第38話 正装した僕の彼女が可愛すぎる

「これからどうする? ゲームで遊ぶ? それとも、ショーでも見に行く?」

「プールもあるみたいだな。腕試しに、先に泳いでおくのもいいかもしれん」

「その前に避難訓練があるから、今日の午後はそれで潰れるよ」


 しばらくわいわいと会話をして、避難訓練を済ませて部屋に帰ると、もう夕食まで時間はいくらもなかった。


「うえー、着替えるの面倒くせえよなあ」


 啓介がぼやく。


「船内のドレスコードについては、最初に説明があったでしょ」

「シマッタ・イタイヤーってやつだよな」

「スマート・アタイアーね」


 ふわっとした文字の響きだけで覚えている啓介に、僕はため息をついた。


 昼のカジュアルダイニングと違い、夕食のレストランには二つのドレスコードがある。スマート・アタイアーというのは、その正装ランクの低い方だ。


 ドレスやタキシードでなくても許されるが、短いボトムスやスニーカーは不許可。男性はジャケット必須で、できればネクタイもあった方がいいとされている。そのために僕たちは最初から正装をひとそろえ持ってきていた。


「その上のランクがないんだから、獅子王ししおうさんも気を遣ってくれたんだよ。はい、遅れるからさっさと着替える」

「くそ、革靴ってなんでこんなに硬いんだよ」


 僕たちはなんとか着替えをすませた。普段着慣れていないのが丸わかりのぎこちなさだが、それでも格好はつく。


「何か見慣れないなあ」


 お互いにそれを揶揄していると、中西くんが迎えに来た。彼は予想に反して、全身黒のタキシードで決めている。


「そ、そこまでしなくていいんじゃない?」

「お前、よくそんなの持ってたよな」


 僕らが軽く引いていると、中西くんは鼻を鳴らした。


「これはレンタルだよ。船内に衣装屋があって、一式貸してくれるんだ」

「でも、今回は別に……」

「格好いいだろう!! タキシードのこのびしっとしたラインとか、シャツの感じとか。ああ、俺の黒き血が騒ぐ」

「人間の血って黒かったっけ?」


 バカと中二病がこれ以上化学反応を起こす前に、僕は下に降りていった。だから、心の準備など全くできていなかったのだ。


「あ、きたきた-!」

「全員びしっと決まってるじゃん。見違えたよ」


 渚沙さんはピンクのふわっとした素材の膝丈ワンピース。それにショールを羽織っているが、白くて丸い肩が露出していた。


 関田さんは逆に、紺色のシックなロングワンピースで、首元には真珠のネックレスが揺れている。健康的に日焼けした肌に、白はとてもよく似合っていた。


 ただでさえ可愛い彼女たちがドレスアップしている。まずい。正気を失って変なことを口走りそうだ。


「t;えいwhけあぇkぇうぃhlふぁw」

「すまん、三井が完全にバグったので少し時間をくれたまえ」


 中西くんがいてくれて本当に良かった。


「お、小林が固まってる」

彩人あやとくーん。おーい、彩人くーん」


 渚沙さんにつつかれて、僕はかろうじて「ああ」とか「はあ」とかに聞こえる声を出した。


「びっくりした? そうだねえ、普段あんまりこういうの着ないし。似合ってる?」

「大変よろしいかと存じます」

「ふへへ、やったあ。行こ行こ」


 渚沙さんに腕を組まれ、テーブルへ伴われる。レストランの給仕たちが、その様子を微笑みながら見ていた。


 僕たち五人組は同じテーブルにされていた。これは帰りの席も同じで、給仕も同じ人がつくようだ。白いクロスがかかったテーブルの上には食器とナフキン、それにメニューが置いてある。メニューがちゃんと日本語だったことにほっとした。


「前菜とメイン、デザートを選ぶコースみたいね。パンとソフトドリンクはおかわり自由か。渚沙、何にする?」

「見慣れない料理が多くて、ちょっと緊張するね……」


 結局オーダーはこうなった。


 前菜。僕と啓介はグリーンサラダ、中西くんは豚肉のテリーヌ、渚沙さんと関田さんはアスパラガスのポタージュ。


 主菜。男性陣はそろって牛肉のステーキ。渚沙さんは鴨のオレンジソース、関田さんは魚介の鉄板焼き。


「中西、肉ばっかりだな……」

「い、いいだろ。野菜なら帰ってから食べるよ」

「ではデザートはどうなさいますか? 今お決めになっても結構ですし、お食事が終わってから伺うこともできますが」


 それを聞いて、女性陣が顔を見合わせた。


「後にしようか」

「そうだね。メインのボリュームも味付けもわからないし」

「かしこまりました。では、準備して参ります」


 最初のドリンクが配られると、僕たちはどっと疲労の息をついた。


「緊張したあ……」

「こんなレストラン、そう来ることないもんね」


 一番格下の店でこうなのだから、その上なんて想像もできない。さぞかしキラキラした雰囲気と、もっと近寄りがたい料理が並ぶのだろう。


「お待たせいたしました。パンのサービスでございます」


 パン籠を持った給仕がやってきた。フォカッチャ、フランスパン、ベーグルなど、かろうじて見たことのあるパンを選び出す。バターを塗って口に運ぶと、少し気分がほぐれてきた。


「渚沙さんは自分の家でパンとか焼くの?」

「焼くよ。オーブンでも、ホームベーカリーでも」

「へえ……」

「楽したい時はね、ホームベーカリーなの。材料を入れておけば、自動で機械がやってくれるから」

「今度食べてみたいな」


 僕がそう言うと、渚沙さんはくすっと笑った。


「パンじゃないのなら、彩人くんはもう食べてるんだよ」

「どういうこと?」

「ホームベーカリーって、パスタやうどんの生地とか、お餅も作れるんだ。この前のパスタはそれで作ったの」

「はええ」


 確かにあのパスタはモチモチして美味しかったが、そんなに手間がかかっていたのか。乾麺でも構わないのにわざわざ作るとは、料理好きはこだわりのレベルが違う。


「今度はパンも食べてみたいな」

「お任せください」


 渚沙さんが微笑んだ時、皆の前菜が次々にやってきた。




 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「ドレスアップ女性陣きたー!!」

「啓介落ち着け」

「ホームベーカリーそんなの作れるの?」

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 作者はとてもそれを楽しみにしています!

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