第43話 本当に残念な人

「なろうと思ってなったんじゃないもん……」


 ユカは頭をかきながら答えた。


「最初は、外国スイーツの紹介から始まったんだよねえ」


 ユカが使っているSNSは、もともと日本より海外の人気が高かったものだ。熱心な閲覧者だったユカはあるお菓子の投稿が増えていることに気づき、日本でも売っていないかと探し回ったという。


「それが注目されて、ネットメディアやニュースが取材に来て……って感じかな」

「順調にいってうらやましいよなー。好きなこと投稿して、仕事になるって最高じゃん」


 啓介けいすけが言うと、ユカはふうっと長い息を吐いた。


「仕事になってくると色々面倒なんだぜ、若人よ」


 自分が好きで、なおかつ周りにもウケて、かつまだあまり知られていないもの。それを探すのは、思った以上に大変だと言う。


 それに加えて、周囲からの嫉妬対策もしなくてはならない。つまらないことで炎上しないよう、返信ひとつにもかなり気を遣って投稿しているようだ。


「でも、周囲からは楽してるように見られるんだよねえ。たまに更新なんかやめて、コタツで蜜柑でも食べたくなるよ」


 ユカはまたおばあちゃんみたいなことを言って、テーブルに倒れこんだ。


「そうなんだ……」

「だから君たちのようないい人たちは離したくないわけさ」


 また話が不穏な方に行った、と僕が困っていると、ユカの背後にゆらりと誰かが現れた。


「ほほほ。話題に困っているなら、牧埜まきのさまと私を撮ればいいのよ」


 早乙女さおとめさんだった。昨日はあれから会わなかったから安心していたのに、どこからともなくボウフラのように湧いて出た。僕たちは嫌いでも、ユカの魅力には勝てなかったらしい。


「……あー。まあ、君らが美少女ってことは認めるよ。でもねえ、獅子王ししおうには断られちゃったんだよね」


 獅子王さんが断った理由は「よく分からないから」だそうだ。普段から人前に立ち、バンバン取材もされまくっている彼女だから、SNSごときで自己満足しようとは思っていないのだろう。


「ならば牧埜さまグッズを持っている私を撮ればいいわ。牧埜さまタオルに牧埜さまメガホン、牧埜さまTシャツに牧埜さまショーツまであるわよ」

「……早乙女さん、そのグッズってどこで売ってるの?」

「全て自作に決まっているじゃないの」


 本当に行動力のある残念な美人だな。


「さあ、撮りなさい」

「……不思議なもんだけどさあ、撮ってくれ撮ってくれ言う奴に限ってウケないんだよねえ」


 ユカはばっさりと切って捨てていた。早乙女さんはわななく。


「く……なんたる屈辱……ショーツを見せればいいのかしら?」

「早乙女さん、やめた方がいいよ」


 これでうちの学年二位なのだから泣けてくる。彼女に負けている僕の立場がないではないか。


「──諦めないわよ。あなたに必ず私を撮らせて、アップしたいと言わせてみせるわ!」

「ほーん。気長に頑張ってね」


 おぼえてなさいよおおお、と早乙女さんは叫びながら遠ざかっていく。それを見ながら、ユカはため息をついた。


「ああいうのにも困るんだよね。有名になった途端、出してくれ出してくれってしつこい人」

「多そうだよねえ……」


 SNSはみんながやっているが、投稿すればすぐに大きな反響がある人など一握りだ。なんとかしてユカにとりあげてもらおう、と非常識な手段を使おうとする奴がいてもおかしくない。


「自分のアイデアを押しつけてきたり、逆にあの投稿は自分が先だったとか言い出す奴もいるしさ。完全な逆恨みで、やってられないよ」


 売れ出した頃にユカの自転車が壊されていたり、玄関にペンキが撒かれていて慌てて引っ越したこともあるそうだ。インフルエンサーも大変である。


「早乙女さんの件は、獅子王さんから止めてもらった方がいいんじゃないかな」

「……ま、ホントに困ったらそうするよ。あれくらいなら、泳がせといても害はなさそうだし」


 ユカはそう言って、低く笑った。


「心配してくれてありがとね。さすが友達」

「……友達じゃないけど、気をつけてね」


 僕が言うと、ユカはうなずく。それから早速立ち直って、僕と渚沙なぎささんの写真を要求してきたのには閉口したが──まあ、元気になったようなら良かった。


 そんな会話をしながら別れたので、食堂を出るのが思ったより遅くなってしまった。


「急いで荷物をまとめなきゃ。下船に時間がかかるって言ってたよね」


 水深の関係で、この超大型船は島に直接接岸できない。そのため、小型船に乗り換えて島を目指すのだ。


「結構立派なクルーザーに乗るんだね……」


 小型船と聞いていたから、壁がない漁船のようなものを想像していたのに、やってきたのは真っ白なクルーザーだった。十名まで乗れる、ということで、まずランクの高い客室の人から船に乗り込んでいく。獅子王さんは真っ先に乗っていったが、僕たちは当然ながら最後だ。


「あ、ユカさんだ」

「……早乙女さんもいるよ。同じクラスの乗客なのかな」


 出立を見守っていると、なぜかユカたちがスタッフと交渉を始めた。そして、僕たちが呼ばれる。


「ユカ様が、あなた方にも一緒に乗船して欲しいとおっしゃっていまして……」


 早乙女さんと同じ船になりそうなのがよっぽど嫌なのだろうか。ちらっと見たがまだ早乙女さんの熱は冷めておらず、胸元に獅子王さんがプリントされたTシャツをアピールしていた。


「……なんか、かわいそうだから乗ってあげようか?」

「そうだな……」


 僕たちは集団から離れ、ユカたちと一緒に船に乗り込んだ。さりげなく僕と啓介と中西くんが早乙女さんの前に入って、防壁を作ることも忘れない。


 クルーザーの中は白とベージュで統一されていて、落ち着いた雰囲気だ。小さな空間に、キッチンやテレビまであるのに驚く。


「では、出発いたします。フライブリッジにもテーブルと椅子がございますので、よろしければそちらへどうぞ」


 運転手にそう言われて、ユカが真っ先に立ち上がった。幸い、早乙女さんは関田せきたさんにグッズの素晴らしさを語りまくっている。この隙に、と僕と渚沙さんの腕を引いてきた。


 それにしても、フライブリッジとは何か。疑問に思っていたのだが、船の後方に出て階段を登ってみるとすぐにわかった。船の上部に、テラスのように過ごせるスペースができている。


「これがフライブリッジ……」


 大きなソファに渚沙さんを中央にして、右に僕、左にユカが座る。身を落ち着けた途端、海の上をクルーザーが滑り始めた。





※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「インフルエンサーも苦労してるのね」

「獅子王さんそろそろ出てきませんか?」

「早乙女さんがどんどんポンコツ化していく……」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!


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