第42話 各々、スケジュールは完璧にせよ

「……んあ?」


 腹になにか違和感を感じて、僕はゆっくりと体を起こした。ベッドの上、ぐちゃぐちゃになった布団の合間に、啓介けいすけの足が出ている。


「どんな寝相してるの……」


 ベッドを横真一文字に横切るようにして寝ている啓介を縦に戻して、ようやく息をつく。どうやら寝ぼけた啓介に蹴られて、目が覚めてしまったようだ。


 寝直すほど眠気も強くなかったため、僕は着替えてリュックの中身を確認する。


 現金が入った財布、スマホ、タオルに予備の上着。日焼け止めに虫除け、絆創膏にビニール袋に雨合羽。


「……よし」


 これでとりあえず困ることはないはずだ。僕がリュックのジッパーを閉めた瞬間、啓介がむっくりと起き上がる。


「意外だな。寝坊するかと思ったよ」


 僕が皮肉を言うと、啓介は静かに腹を指さした。その腹がぐうっ、と低く鳴る。


「……腹時計ね」

「世界で一番正確だ」


 その自信はどこからくるのか。


「早く着替えなよ。もう十分もしたら、渚沙なぎささんたちが迎えに来ちゃう」

「うわ、ヤバ」


 啓介はなんとか迎えの時間に間に合ったが、真っ赤なTシャツに真っ青のパンツという、目を覆いたくなるような格好になっていた。


「……どうしてこう、破滅的なセンスの服ばっかり持ってるのかな」

「美意識が死んでいるとしか言いようがない」


 関田せきたさんと中西くんが本気で呆れていた。結局ボトムスを黒に変えたことでなんとか落ち着き、僕たちは昨日の軽食食堂へ向かう。


「渚沙さん、そのキーホルダーどうしたの?」


 渚沙さんの手持ちバッグに、小さなライオンのぬいぐるみがついている。昨日の昼食時にはなかったはずだ。


「船内のショップで買った……というか、もらったの。船のマスコットキャラクターなんだって」


 なるほど、獅子王グループの船だからライオンのキャラクターなのか。金色のたてがみが向日葵のようなライオンは、なかなか愛嬌のある顔立ちをしていた。


「払うって言ったんだけど、お土産も獅子王さんもちだからって受け取ってもらえなくて」

「はー……なんかすごい話だなあ」


 タダでもらえるとなったら、みんながショップに殺到するかもしれない。獅子王さんの名誉のためにも、あまり無茶はしないでもらいたいな。


 食堂について、めいめい好きなメニューを選ぶ。席に着くと昨日の出来事が蘇ってきて、僕は皆に聞いた。


「……そういえば、ユカさんをどこかで見かけた?」

「いいや、見てないよ。まだ起きてないんじゃない」


 僕はとりあえずほっとした。それなら今のうちに、上陸してからのスケジュールを決めておこう。


「今日の昼に島に着いて、そこから三日間フリータイムがあるね」


 しかし今日の午後と出発日の午前中は、荷解きや荷造りがあるため、あまりゆっくりできないだろう。お土産を買ったり、施設や島を回ったりすれば終わってしまいそうだ。


「そうなると、実際使えるのはは二日ってことか」

「一日は、イルカスイムとホエールウォッチングで潰れそうだね」


 全員、それには参加したいということで、明日の予定はすんなり決まった。


 問題は二日目──渚沙さんの誕生日だ。この日はなんとしても、二人で行動する時間を確保したい。


「僕は、歴史の伊吹を感じるツアーに参加したい」


 中西くんの言葉に、関田さんが首を横に振った。


「私は、自分でヨットを動かせるツアーに行ってみたいな。三井は?」

「お、お供するっす!」

「中西くんも来ない?」

「いや、僕は己の神の導きに従うとしよう」


 これで別行動が決定したので、僕は気楽に渚沙さんに話しかけてみた。


「渚沙さん、二日目はどうする?」

「浅いところのシュノーケリングも楽しそうだから、これにしてみない?」

「いいよ。でもそれだと、早めに終わっちゃうね」


 ツアーは九時頃始まって、十二時過ぎには解散となる。午後を丸々どうしようかと僕が考えていると、渚沙さんが一つのツアーを指さした。


「潜った後にちょっとお昼寝してから、これに参加してみるのはどう?」

「ナイトツアーか……」


 夕方の五時くらいに出発し、森や海の生き物を見てから展望台で星を見るツアーだ。これなら最後の展望台でいい雰囲気になった時に、指輪を渡す時間もありそうだなと僕は安心する。


「いいよ、これにしようか」

「じゃあ、決まりね」


 無事に予定が決まったところで、ユカがふらふらとやってきた。相当眠そうで、朝の光に当たって目をしょぼしょぼさせている。夜型なんだな、彼女。


「みんな……元気かあい……」

「いや、ユカさんが大丈夫ですか」


 下船までもうちょっと時間があるのだから、寝ていればいいのに。僕がそう言うと、ユカは唇をとがらせた。


「朝から恋人たちがラブラブするかもしれないでしょうが……写真……撮りたい……今日は昼から仕事だもん……」


 やっていることの是非はともかく、その根性だけは立派である。


「さあ、イチャつけ……」


 そう言われると全然その気にならない。


「はいはい。オレンジジュースでも飲みます? 血糖値上がりますよ」

「ぬおお……彼氏に介護された……」


 結局朝の間、ユカは使い物にならなかった。朝に出かけてしまえばつきまとわれることはなさそうだな、と僕は胸をなで下ろす。


「ユカさんは、なんでインフルエンサーになろうと思ったんですか?」





 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「島でできることがどれも楽しそう」

「啓介の私服はどうなってるんだ」

「ダメダメなユカさん萌え」

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