第45話 グルメも美女も堪能(これぞ酒池肉林)

 そこは海が近い定食屋らしく、地魚を使ったメニューが豊富だった。カツ丼や天丼は定番だが、やっぱりその土地ならではの物を食べたい。


「じゃ、島魚のヅケ丼三つと、島魚カツカレーを一つ。あと、島トマト天を一つ。ドリンクはマンゴージュースを二つください」

「はい、しばらくお待ちくださいね」


 渚沙なぎささんも食べられるように軽めのメニューを注文して、時計に目をやった。


「この分だと、お土産買う時間はなさそうだね」

「最終日の午前中か、ツアーの合間に片付けるか。あれもこれもしようと思うと、結構中途半端になっちゃうよね」


 運ばれてきたマンゴージュースを飲みながら、関田せきたさんがため息をついた。


「ま、このジュースが美味しいからいいか」

「ホントに甘くて美味しい。彩人あやとくんも飲んでみる?」

「じゃあもらうよ」


 僕がストローに口をつけると、また男性陣からブーイングがあがった。


「いちゃつくなよお」

「くっ……これ以上見ていると、ダークサイドに墜ちてしまいそうだ」


 僕は啓介けいすけをいなしながら、なんの気なしに中西くんに聞いてみた。


「中西くんは好きな子いないの?」

「ブッ」


 中西くんは、飲んでいたお冷やを盛大に噴き出した。


「ななな何故そんなことを聞く。孤高の戦士には伴侶など必要ないのだ」


 ……この反応だと絶対いるよね、好きな子。


「誰!? 誰!? 一組の子?」

「だ、誰もいないと言ってるだろう!」


 中西くんが顔を真っ赤にしていると、料理が運ばれてきた。


「ほら、くだらない話をしてないで箸をとれ! 取り皿は行き渡ったか!」


 途端に鬼軍曹と化した中西くんを見て、皆が苦笑を漏らしていた。


「じゃあ、とりあえず中西の話は棚上げにして……いただきます!」


 僕たちは一斉に料理にとりかかった。


「……む、……ふむ」

「渚沙さん、熱かった? はい、水」


 トマトの天ぷらを食べていた渚沙さんからヘルプを求められた。中のにゅるっとしたところが想像以上に熱かったらしい。


「……はあ、びっくりした。でも甘くて味が濃くて、美味しい」

「良かった。ヅケ丼も食べてみて。醤油味でさっぱりしてるよ」


 僕がひと口分だけよそった丼を食べて、渚沙さんは笑顔になった。


「本当。ちょっと味醂も入ってるのかな?」

「確かに甘いね。あ、もう少し入れるよ」


 僕が皿を取ろうとすると、渚沙さんがそれを手で制した。


「大丈夫。もうお腹いっぱいだから。残りは、彩人くんが食べて」

「渚沙さん、小食だよね」

「そう。だからつまんないの。料理を作るのは好きなのに、自分ではほとんど食べられないから」


 渚沙さんが口を尖らせる。その気持ちは理解できた。


「彩人くんはいつも美味しそうに食べてくれるから、嬉しいんだ。私が作りたいだけ作ったのを食べてくれるから、助かってるんだよ」

「渚沙さん……」

「はい、だから頑張って食べて、胃を大きくしておいてね」


 僕は苦笑いしながら、残りの丼をかきこんだ。


「カレーはどんな味だった?」


 満腹になったので、カレーを分け合って食べている他の面子に聞く。


「ちょっと和風の味だったよ。出汁が入ってるんじゃないかな」

「そば屋で出てくるカレーの感じ」


 それを聞いて渚沙さんが、わずかに残っていたカレーを指でとる。それを舐めて、神妙な顔をしていた。


「……どうしたの?」

「研究。この前も彩人くんのお母さんにレシピをもらったけど、カレーってほんと色々あるんだよね」


 渚沙さんは丸い目をますます丸くしていた。


「今度カレーうどん作ってあげるから、黒い服で来てね。麺も手打ちにするから、きっと美味しいよ」

「わかった」


 僕が笑っていると、関田さんがため息をついた。


「カレーうどんかあ。やっぱりフランス料理とかイタリアンより、私はそっちの方が落ち着くなあ」

「右に同じ。小さい皿でチマチマ出されるとイラッとくる」


 啓介も手をあげた。


