第40話 甘い思い出は蘇る

「こ、これって!?」


 忘れもしない。僕と渚沙なぎささんが初めてキスした時の写真だ。頬に唇が寄っているシーンが、顔も含めてばっちり映っている。


「動画はやめてって言ったんだけど……」

「うん。だから写真にしたよ。君に声もかけたんだけど、全然返事くれなくてね。あーとかわーとか言って否定しないから」


 当たり前だ。そんなことを気にする精神状態じゃなかったんだから。


「彼女には許可もとったし、ま、いいかなってね」


 僕は慌てて渚沙さんを見た。


「私はその場でいいよって言って、写真も見たけど……てっきり、後から彩人あやとくんもOKしたのかと思って」


 僕は困り果てた。まさか自分のキスシーンが、大々的にネットで公開されていたとは思わなかった。


「いや、君たちには感謝してるんだよね。この写真、恋愛成就のお守りみたいに扱わ

 れててさあ。ネットの恋神社って呼ばれちゃってるんだよね」


 ユカはそれでだいぶ新規の仕事を得たそうだ。だからこっちに近付いてきたのか。僕はそれを聞いて、ようやく納得した。


「もう一回会って話が聞きたいと思ってたんだけど、SNSにも全然コメントくれないし。諦めてたんだけど、こんなところで会えてラッキー!」

「話を聞いてどうするんですか」


 テンションの高いユカに、僕はため息をついた。


「あのカップルのその後ってことで、公表させてもらいたいんだよね。いや、あれは

 ヤラセで別れたんじゃないかって、しつこく言う連中も多くって」

「もう嫌ですよ」

「そんなこと言わないでお願い。友達じゃない」

「なった覚えはありませんけど」


 僕が冷ややかに言うと、ユカは少し考え込んだ。


「じゃあ、今からなればいいや。これから仕事があるんで船の中は無理だけど、向こ

 うに着いたら一緒に遊ぼうね」


 ユカは一方的に決めてしまった。渚沙さんがそれを見て苦笑いしている。


「じゃ、行くね。……よっこいしょっと」

「そのかけ声、おばあちゃんみたいだよね」

「う、うるさいなあ。なんでもないったら!」


 僕の最後の意趣返しは多少効いたらしい。ユカは顔を真っ赤にしながら去って行っ た。


「……なるほどね。ユカの方から近付いてきたのは、そういうことか。おかしいと思ったんだよね」


 関田せきたさんがため息をつく。


「どうする、これから。二人が迷惑だっていうなら、獅子王ししおうに頼めば対応してくれると思うけど」

「私はユカさん、面白い人だと思うけどな」


 渚沙さんは悪印象を抱いていない様子だった。僕は正直好きではないのだが、獅子王さんにこんなことを頼むのも気が引ける。


「とりあえず、普通に話しかけるくらいなら対応するよ。……さすがにデートについてくるって言ったら、断るけど」

「私もそれでいいと思う」


 ユカについての話はそれで終わった。しかし僕は食事の間もずっと考えていた。


 彼女がくっついてくるとなると、渚沙さんに指輪を渡すタイミングはよく考えなければならない。頬のキスであんなに盛り上がっていたのだから、指輪なんて見たらなんて反応をされるか。絶対に、彼女に捕捉されない場所で渡さないと。


「……彩人くん、どうしたの? お腹痛いの?」


 全然箸の進んでいない僕を心配して、渚沙さんが声をかけてくれた。


「い、いや。大丈夫だよ」


 僕は無理してステーキを口の中にねじこんだが、当然のように、それは全く味がしなかった。




「なんかまだ、腹いっぱいになんないんだよな……」


 啓介けいすけが腹をなでる横で、関田さんが笑う。


「昼間に行ったラウンジなら二十四時間あいてるみたいだけど、食べに行く? 私もまだ物足りなくてさ」

「賛成!」


 啓介と中西くんがすぐに飛びついた。だが、渚沙さんは首を横に振る。


「私はちょっとお腹いっぱいかな。みんなで行ってきて」

「じゃあ、僕もいいや。渚沙さん、部屋まで送るよ」


 僕が手をあげると、渚沙さんは嬉しそうに腕を組んできた。


「リア充はサメに食われろ」

「奴らの血のごとく赤いトマトソースでも食べてやろうぜ」


 男子勢からの呪詛の声を背中にあびながら、僕たちは廊下を進んだ。その間に、何人かいい雰囲気になっている男女とすれ違う。非日常の航海ということで、みんな気持ちが盛り上がっているようだ。


「はい、ここだよ」


 廊下を何度か曲がって、客室の前に辿り着く。


「……じゃあ、お休み……」


 僕が言いかけると、違うだろと言わんばかりに渚沙さんに胸をはたかれた。


「……ちょっと部屋の中を見せてもらってもいいかな?」

「どうぞー」


 僕は招き入れられて、そろそろと部屋の中に入る。


 同じ階なので、調度品などのランクは同じだ。ツインベッドが入り口側に置いてあって、その奥にソファがある配置も変わりない。やはり大きな違いは窓の存在だ。


「外に出られるんだよ」


 渚沙さんが窓を開けると、小さなバルコニーがついていた。そこに向かい合うようにして二脚の椅子が並んでいて、ゆっくり海を眺められるようになっている。


「すごいな。やっぱり船に乗ってるって感じがする」


 僕たちは椅子に腰掛けて、しばらく外を見ていた。海は闇の中に沈んでいるが、そのかわり星がまたたいている。風も暑くも冷たくもなく、僕たちの体を心地よく通り抜けていった。


「……ねえ、彩人くん」

「なに?」

「私に何か隠してない?」


 僕はむせかえりそうになるのを、ようやく堪えた。




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「どこの世界でも恋話はウケるんだな」

「ユカって一体何歳?」

「渚沙さんに秘密がバレてしまうの?」

など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。

作者はとてもそれを楽しみにしています!

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