第41話 僕の小さく密かな決意
「べ、別に……そんな、すごいことは」
何もないよ、と言えないのが悲しいところである。嘘をついても
「ふーん? 何を企んでいるのかな?」
「へ、変なこととか、渚沙さんが悲しむようなことじゃないからっ」
渚沙さんは僕にぐいぐい顔を近づけてくる。こっちはやましいことがあるので、ひたすら逃げるしかなかった。
「な、渚沙さん。そろそろ首が限界」
「そうかそうかあ。ていっ」
渚沙さんは僕の頬にチュッと音をたててキスをして、ようやく離れてくれた。
「もう……」
「それなら、良かった」
僕が困っていると、渚沙さんの笑い方が少し変化した。
「ちょっと心配だったんだあ。SNSに写真をのせる許可出したの、怒ってるのかなって思ってたから」
意外な発言に、僕の顔にのぼっていた血が引いていった。僕は渚沙さんを見つめながら言う。
「別にそれはもう済んだことだからいいんだけどね。……怒るというより、意外だったかな」
「意外?」
「渚沙さんはあんまり熱心にSNSやってないじゃない? 料理の写真だってスマホにはたくさんあるのに、ネットにはほとんどあげてないし」
渚沙さんの作る料理なら絶対に人気になりそうなのに、やっていないということは、興味がないということだろう。その渚沙さんが、料理よりもよっぽどセンシティブなキス写真を許可したというのが解せなかった。
「……うーん、もういいから言っちゃおうかな」
渚沙さんはかわいらしい頬に手を当てながら言った。
「彩人くん、はじめは付き合ってるっていうのを、みんなに隠そうとしてたじゃない」
「う……」
図星をさされて僕は気まずくなった。付き合い始めた頃は、本当に自分に自信がなかった。渚沙さんみたいな人が僕と付き合うわけがない、何かの冗談だとしきりに思っていた。
調子に乗って、何もかもが冗談だったことが分かれば恥ずかしいから。だから、周囲にあまり言おうとしなかった。その時のことが、渚沙さんには面白くなかったのだそうだ。
「だって、せっかく願いが叶ったのに。それを恥ずかしいことみたいに隠されるとさ。嫌なもんですよ?」
「すみません」
「……それにさ、私以外に彩人くんが好きな子もいるって知ってたし」
「ふえ!?」
今度こそ、僕は本当に驚いた。今までそんな恋愛展開など、起こったことがなかったのだから。他の誰かと間違えているんじゃないだろうか。
「彩人くん、ほんとに自己評価低いよね」
それを聞いた渚沙さんは苦笑いした。
「勉強できるのに偉そうにしないし、こっちの話を黙ってよく聞いてくれるし、大変な時にさりげなく手伝ってくれるし。そういう男子はポイント高いんだよ」
「そうかなあ……」
僕がしゃべらないのは、適当な返しが思いつかないから聞いている方が楽なだけ。手伝うのは自分が気になった時だけだ。渚沙さんの言うこととはいえ、素直には信じられない。
「ほら、いたじゃない。テストの度に彩人くんにわからないところを聞きに行く子。あの子、絶対彩人くん以外には行かないんだよね」
「そうだったっけ?」
「無意識なんだもんね、困った人ですなあ」
渚沙さんはそう言って、椅子を僕にくっつけるようにして移動させてきた。
「……だからね、不安だったの。告白がちょっと軽かったのも、振られるのが怖かったからだし。いつか、彩人くんの方から離れていっちゃうんじゃないかと思ってた」
渚沙さんは僕の肩に、小さな頭をもたせかけてくる。
「写真をSNSにあげてもらえば、既成事実になるじゃない? ユカさんは有名だから、うちのクラスでも見てる子多かったし」
「そういうわけか……」
「そういうわけだ」
渚沙さんの頭の重みを肩に感じながら、僕はため息をついた。
「ごめんね、不安にさせて」
「……私も、彩人くんにちゃんと説明しなくてごめん」
お互いに謝りあうと、自然と笑みがこぼれる。そして顔が近付き、今度はちゃんと唇にキスをした。
「……海、きれいだね」
別に誕生日にこだわらなくても、こんなにいい雰囲気になれるなら、指輪を持ってくればよかったな。僕は海面にうつる星を見ながら、わずかに後悔していた。
「あのさ、渚沙さん──」
ちょっと部屋に戻ってきていいかな。そう聞こうとした次の瞬間、部屋のドアがノックされた。
「渚沙、入るよー」
「美味しかった?」
「うん。昼とは違うメニューが出てて、もうお腹いっぱい。明日からいっぱい運動しないと、ヤバそう」
関田さんは白い歯を見せて笑う。
「
「ううん。パブに突入していったよ」
お酒はダメだが、フィッシュアンドチップスなど軽食なら大丈夫と言われて喜んでいたようだ。本当に、食べられるものは全部食べる気なんだな。
「じゃ、僕は先に部屋に戻ろうかな」
シャワーを浴びて、ベッドのいい位置を確保しておかないと。啓介が帰ってきたら、無茶苦茶するに決まっている。
「渚沙さん、またね」
「うん。明日の朝ご飯も一緒に食べようね」
手を振る彼女の笑顔に曇りがないことを確認して、僕は部屋に戻った。急いでシャワーをあびて、ダブルベッドの左側にごろっと寝転がる。
誰に聞かせるでもなく、僕は小さくつぶやいた。
「……やっぱり、言おう」
格好つけているようで、キャラじゃないと思っていたけれど。指輪を渡すときに、言おう。君が一番大事で、望むならいつでも会いに行くからと。それが不安にさせた渚沙さんへの、償いになる気がした。
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