼らを見送ってきます。すぐ戻りますので」
「おお、出来るだけ早くな」
獅子王さんが素早く僕と渚沙さんをかばい、そのまま外に出た。しばらく歩いたところで、ようやく獅子王さんが深い息をつく。
「ごめん、助かったよ。危うくボロが出るところだった」
「一時間半もよくあんな話を聞いたな。感心するぞ」
渚沙さんはその横で、どこか不思議そうに獅子王さんを見ていた。
「どうした、遠海」
「ううん。獅子王さん、お爺さんを怖がってるって聞いたけど……なんか、向こうは全然そんな感じじゃなかったから」
渚沙さんのくりくりした目を見て、獅子王さんは手を額に当てた。
「……怖い……というのは、まあ一面で事実かな。さっきの時間で十分に分かったと思うが、お爺さまはひとり孫の私を溺愛していてな」
「身に染みて感じています……」
「だから、少しでも私が疎外されていたり、不利益を被っていると感じるとその『場』自体をリセットしてしまおうとするクセがあってな。この前も、『牧埜に友達ができないような学校ならいっそ……』とか言い出すので本気で焦った」
それは焦るだろう。あのお爺さんなら、実際にやってのけるだけの財力と権力がありそうだ。
「嘘をついた理由が分かったか?」
「はい、とてもよく……」
「嘘をついていたと分かったら、私よりも学校やクラスメイトに怒るだろう。私のせいで学校が潰れたとなったら、お母様やまともな親戚はいい顔をしないというのに。全く、そういうところに考えが及ばなくなるのが困る」
獅子王さんが困り果てているところへ、遠くから「牧埜や、まだかあ」と呼ぶ声が聞こえてきた。
「私は行くぞ。お爺さまから逃げ回りながら、せいぜい楽しんでくれ」
「分かった。ありがとう」
僕たちは早足に屋敷をあとにした。外の空気を吸うと、どっと汗が噴き出してくる。
「……彩人くん、狙われてるの?」
「その事実は言わないで、渚沙さん」
僕は無理して笑いながら、渚沙さんの手をとった。
「……でも、自分から言わなきゃ大丈夫だよ。クラスメイトとあのお爺さんが会うことなんてそうそうないだろうし、獅子王さんは黙っててくれそうだしさ」
「うん……」
渚沙さんはそれでも心配そうだった。僕は手を握り返しながら言う。
「大丈夫だよ。二人なら最強なんでしょ? 渚沙さんがいる限り、そうそう悪いことは起こらないって」
彼女の台詞を引用して言うと、ようやくこぼれるような笑顔が見えた。
「なら、できるだけ一緒にいようね」
「お願いします」
手をつなぎながら笑いあう僕らは、この時気づいていなかった。ひたひたと、足下まで危険が忍び寄ってきていることに。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「久しぶりに獅子王さん出た!」
「愛が深いって大変ね」
「最後の台詞がフリにしか見えない……」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
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