第39話 みんなの未来は無限大

 僕と啓介けいすけのは普通の葉野菜サラダだが、かかっているドレッシングがレモン風味でしつこくなくて美味しい。ぴりっと辛いのは、マスタードが入っているからだろうか。


「スープはどう?」

「まろやかで美味しいよ。上にのってるのはスパイスみたいで、ちょっと辛いの」

「へえ」


 中西くんの料理だけ遅れているので、彼はちょっとうらやましそうに皆を見ていた。


「ごめんね、先に食べちゃって」

「構わないよ。勇者とは常に常人とは違う道を行かなければならないだ」

「お前、メインはみんなと同じステーキじゃんか」


 中西くんは余計なツッコミをした啓介にガンを飛ばした。


「お待たせいたしました。豚肉のテリーヌでございます」


 ようやく中西くんの前菜が運ばれてきた。豚肉の塊のようなものが、どんと皿中央に置いてある。その横に少量のサラダが添えられていた。


「あれ、塊じゃないんだ」


 よく見ると、細かく切った肉をぎゅっと押し固めたような状態だった。そのため、口の中に入れるとすぐに肉がほどけると中西くんは言う。


「ソーセージでもないし塊でもないし、妙な感じの食感だな。マズいわけじゃないけど」


 不思議そうな顔をしながらも、中西くんはあっという間にそれを食べ終えた。横から啓介がもの欲しげに見ていたからだろう。


「でも、テリーヌってたしかお菓子の名前じゃなかったっけ」

「いろんな素材のがあるんだよ。『テリーヌ』っていうのはもともと、食材を入れるための型の名前だったの」


 関田せきたさんの疑問に、渚沙なぎささんが答える。


「だから、この容器に入れて固めたものなら食材関係なくテリーヌって言うんだよ」

「へえ……」

「今度他の素材で作ってみるから、うちに食べにきてね」

「渚沙は本当に詳しいねえ。将来は料理関係にでも進むの?」

「……うん、とりあえずはそのつもり。専門学校に受かるか、分からないけど」


 渚沙さんはそう言って、少し不安そうにした。


「大丈夫だって」


 関田さんが明るく笑う。


「……そろそろ将来のことも、考えないといけないか。関田さんは?」


 僕が聞くと、姉御は笑った。


「私はスポーツ推薦で大学目指すけど、とれなかったら就職するよ。親父の知り合い

 の店長から、卒業したら雇ってやるって言われてるんだ」


 関田さんの知り合いは、野球場の近くでスーパーをやっているという。そこで働けば時々野球も見に行けるし、と関田さんは嬉しそうに言った。


「ちゃんと決めてるんだなあ」

「中西くんは?」

「……世界征服……と言いたいところだが、まずはあのちっぽけな県で学問を修めるとしよう」


 県内の大学進学希望か。これもまた手堅いところだ。


「啓介は?」

「俺は実家で働くよ。間違っても大学に行けるような頭じゃねえし」


 啓介の家は小さな電気屋をやっている。最近は大手量販店に押されがちと思いきや、アフターサービスのきめ細かさでうまく立ち回り、今では指名も多いのだそう。


「俺メカとか機械とか好きだしな! でも、父ちゃんは『お前には死んでも家電は触らせん』ってなんか厳しいんだよなあ」

「当たり前だと思うよ」


 お得意様の家で、ショートや爆発なんて起こされたらたまったもんじゃないからな……。


「で、小林くん。君は?」

「……うーん。まだ決めてないけど、家から通える大学かなあ」


 兄貴が第一志望にしている医学部はちょっと遠いから、合格したら下宿することになるだろう。年子の兄弟二人分の下宿代と学費となると、かなりの額になってしまう。兄貴には夢を叶えて欲しいから、家に残るなら僕だ。


「もったいないね。成績いいんだから、もっと都心の大学だって狙えるだろうに」


 関田さんが言うが、僕にはそんなに期待も野心もない。……ただ一つ、気がかりなことはあるけれども。


「ま、これから決めるよ」


 適当にはぐらかしたが、本当は渚沙さんに聞きたかった。どこか遠くへ行く気はあるのか、と。そうなったら、指輪を渡すときに約束しておきたかった。──会いたくなったら呼んで、いつでも行くから、と。


「いや、それだとちょっと格好つけすぎな気も……」

「なに一人でぶつぶつ言ってるの?」


 背後から知らない人に声をかけられて、僕は椅子から飛び降りそうになった。


「……え、ユカ、さん?」


 さっき会ったインフルエンサーだ。おそらく彼女は正式な招待客だろうから、もっと上のクラスの食堂を使うはず。それなのに、何故ここにいるのか。


「上、おじさんとかエラい人ばっかりでちょっと疲れちゃった。抜け出してきたの」


 ユカはそう言って、勝手に他のテーブルから椅子を持ってきて席につく。


「大丈夫なんですか?」

「あの獅子王ししおうって子から許可はもらってるから。あー、お茶飲みたいな。梅昆布茶ないの?」

「……あいにく紅茶しかございませんが……」


 給仕も困惑していた。結局ユカが紅茶で折れたので、ことなきを得る。


「ばあちゃんみたいな物が好きなんだな。ホントに高校生なのか?」

「ぐふっ」


 啓介の指摘を受けて、ユカは咳き込んだ。


「な、なに言ってるのよ。この見た目で、高校生以外の何に見えるって。失礼な。ねえ、だからみんなと話が合うんじゃない」

「話って……」

「そんなに話すほど親しくもなかったはずだけど……」

 皆が困惑していると、ユカが鼻を鳴らした。


「君は実に冷たいねえ。昔からつながってるご縁があるというのに。さっき会ったときのリアクションも薄いしさ」

「は?」


 僕が首をかしげていると、ユカは黙ってスマホの画面を見せてきた。





 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「みんなそういえば高校二年生なんだな……」

「指輪渡すときにプロポーズするの!?」

「ババア系インフルエンサー萌え」

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 作者はとてもそれを楽しみにしています!

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