第46話 老人が愛するもの
そんなこんなですったもんだしながら、僕たちはホテル最上階のパーティー会場に入った。豪華なシャンデリアがいくつもつり下がった広いホールに、白いテーブルがいくつも並んでいる。テーブルには美味しそうな料理が並んでいたが、立食形式のようで椅子は壁際にしかなかった。
「人が多いね……」
それでも中央付近で堂々としているのが大人で、端っこでなんとなく小さくなっているのが高校生というのは分かる。中には、早く終わらないかなという顔をしている生徒もいた。
「ちょっと緊張するね……」
「そう?」
硬い笑顔になっている僕と違って、腕を組んでいる
「何か飲む? ジュースもたくさん種類があるみたいだよ」
渚沙さんが気を遣ってくれた時、大人たちから声があがった。
「会長だ」
「お早いお着きで……」
「お嬢様も一緒だぞ」
ざわつきの先にいたのは、燕尾服姿のサンタクロースだった。
「……いや待て、そんなはずない」
僕は目をこすって、もう一度見直した。丸々と太って、顔の下半分が白い髭で覆われた老人が歩いているからそう思ったのだ……とすぐに判明した。
「あれがもしかして、
「みたいだね。明らかに大人が気、遣ってるもん」
「それにしても似てないなー。隣のスレンダー美人は獅子王そっくりなのによ」
確かに、傍らに立つ中年美魔女は獅子王さんの顔立ちと雰囲気に酷似している。あれが母君なのだろう。
「ま、しばらく経てば通り過ぎるだろ……大人しくしてよう」
中西くんがそう言った次の瞬間、お爺さんと母君が僕たちの目前を通っていった。その時、何か紙のようなものがひらひらと視界を横切る。
「あ……」
その紙はちょうど、渚沙さんの目前、一メートルくらいのところに落ちた。赤い絨毯の上に白い紙が載っているから、とても目立つ。周囲の誰もが気づいたはずだ。
それなのに、誰もその紙に近付こうとしない。落としましたよ、と老人に声をかける者すらなかった。どういうことだろう?
「……あ、あの。待って、ください」
僕が周りの様子をうかがっている間に、動き出したのは渚沙さんだった。
「あ、あの……落としましたよ」
彼女が老人に声をかけると、周囲に一瞬ぴりっとした緊張が走る。何故だ? 落とし物を指摘しただけじゃないか。それともメチャクチャ怖い人なのか?
「ああ、すまなかったな。お嬢さん、ありがとう」
僕の予想とは違って、獅子王さんのお爺さんはとても穏やかに答えた。なんだ、普通にいい人じゃないか。
「紙に何か描いてあるのを見たかね」
「お父様」
渚沙さんは少し迷った様子だったが、うなずいた。
「……なにか、絵が描いてあるのは……でも、そんなに詳しくは見えませんでした」
「そうかそうか。その正直さに免じて、見せてあげよう」
「お父様!」
お爺さんはそう言って、胸元から葉書サイズの紙を出してきた。ずいぶん古びたそれには幼稚園くらいの子供の絵で、なにやら顔らしきものが描いてある。
……正直、子供にしてもヘタクソだ。横に「おじいちゃん」と妙に上手な字で書いてなかったら、人間の絵とも思わなかっただろう。
ん? おじいちゃんということは、この絵の作者はまさか……。
「お孫さんからのプレゼントですか? 大事にされてるんですね」
「そう。そうなのだよ君。よく気づいたね」
「んなもん誰だって分かるだろ」
「お父様、参りましょう」
「少し待て。この孫はな、
「牧埜さんなら、私たち同級生です……勉強もスポーツも万能で、皆が知ってます
よ」
渚沙さんがそんなことを言ったものだから、お爺さんはさらに顔をにやつかせた。
「そうかそうか。君らが、牧埜が招いたという友人たちか。こんな遠いところまでよく来てくれた」
「いえ、獅子王さんのご厚意で豪華な船に乗せてもらって……私たちこそ、ありがとうございます」
「そう言ってくれると嬉しいのう。あれは昔から本当に優しい子で……」
「お・と・う・さ・ま!!」
今度こそ本当に、傍らの女性が切れた。老人はそちらをちらっと見て、ため息をつく。
「
「会の邪魔をなさっているのはお父様です。さっさと壇上でご挨拶を済ませてからお
やりなさいませ」
「……分かったよ」
老人は後ろを振り向いてから、渚沙さんになにか小さな物を渡した。
「これを見せれば、SPが通してくれる。後で儂の部屋に来なさい。もちろん、お友達も沢山連れて。待っとるよ」
ふぉふぉふぉ、とサンタ笑いをしながら、老人は娘に引きずられていった。
「……とりあえず初日の生け贄は回避したか……」
「あの学生に感謝しないとな。知らなかったとはいえ、助かった」
周囲の大人たちが口々にささやいている。
「……生け贄ってどういうこと? 教えてくれないんなら、さっきあんたが言ってたこと、あのお爺さんに全部喋るわよ」
「べ、別に暴力とかそんなんじゃない……そんなんじゃ、ないんだけど」
追い詰められた男は口ごもったが、ついにため息と共に話し出した。
「孫の話が、長いんだ」
「は?」
「……あの会長はお孫さんを本当に、目に入れても痛くないくらいかわいがってる。いや、いいと思うよ。それは普通の感情だし、実際あんな孫がいたら嬉しいだろうし。でもなあ……」
そう言って男は目を伏せた。
「五時間ぶっ続けで、自分が全然知らない孫の話を聞き続けるのってさすがにツラく
ないか?」
「……ツラいですね」
好きな話でも五時間はキツいのに、興味のない他人の孫の話なんて地獄だろう。それでも会長に声をかけられたら、そうそう断れるわけがない。……大人になるって大変なんだな。
「それで誰も、あの紙を拾わなかったのね……」
「君らが引き受けてくれて助かったよ。まあ、学生さんなら会長もそう無茶はしないだろうし。適当に聞いてあげてよ」
男はそう言いながら、忍者のような歩き方で立ち去った。
「……厄介なことになったなあ。渚沙さん、何もらったの?」
渚沙さんは、黙って掌を開いた。そこには、小さなネクタイピンがのっている。オレンジの宝石がついていて、照明をうけてきらきら輝いていた。
「うわ、高そう」
「……実際に行かなくても、それだけもらっとけばいいんじゃね? 多分、あの爺さん全然困らないだろ」
啓介が悪い入れ知恵をするが、渚沙さんは首を横に振った。
「それはダメだよ。ちゃんと返しに行かないと」
「でも、返しに行ったら長話を聞かないといけなくなるよ……」
「おじいちゃん、聞いてもらえる人がいなくて寂しいんじゃないかなあ。いいじゃない、今晩は暇なんだから」
なんていい子なのだろうか。僕は涙を流しそうになった。渚沙さんが行くというのなら、僕も一緒に行こう。どこにだって、二人一緒なら大丈夫だろうから。
……それでもちょっと不安だから、手をうっておいた方がいいのは確かだが。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「獅子王家、みんなキャラが濃い……」
「獅子王さんはお爺さんを怖がってなかったっけ?」
「渚沙さんはええ子や……」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
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