第37話 現れるインフルエンサー

「せっかくの船なのになー、全然外が見えないんだよ」

「え? 私たちの部屋は、バルコニーもあるよ?」

「ホント!?」

「俺の部屋も海が見える窓はあるぞ。開けられないようになってるけど」

「ええー?」


 どうやら部屋はランダムで割り当てられたようで、同じクラスの面子でもいい部屋と悪い部屋があるようだ。おそらく渚沙なぎささんたちが当たったのが一番ランクの高い部屋で、僕たちが下の方なのだろう。やっぱり幸運の法則は動かないな。


「後で遊びに行ってもいい?」

「うん。来て来て」


 渚沙さんは嬉しそうに言った。


「夕食はどこだっけ?」


 啓介けいすけはさっき食べ終わったばかりなのに、もう夕食の心配をしている。


「まだ食べ足りないの?」

「ちげーよ。ここ、レストランがいっぱいあって分かりにくいんだよ」

「確かに、メインダイニングが四つもあるんだよね」


 渚沙さんが船内地図をめくった。


「どこで飯食うかも迷うよな」

「ふん。階級によって分けられた悪しき船だ。……俺たちが行けるのは、そのうち一つだけだぞ」


 中西くんがばっさり言った。


「えー、なんで」

「客船は、客室のランクで行ける食堂が決まってるんだよ。高いスイートに泊まってる人は執事がついてくる超高級レストランだし、私たちのクラスだと普通のレストランになるの」


 関田せきたさんが追加で説明を加える。お父さんが船舶関係者だけあって、さすがに詳しい。


「ちぇー。今回は獅子王ししおうの招待なんだから、好きに回らせてくれればいいのによ」

「招待されてるのは僕たちだけじゃないからね。もっと大事なお客さんをそっちに回してるんでしょ」


 そのお客さんたちも、普通の高校生と一緒に食事したくはないだろう。僕たちだって息が詰まるから、分けておいてもらったほうが助かる。


「ここはどういうレストランなのかな」

「この場所は全クラスの人が来ていいみたいだよ。ほら、うちの学校で見たことない人もいるでしょ」


 関田さんの言う通り、高齢のご夫婦や子供連れの家族の姿も見える。何人かは、テレビで見たことのある俳優女優のようだった。


「ねえねえ、あれユカじゃない?」

「本当だ! うわあ、写真撮らせてくれないかなあ」


 さっと誰かが僕たちの前を通ったとき、周りのテーブルがざわついた。ユカと呼ばれたのは、ウルフカットの黒髪にピンクのメッシュをいれた少女。年は僕たちと同じくらいだろうか。


「あれ、アイドルの人? 僕、あんまりそういうの分からなくて」

「んー、ちょっと違うかなあ。インフルエンサー、っていうの」


 渚沙さんに聞くと、にこにこしながら教えてくれた。


「ああ、SNSで有名な」


 多数のフォロワーを持ち、常にネットで一挙手一投足が注目される人物。若年層に限って言えばその影響力は下手なタレントよりよほど大きく、有名インフルエンサーと企業がコラボする例も多いと聞く。


「あのユカって人は、今一番人気の高校生インフルエンサーだよ」

「へえ、紹介の仕方がうまいんだ」

「そう。それに自分が本当に気に入ったものしか褒めないって噂で、それも人気の秘密なの」


 企業から依頼を受ければ、本心を隠して宣伝するインフルエンサーは多い。それが生活の糧なのだから当然だ。しかしユカはそれを一切やらないと公言していて、無理に頼もうとすると逆にボロクソにけなされるのだそうだ。


「だからユカが一旦褒めると、なんでもその日のうちに棚から消えるって言われてるらしいよ。私は買ったことないけど」


 関田さんがユカの方を見ながら言った。


「ただの女子高生にしか見えぬが、なかなか立派な心意気……」


 中西くんが感心していると、ユカが急にくるっと振り向いた。……気のせいではなく、間違いなくうちのテーブルを見つめている。


「わ、こっちに来た」


 驚いている間に、ユカがじっと女性陣を見つめる。


「君たち、学生?」

「は、はい。そうです」

「ずいぶん高い船に乗ってるんだねー。お小遣いじゃ無理っしょ」

「実は……」


 怪訝そうに言われて、渚沙さんが事情を説明した。


「へー、それで招待されたのか! 面白いねえ」


 ユカは最後まで聞き終わると、楽しそうに手をうった。


「記念に、一緒に写真とっていい?」

「どうする?」

「構わないけど。みんなは?」


 別に反対意見が出なかったので、ユカを中心にして卓に集まる。スマホカメラのシャッターが切られると、ユカは満足そうに微笑んだ。


「これ、また私のアカウントにあげても大丈夫?」

「ん? また?」


 僕は引っかかるものを感じたが、ユカは強引に話を進める。


「いいかな?」

「え……ええ、まあ……」

「名前や高校を伏せてくれれば、いいかな」


 みんな、ちょっと迷った。ユカはテレビにもネットにもバンバン出ている本物の有名人だし、何かトラブルに巻き込まれる可能性もなくはない。しかし目の前でにこにこしている人に、絶対ダメとはさすがに言いにくかった。


「いいじゃんいいじゃん。これで俺たち、有名人の仲間入りじゃね!?」


 はしゃいでいるのはことの重大さが分かっていない啓介だけだ。中西くんが呆れながら説明しているが、それでも目が血走っている。


「じゃ、私のアカウントで紹介しとくね~。いやあ、ホントに良かった。これこそ運命だよね」


 大げさな言い方が気になったが、僕はあいまいにうなずいた。


「ありがとー。また会おうねー」


 ユカはひととおり喋って満足したのか、さっさと帰っていった。帰り際になぜか僕を見たのが気にかかったが、僕も手を振って別れる。




 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「流石、渚沙さんパワー」

「インフルエンサー、正直すぎ」

「船って現実の縮図なんですね……」

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