「どうせ夕食もそんな感じだろ? 食った気がしないに決まってるから、ここでもうちょっと頼めないかな」


 メニューに目をやる啓介を見て、僕はため息をついた。


「あんまり食べると腹が出て、貸衣装が入らなくなるよ」


 今日の晩餐だけは、獅子王一族が出てくる特別なもの。だから、正装も僕らの持参品ではなく、レンタルでタキシードとロングドレスを身につけることになっていた。


「……そうなったら、ベルト穴とチャック開けて着るからいいよ」

「獅子王さんに殺されるから、絶対にそれはやめた方がいい」

「んなもん、近くに寄らなきゃバレるわけないじゃん。その爺さんってすげーセレブ

 なんだろ? わざわざ俺たちのとこなんか来ないって」

「まあ、そりゃそうかもね」

「だから姉御、メニュー見せて」


 この後啓介は天丼とカレーのお代わりを一人たいらげたわけだが……まあ、予想通り、僕の悪い予感は当たったわけで。



「た、タキシードってベルトないのか!? 全然知らなかった……」

「上からつり下げて履くみたいだね。ついでに前はジッパーがなくてフックだし」

「くそ、これだと閉めないと下着丸出しに……いっそ白いタキシードなら分からないかも……」

「……会場内でめちゃくちゃ目立つよ」


 結局啓介は腹に力を入れまくってようやく装着を終えた。後は、途中ではじけ飛ばないよう願うばかりだ。


 タキシードの威力に圧倒されそうになるが、なんとか背筋を伸ばす。世の中にはこれよりもう一つランクが上の正装があると聞くから驚きだ。


「皆、やはり見違えるなあ。タキシードは良いものだ」


 昨日からタキシード装備だった中西くんは少し慣れている。


「心配するな、小林くんはちゃんと着られているよ……三井は知らんが」

「そう。女性陣はイブニングドレスになるんだっけ?」

「その予定だ。あの床に着くくらいの長い丈のやつだな」


 僕はそれを聞いて少しほっとした。正装なら、昨日のワンピースより破壊力は低そうだな。自分の理性と啓介の腹が決壊しないためにも、そこは重要なポイントだ。


「何か勘違いしてやしないか? イブニングドレスっていうのは……」

「彩人くーん。着替え終わった?」

「なんとかね」

「じゃ、入るよー」


 そう言って女性陣が部屋に入ってきた瞬間、誇張ではなく本当に空気が変わった。


「ななななぎささん、それは一体……」

「ドレスだよ? レースが可愛いでしょ?」


 渚沙さんは胸元が大きくV字に切れた赤いドレスを着ていた。胸の谷間がはっきり見えているのは当然の帰結だし、袖がないから肩も出ているし、僕は正直レースどころではない。


「昼は胸元を隠すみたいだけど、夜は逆に出すのが正式なんだって」

「そそそそそそうですか」


 誰だその謎ルールを定めた奴は。魂胆が透けて見えてるぞ。グッジョブ。


「正式って言われても、なんかスースーして落ち着かないなあ」


 関田さんはホルターネックの黒いドレスだ。スパンコールが全面にびっしりついていて、照明をうけてキラキラ輝いている。


「でも、渚沙さんに比べれば落ち着いてるよ……良かったな啓介」


 犬のようにハアハア言いながら、啓介がうなずいた。


「えー? 背中とかこんなだよ?」


 関田さんがくるっと振り向くと、日に焼けた背中がはっきり見えた。正面から見ると大人しそうに見えたのに、背中が大きく開いていてほとんど布の面積がない。


「口から何か吐く吐く」

「貸衣装だから頼むからやめてくれ──!!」





 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「ドレス! ドレス!」

「渚沙さんの和風カレー食べてみたい!」

「胸も背中もえっちだと思います」

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 作者はとてもそれを楽しみにしています!

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